BMW、没入型アートモードを初導入。中国人アーティストのツァオ・フェイとコラボ
長年、高級車とハイアートの融合を試みているBMW。その象徴が、著名アーティストとのコラボレーションによる1台限りのアートカーだ。1975年のアレクサンダー・カルダーに始まり、アンディ・ウォーホルやロイ・リキテンシュタイン、ジェニー・ホルツァー、ロバート・ラウシェンバーグなどが、これまでコラボを行ってきた。そのBMWアートカーが、マスマーケットに打って出ようとしている。
2022年1月初め、世界最大級の電子機器見本市「CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)2022」で、バッテリーEVのBMW iX M60がお披露目された。iX M60はデジタルアートモードを搭載し、車内で没入型インスタレーションが体験できる仕様になっている。今回コラボしたアーティストは、北京を拠点に活動する中国のマルチメディアアーティスト、ツァオ・フェイ(曹斐)。今のところツァオの作品「Quantum Garden(量子の庭)」は、最近発売された7シリーズを含む一部のモデルでのみ利用できる。
ツァオとBMWのコラボはこれが初めてではない。2017年にはAR(拡張現実)技術を用いたアートカー、BMW M6 GT3が実戦レースに登場している。また、ツァオはBMW M4 GT4デザインコンペの審査員を務めたほか、ロールス・ロイスのアートプログラム「ミューズ」からの指名で、英国で初となる大規模個展も開いている(ロールス・ロイス・モーター・カーズはBMWグループの1社)。
カンバスの代わりにスクリーンを使い、ノスタルジーよりも幻想的かつユートピア的な未来を描くツァオの自由奔放でサイケデリックな作品は、BMWの創造的ビジョンにマッチしているようだ。「去年、BMWがアートモードのコンセプトを練っていた時、未来の運転モードはデジタル化と切り離せないという考えから、私に白羽の矢が立ったらしい」とツァオはARTnewsに語っている。
だが、デジタル領域での制作に慣れているツァオにとっても、「Quantum Garden」は新しい挑戦だった。まず、アートモードはBMWの一部のモデルで大量生産、そして大量にプログラミングされることになる。また、作品を特定の画面サイズに合わせ、常にアートモードの実用性を念頭に置いた制作が必要とされたからだ。
「ドライバーの気を散らすようなものにはしたくない。でも、それはアーティストにとってとても難しい挑戦。だって、いつもは人々の目を引くためにアートを作るのだから。今回は通常の作品と違い、機能性や安全性を考慮しなければならなかった」と、ツァオは話す。
BMWの広報担当者によると、アートモードは走行中にはゆっくりとした動きになり、ドライバーの邪魔にならないよう配慮されているという。真っ黒な背景に3Dでテクニカラーの線や図形がうねるように施されたツァオのデザインは、時間帯にかかわらず、視界に入っても目立ちすぎないものになっている。
BMWのマイモード機能は、照明や音響といった車内の設定をボタン1つで変更できるものだが、CESで発表された新モデルでは、この中にアートモードが加わっている。メインディスプレイに映し出される抽象的な「Quantum Garden」の画像は、刻々と変化する夜の地平線のきらめきのようだ。新型7シリーズでは特に、運転席に搭載された革新的な照明機能と相まって作品への没入感が高まる。
「色彩の効果は瞑想的なものになったと思う。人々の気を引くためではなく、リラックスできるような雰囲気にしたかったから」とツァオは述べている。
昨年、BMWが「Quantum Garden」プロジェクトの話を彼女に持ちかけたのは、コロナ禍のロックダウンで移動や人との接触が制限されていた時期だ。ツァオは、移動可能でありながら自分だけの空間を持てる車は、多くの人々がかつてないほど孤独感を感じている時代に、つながりをもたらす存在になり得るものだと考えた。そして、車が秘めている表現の可能性について考え始めたという。
「この作品は(運転を通して)ある種の量子エネルギーを解き放つもの。つまり、私の癒しのビジョンを広め、人々をつなげる手段と言える。それぞれの点がつながり、輪になり、相互に働きかける。作品を見れば分かってもらえるはず」とツァオは述べている。
もし「Quantum Garden」が、人々が再びつながろうと一歩踏み出す助けになれば、このプロジェクトを任された時に目指したことが達成できたとツァオは感じるだろう。彼女はこう語る。「今は離ればなれでも、みんながまた集まって日々の暮らしに戻れることを願っている。この量子の庭に花を咲かせたい」(翻訳:岩本恵美)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年5月18日に掲載されました。元記事はこちら。