2026年ヴェネチア・ビエンナーレのオーストラリア館代表作家が降板。反ユダヤの批判を受け

2026年に開催される第61回ヴェネチア・ビエンナーレオーストラリア館は、代表作家発表のわずか6日後、国内で巻き起こった論争を受けて作家を降板させる判断を下した。

ハーレド・サブサビ。Photo: Anna Kucera
ハーレド・サブサビ。Photo: Anna Kucera

2月7日、2016年ヴェネチア・ビエンナーレオーストラリア館の主催団体であるクリエイティブ・オーストラリアは、同館の代表作家にハーレド・サブサビ、キュレーターにシドニー大学チャウ・チャック・ウィン美術館のディレクターであるマイケル・ダゴスティーノを選出したと発表した。だがすぐに同国の有力紙などから、サブサビを選んだことに対する批判が相次いだ。

ハーレド・サブサビはレバノン北西部のトリポリに生まれ、レバノン内戦中の1977年にオーストラリアに移住した。アーティストとして35年以上活動しており、シドニー・ビエンナーレやシャルジャ・ビエンナーレなど主要な芸術祭への参加経歴も持つ。

メディアが指摘するのは、サブサビが2007年に発表したビデオインスタレーション作品《You》だ。この作品には、レバノンのシーア派組織ヒズボラの指導者ハサン・ナスララが2006年に首都ベイルートで群衆に演説した映像が引用されている。ヒズボラは同年、イスラエルに攻撃と侵入を行っており、これに対するイスラエルの反撃として「レバノン侵攻」が起きた。

作中ではデジタル加工によってナスララの顔から光線が放射される場面があり、作品を所蔵するオーストラリア現代美術館は、これを「神聖な光明を示唆するもの」と説明している。

今週初め、オーストラリアの主要紙の一つであるザ・オーストラリアンは、この作品を踏まえてサブサビのパビリオンを「人種差別への創造的アプローチ」と表現した。また同紙の別の記事は、《You》のナスララへのアプローチは「疑わしく曖昧」と疑義を呈した。そしてサブサビが、キャンベラのイスラエル大使館が2万ドル(約305万円)を支援した2022年のシドニー・フェスティバルをボイコットしたことにも言及。記事は、キュレーターのダゴスティーノもこのボイコットを支持していたと指摘し、「イスラエルへのボイコットを支持する2人、さらにそのうちの1人は、過去の作品でテロ指導者を称賛したとされる人物。なぜクリエイティブ・オーストラリアが彼らを権威あるヴェネチア・ビエンナーレの我が国の代表として選んだのか疑問が残る」と問いかけた。

SNS上でも同様の意見が拡散された。Xで1000以上の「いいね」を集めたある投稿は、《You》について、「この芸術はオーストラリアを代表するものではない。そしてユダヤ系オーストラリア人にとって大きな侮辱以上のものだ」と主張。そして「この作品は『労働党とその聖戦主義的な支援者たちによると』オーストラリアで最高の芸術作品なのだろう」と皮肉った。

これらの騒動を受けてクリエイティブ・オーストラリアは2月13日の深夜(現地時間)に、全会一致でサブサビとダゴスティーノを含むチームを降板させる決定が下されたと発表。その声明では論争について直接言及しなかったが、「当組織は芸術表現の自由を擁護する団体であり、芸術の解釈を審査する立場にはありません。しかし、2026年の選出に関する長期的で分断的な議論は、オーストラリアの芸術コミュニティへの国民の支持に受け入れがたいリスクをもたらし、芸術と創造性を通じてオーストラリア国民を結びつけるという我々の目標を損なう可能性があると理事会は判断しました」と述べている。

一方では、この決定は2024年のヴェネチア・ビエンナーレでアーチー・ムーアが代表を務めたオーストラリア館が金獅子賞を受賞したことで、さらに同館に注目が集まると予想される中での慎重な判断だという見方もある。

他方、サブサビの降板決定に対してSNS上では抗議の声も上がっている。2007年のヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞を受賞したパレスチナ人アーティスト、エミリー・ジャシルは、インスタグラムに「彼を降板させたクリエイティブ・オーストラリアは恥を知るべきだ」と書き込んだ。

また、《You》には別の解釈もある。サブサビが内戦中のレバノンから家族とともに避難した後、オーストラリアで経験した人種差別への応答というものだ。2018年のヴァルチャー・マガジンの特集記事によると、サブサビは「イスラム排斥が増加する世界におけるムスリム移民」の視点からナスララにアプローチし、「イスラエル国防軍に抵抗するヒズボラに与えられた畏敬の念」を描こうとしたものだとしている。

サブサビは2026年の同ビエンナーレの展示内容をまだ発表していなかったが、パビリオンを「包括的な場所」にしたいとし、「人々を結びつける場所です。私は『育む』という言葉を使いたいと思います」と話していた。

この出来事は、イスラエルと周辺地域間の争いの緊張が2026年のビエンナーレにも影響を及ぼし続けることを示す最初の例となった。2024年の開催では、イスラエル・ハマス紛争を背景にイスラエルのパビリオン設置を巡る大論争が起こり、開幕前に数千人のアーティストから非難が集まった。最終的にイスラエル館代表アーティストのルース・パティールは、人質解放と停戦合意が成立するまでパビリオンを開放しないと宣言し、結局ビエンナーレの期間中、その扉が開かれることはなかった。(翻訳:編集部)

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