「約13センチの距離から」撮ったスマホ画像で美術犯罪を防止! 元FBI捜査官が革新的サービスを実現
元FBIの美術犯罪捜査官が創設した非営利団体アート・レガシー・インスティテュートが、偽造防止に活用できる非接触トレーサビリティ技術を持つソフトウェア企業、アリセオン(Alitheon)との提携を発表。美術品の盗難や詐欺、作者の誤認を防ぐサービスの提供を始める。

元FBI美術品犯罪捜査官のロニー・ウォーカーが昨年設立した非営利団体、アート・レガシー・インスティテュート(ALI)は、アート市場から贋作を排除することをミッションに掲げている。そのALIが、画像の非接触トレーサビリティ技術で特許を持つソフトウェア企業、アリセオン(Alitheon)社の「FeaturePrint(フィーチャープリント)」システムを用いた美術品の来歴追跡サービスを開始する。この技術は、すでに自動車や航空宇宙関連の部品、貴金属、時計などの識別に使われている。
スマホ画像1枚で識別が可能なシステムを実現
アリセオンの技術は、「高度なマシンビジョンアルゴリズム」によって物理的な品物が持つさまざまなディテールをデジタルの「指紋」とも言えるバイナリコードに変換し、個々の物品を「反論の余地なく識別」するためにその「指紋」を使用する。アリセオンのローイ・ガンザルスキーCEOは、US版ARTnewsの取材に、スマートフォンのカメラで「約13センチの距離から」作品を撮影した写真が1枚あれば十分だと回答。この使い勝手の良さが、他の来歴追跡技術とアリセオンの技術を分ける大きな違いだとして、システムの特徴をこう説明した。
「アルゴリズムの働きについて詳しくは話せませんが、たとえば油絵のカンバスの一部分を検査する際、この技術はまず作品の2つの側面を見分けます。1つはフォントや直線のような目で見ることができる『ノーマル』な側面で、もう1つは制作過程でできた微細な痕跡のような肉眼では見えない『非ノーマル』な側面です。アルゴリズムは、画像情報のうち『ノーマル』な側面を無視し、『非ノーマル』な側面だけを見て、その品物に固有な5000のポイントを採取します。他のどんな作品とも異なるこの組み合わせが、バイナリコードとして記録され、デジタルの『指紋』となるのです」
「指紋」はその後、クラウド上のデータベースに保存される。そして、アリセオンのアプリで撮影され、瞬時にコード変換された作品の写真をデータベース内の「指紋」と照合し、一致するものがあるかどうかを調べることできる。
ガンザルスキーによれば、同一のコードを不正に複製できる可能性は3兆5000億分の1だという。また、バイナリコードを安全性が高いと言われるブロックチェーンのような分散型データベースに保存する必要もないと話す。元の画像を復元するリバースエンジニアリングができないようになっているからだ。
「このデータは改ざんのしようがありません。私たちが保存しているのは画像ではなくバイナリコードのみで、それを手に入れても何もできない。ですから、ブロックチェーンは必要ないのです」
「たやすくできるようになった贋作制作からアーティストを守りたい」
ALIのミッションは、「アーティストのクリエイティブな仕事を記録、保存、保護し、またそれを世に広めるために不可欠な知識とツールを提供することで、彼らが世界に与えるインパクトを何世代にもわたって持続させること」だという。
2024年に退職するまで20年にわたりFBIの美術品犯罪捜査に従事していたALI設立者のウォーカーは、そのキャリアを通じて10億ドル(約1500億円)にのぼる2万点の美術品回収を手がけた。「詐欺師や美術品窃盗犯を追っていた」彼はやがて、「芸術的遺産を確実に守る方法を見つけたいと強く思うようになった」とUS版ARTnewsに語っている。
「ALIとアリシオンのパートナーシップは、何よりもまずアーティストを助けることを念頭に置いています。最終的には、オークションハウスやギャラリー、コレクターなど、アート界のエコシステム全体にとって有益なツールとなると思いますが、一番の目的は作家の保護です。昨今は、美術品の贋作制作の障壁が著しく低下しています。筆致さえも真似することができ、本物と見分けがつかない複製品を作れる高度な印刷技術が出回っているからです」
ウォーカーによれば、世界の美術品詐欺による推定被害額は毎年40億ドル(約6000億円)から60億ドル(約9000億円)にもなるという。
「世界のアート市場は、美術品詐欺を防止する革新的なソリューションを求めています。『FeaturePrint』の技術を使えば、作品に偽造防止のマーカー(刻印)をつける必要がありません。保存上の懸念に対処しながら、作品に対するアーティスト独自のビジョンを保護し、簡単で、必要に応じて拡張できるシステムの実装が可能です」
一方、アリセオンのガンザルスキーは、このパートナーシップによって、「アーティストの作品と評判を確実かつシンプルに、そして客観的に保護する明確な方法」が初めて実現したと胸を張る。
「ALIの創設メンバーは、美術品詐欺対策の分野で類い稀な経験と専門知識を持っています。私たちは彼らと共に世界中で拡大しつつあるこの問題を解決し、アーティストに価値を提供できることを嬉しく、そして誇りに思っています」
アート作品の来歴追跡サービスを提供するテック企業は、すでにいくつか存在する。たとえば、イギリスを拠点とするアートクリア(Artclear)もその1つだ。設立資金の全額をエンジェル投資家から得て2020年に立ち上げられたアートクリアは、プリンター大手のヒューレット・パッカードと共同で特許を取得した高解像度スキャナーを開発。このスキャナーで取り込まれた肉眼では見えない微細な画像がデジタルの「指紋」としてブロックチェーン上に保存され、「破壊と改ざんが不可能な」真正性の証明書として使用される。
そのほか、フェアチェーン(Fairchain)やアーキュアル(Arcual)など、AI分析やデジタル指紋ではなく、ブロックチェーン上の証明書を使って真正性を担保するシステムを提供する企業もある。(翻訳:野澤朋代)
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