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低価格帯作品の「保証」を容易に! 英スタートアップが目指すオークションの民主化とは

大手オークションハウスが軒並み苦戦を強いられている一方で、若い富裕層のアートコレクターが存在感を増しつつある。そんな中、「保証」というオークション特有の仕組を革新しようという動きが出ている。その一例を取材した。

フォーラム・オークションズに出品されるブリジット・ライリーの版画《Leap》をスキャン中のアートクリアの機器。Photo: Courtesy of Artclear

保証付きオークションは高額美術品に偏向

オークションに娯楽性を期待するなら、事前に引き取り手が決まっている保証付き(*1)作品の競りは気分が盛り上がらないかもしれない。しかし、大切な美術品を出品する側にしてみれば、不落札にならないという安心感を得られるのは大きなメリットだ。この仕組みには是非があり、最近は減少傾向にあるものの、ハイエンドの価格帯では依然として保証付きの出品が多く見られる。


*1 作品を出品してもらいやすくするため、入札がなかった場合でもオークションハウスなどがあらかじめ合意した金額で購入することを出品者に保証する仕組み。

アート市場の調査分析を行っているアートタクティックが昨年10月に発表した報告書によると、2023年上半期の戦後美術および現代美術のイブニングセールにおける保証付きロットは、前年同期比で22%減少した。しかし、売上高(落札額ベース)で見ると、依然として総額の54%あまりを占めている。

高額美術品に多いオークションの保証付き出品は、これまで一部の特権階級のものと思われてきたが、逆に言えば、そこには「民主化」や「透明性を高める」余地があるということだ。ゆえに、この分野で新たなビジネス機会を狙うテック系スタートアップが出始めているのは自然な流れと言える。

その1つに、イギリスを拠点とするザ・ホワイト・グローブ(*2)がある。「売り手と保証人をつなぐ初のオンラインマーケットプレイス」を標榜する同社は、7月末にロンドンのフォーラム・オークションズでパイロット事業となるプロジェクトを開始した。ちなみに、フォーラム・オークションズは、2021年に世界的なアートアドバイザリー企業のガー・ジョンズに買収されている。


*2 オークションで全ロットが売れたことをホワイト・グローブ・セールと言う。ホワイト・グローブという言い回しは、オークション会場で作品を扱う際に使用される白い手袋からきている。

このプロジェクトでホワイト・グローブ社は、ブロックチェーン企業のアートクリア社と提携し、ブリジット・ライリーの版画作品《Leap(跳躍)》(エディション75)をオークションに出品した。出品に際しては、アートクリアがポータブルスキャナーで作品をスキャンし、作品の真正性を証明するデジタル証明書を作成したうえでブロックチェーン上に保存する。ホワイト・グローブはこれを、オークションの保証とデジタル証明書による「二重の裏付け」だと説明している。

《Leap》の予想落札価格は6500〜9000ドル(直近の為替レートで約96万〜132万円、以下同)に設定されていたが、7月31日のライブストリーミングオークションでは9500ドル(約140万円)で落札された。これを受けてフォーラム・オークションズのシュテファン・ルートヴィヒCEOは、US版ARTnewsの取材にこう答えている。

「長年にわたり、オークションでの保証といえば100万ドル(約1億4700万円)を超える美術品だけに適用されるものでした。しかしホワイト・グローブ社が提供する仕組みには、低い価格帯においても市場流動性を高められる利点があります」

保証の透明性を高め、利用者の裾野を広げる

大まかに言うと、オークションハウスが保証を提供する方法は2つある。1つは直接保証で、オークションハウスと作品を出品する委託者との間で最低価格を決定し、作品の買い取りを保証する。もう1つの方法は第三者保証で、オークションハウスが見つけてきた購入希望者に保証を分担してもらうか、完全に引き受けてもらう取り決めをする。

業界には頻繁に第三者保証に応じるコレクターやディーラーがいるが、作品を所有したいという理由で第三者保証に応じる場合もあれば、転売で利益を上げることを目論んでいる場合もある。また最近では、美術館が第三者保証をするケースも出てきている。

いずれの場合も、オークションの結果に関わらず、売り手には事前に合意した価格での売却が保証される。また、作品の落札額が吊り上がった場合、第三者保証人が最終価格の一定割合を受け取る取り決めを交わすこともある。

ホワイト・グローブ社の説明によれば、同社が提供するシステムは対面型、オンラインいずれのオークションでも採用できる「金融商品」だ。そして、競売に先立って最低売却価格を交渉で確定できることから、「売り手が力を取り戻せる」仕組みでもあるという。さらに、同社のウェブサイトにはこう書かれている。

「落札価格が事前に決定された最低価格を上回った場合、売り手と保証人は上振れした分の利益を分け合います。つまり、誰にとってもリスクは小さく、利益は大きくなるのです」

では、ホワイト・グローブ社の収益モデルはどのようなものだろうか。同社の共同設立者兼COOであるチャールズ・ベントによると、収益源は2つあり、1つは固定的、もう1つは流動的なものだいう。

「前者は手数料的な性質のものです。弊社が取り消し不能の入札(第三者保証の一種)を行った場合、通常、最終落札価格の一桁台半ばから後半のパーセンテージがオークション会社から支払われます。後者は最終落札価格が保証価格を上回った場合の差額の分配で、弊社が受け取る割合は都度交渉によって決められます」

ホワイト・グローブ社の目標は、保証の分野におけるイノベーションの可能性を示すと同時に保証の透明性を高め、幅広い層に利用してもらうようにすることだ。そのために、より手頃な価格帯の作品にも保証を提供し、これまでハイエンドの美術品中心だった保証の対象を拡大しているとベントは語る。

また、同社のシステムはライリーの版画のような低価格の美術品だけでなく、高額美術品にも適用できると考えるベントは、サザビーズクリスティーズのような大手に導入してもらうことで「美術品市場に新たな基準を打ち立てたい」と付け加えた。

一方のアートクリア社は、ホワイト・グローブ社との提携によって美術品の流動性が高まり、その過程で従来よりも取引が容易になるとの見方を示している。また、作品の所有権や来歴の把握がしやすくなることも期待されている。アートクリアのアンガス・スコットCEOは、その利点をこう強調する。

「私たちが本質的に信頼できるデータを提供することで、オークションハウスのサービスの価値が高まり、美術品の流通が促進されます」

ベントはまた、「最も低い価格帯」の業務簡素化が大手オークションハウスを取り込んでいくカギだと言う。

「オークション会社にとって、価格が低い作品のために保証人を探すのは時間や労力の無駄。そこにホワイト・グローブが提供できる最大の付加価値があるのです」

大手オークション会社は「保証革新」に前向き

クリスティーズは以前、ブロックチェーン技術を用いた実験的なオークションを試みたことがある。それは2018年にニューヨークで行われた故バーニー・A・エブスワースのコレクションの競売で、業界で初めてブロックチェーン上に売買履歴が記録された。このときクリスティーズはアート市場に特化したブロックチェーンのスタートアップ企業であるアートリーと提携し、落札総額が3億2310万ドル(約475億円)に上った90ロットの各作品に暗号化されたデジタル証明書を発行している。

それ以来、ブロックチェーン技術はオークション業界であまり利用されてこなかった。しかし今、クリスティーズもサザビーズも保証分野で積極的な姿勢を見せているのは、不落札になるロットを減らせるのだから当然の成り行きと言える。サザビーズのグローバル事業開発責任者、マリ=クラウディア・ヒメネスはこう説明する。

「保証は、慎重に用いさえすれば、委託者にも、コレクターにも、そして市場そのものにも恩恵をもたらします。オークションに美術品を出そうかどうか迷っている委託者も、保証によって安心感を得られれば、売ろうという気持ちに傾くかもしれません」

クリスティーズの広報担当者も同様の意見で、市場が厳しい環境にあっても、保証は「一定の安心感を提供する」ことができ、オークションで「より多くの出品者が作品を売る」ことを促せると答えた。透明性について尋ねると、ヒメネスも、クリスティーズの広報担当者も、全ての保証は競売に先立ってオンラインのオークションカタログに記載されると回答した。

保証が付いていることでオークション特有の高揚感が損なわれるのでは? と水を向けると、ヒメネスは今年5月にレオノーラ・キャリントンの《Les Distractions de Dagobert(ダゴベールの気晴らし)》(1945)が記録的な高値で落札されたことを例に挙げた。この作品には取り消し不能の入札と保証の両方が付いていたが、10分間にわたる活発な入札合戦の末、予想落札価格の1200万〜1800万ドル(約18億〜26億円)を大幅に上回る2850万ドル(42億円)で落札されている。さらにクリスティーズの広報担当者はこう明言した。

「美術品の最終的な価値は、市場が価値を認めるかどうかにかかっています。保証が価値を決めるのではありません」(翻訳:清水玲奈)

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