アート分野のブロックチェーン活用最新トレンド! 絵画の高精細画像で真正性の証明書を提供

アート分野のブロックチェーンというと、NFTやデジタル作品に関係するものと思うかもしれない。しかしここ数年、現物の美術品の出所・来歴管理のためのプラットフォームが複数登場している。その最前線を紹介する。

ロンドンのサーチ・ギャラリーが昨年夏に開催した展覧会「Beyond the Gaze - Reclaiming the Landscape」では、アートクリア社による真正性確認のスキャンが行われた。Photo: Courtesy of Artclear

HP社と共同開発したスキャン技術を活用するアートクリア社

美術品の制作年の判断に悩むのは、オールドマスターと呼ばれる18世紀以前の巨匠を扱う専門家だけではない。つい最近も、ダミアン・ハースト作品の制作年表示が事実と異なるという報道があり、アート界は騒然とした。このように、存命のアーティストですら、絵画や彫刻の制作年が正確に記録されない場合がある。

ちょうどそんな折、ロンドンを拠点とするアートクリア(Artclear)が、プレス向けに新技術の発表会を開いた。同社は、現物の美術品の真正性を保証し、改ざんすることのできないデジタル証明技術を開発したブロックチェーン企業だ。

この分野では、数社の新興テック企業がしのぎを削っている。各社とも情報を安全に記録しておくためにブロックチェーンを用いるが、作品の出所や制作年を保証する方法はそれぞれ異なる。その中で2020年設立のアートクリアは、エンジェル投資家から全額出資を受け、PC・プリンター大手のヒューレット・パッカード(HP)社と共同でスキャナーを開発し特許を取得。絵画の高精細画像を取り込み、「電子指紋」を作成することで、「破壊も改ざんもできない」真正性の証明書を提供する。

アートクリアは先月、ロンドンのジョン・マーティン・ギャラリーに2台のポータブル・スキャナーを持ち込み、イギリス人アーティスト、アンドリュー・ギフォードの個展に出展された絵画作品に証明書を発行した。電子ピアノほどの大きさがあるスキャナーのロボットアームの先には等倍マクロレンズが付いており、カンバス上の選択したポイントで5ミリ角の範囲の精緻なスキャン画像を取り込む。

アートクリアの共同設立者でCEOのアンガス・スコットは、US版ARTnewsにこう説明した。

「ここでは、印刷された書類の識別のためにHPが開発した技術が用いられています。その原理は、紙に吹き付けられたインクの飛び散り方は、それぞれ指紋のように異なっているというもの。それは、油彩画にも当てはまります。一つひとつの作品には、そもそも固有のサインが組み込まれていると言えるでしょう」

絵画をスキャン中のアートクリアのスキャナー。Photo: Courtesy of Artclear

アートクリアの技術では、複数のアルゴリズムによってスキャン時のフォーカス、角度、照明のばらつきが調整され、絵画の同じ部分を何度分析しても画像の一貫性が保たれるようになっている。スコットは、「分析から人的要素などのリスクを排除することが狙い」だと話す。

同社はこれまで、ロンドンにある3軒のコンテンポラリーギャラリー、ジョン・マーティン・ギャラリー、ラングレー・ギャラリー、デ・バンと契約。また、機械学習を利用した美術品鑑定サービスを提供するヘパイストス・アナリティカル(Hephaestus Analytical)社とも提携し、今後はオークション会社へのアプローチも考えているという。

デ・バンのディレクター、マリア・ヴァレリア・ビオンドは、導入の理由をこう述べた。

「アートクリアのスキャン技術によって、コレクターに安心感を与えることができます。うちのようにまだ新しいギャラリーでも、この素晴らしいツールを使うことで、プロフェッショナルなディーラーであることを示せるのです」

スキャナーで取り込まれたデータは全て分散化し、サイバー犯罪から保護するためにオフラインで保存される。その後、デジタル証明書と現物作品のデータを恒久的に紐付け、ブロックチェーン上で保管する。アートクリアの最高技術責任者(CTO)であるサンジーブ・クマールは、ギャラリーやオークション会社、アーティスト、コレクターが自ら電子指紋を発行したり、確認したりできるよう、三脚に乗せて使える小型スキャナーの開発を予定していると明かした。

ブロックチェーンを利用した来歴管理の利点と専門家の懸念

スコットは、2022年に7年の刑期を言い渡された美術品ディーラー、イニゴ・フィルブリックの例を挙げて、アートクリアによる美術品の来歴管理の利点を説明した。フィルブリックは、投資家のコンソーシアムを代表してオークションで購入した複数の美術品に自分名義の偽の預かり証を作成。これを使って作品を二重販売していた。

「アートクリアを使っていれば、オークション会社は本物の所有者を特定でき、その所有者の同意を得ずに作品を譲渡する事態を防げたはずです。我われの技術は、作品にとって重要な事実を恒久的に確定し、作品の主題や作品そのもの、そしてアーティストなどに関する情報と検証可能なやり方で結びつけることを可能にします。アーティストは、アートクリアを使って新しく制作した作品に関する確定版の情報ファイルを作成できます。それによって、最近ダミアン・ハーストの作品に起きたような問題(制作年に関する疑惑)を回避し、コレクターに作品の価値を保証できるようになります」

美術品の来歴証明の専門家であるメアリーケイト・クリアリーは、スキャン技術を使って作品の来歴を追跡することについて、ギャラリーなどプライマリーマーケットで販売される作品や存命のアーティストの作品については理にかなっていると認めつつ、歴史的な作品の場合、こうしたツールの有効性には議論の余地があると考えている。その理由をクリアリーはこう語る。

「来歴証明の調査には非常に手間のかかることが多く、研究者は図書館や公文書館をしらみつぶしに当たり、デジタル化されていない数多くの文書を調べます。つまり、人間による分析が不可欠なのです」

やはり美術品の来歴調査の専門家であるオーブリー・カトロンは、テクノロジーに過度に依存した分析にはリスクが伴うという見方を示し、ブロックチェーンを使ってデータを保護することに関しても懸念を口にした。

「現在のAIのレベルは、伝統的な研究方法に取って代わるところまできていません。アート市場が全ての来歴・認証情報を単一の普遍的なブロックチェーンに統合することが理想ですが、市場の関係者は大勢いますし、利害の対立もあるので現実的とは言えません」

アート・バーゼル香港の会場で記念撮影をする来場者。Photo: SOPA Images/LightRocket via Getty

先行するアーキュアル社はアートフェアでの活用で存在感を増す

この分野で先行しているのがアーキュアル(Arcual)だ。同社はチューリッヒのアートNPO団体LUMA財団、コンサルティングと構築・設計を行うBCG X、アート・バーゼルの親会社MCHグループの支援を受けて創設され、美術品取引の安全性を高めることを目的に、デジタルおよびブロックチェーンサービスを提供している。「デジタル・ドシエ」(ドシエは書類、記録の意)と名付けられた独自技術では、ディーラーとアーティストが署名した真正性の証明書をブロックチェーン上に記録する。

アーキュアルの最高プロダクト責任者(CPO)ロドリゴ・エスメラは、自社の特徴をこう語る。

「我われの記録には、デジタル証明書またはトークン化された証明書、再販条件等に関する契約書に加え、裏付けとなる関連書類も含めることができます。履歴や真正性を記録することで作品を保護し、将来の再販に役立てられるのです」

同社では、最大100万ドル(約1億5000万円)までの取引を処理することができ、その際には売り手と買い手双方から最大1.5%の手数料を徴収する。また、買い手には全書類のデジタルコピーを提供し、支払いの迅速化で販売プロセスの合理化を進めるとしている。

2022年にサービスを開始したアーキュアルは着実にアート市場からの支持を獲得しており、2023年のアート・バーゼル香港では多くのギャラリーがアーキュアルのプラットフォーム「セールスルーム」を利用した。同社は最近、アーティストや小規模ギャラリー向けにオンラインおよび対面型のアートフェアを運営しているフューチャー・フェアとも複数年契約を結んでいる。フューチャー・フェアは、アーキュアルの技術を用いたプラットフォーム「デジタル・コンパニオン」を4月にローンチ予定だが、それについてアーキュアルCPOのエスメラはこう胸を張る。

「我われは、優れた製品は価値を提供し、使いやすく、インパクトのあるものでなければならないという考え方に基づき、デジタル・コンパニオンを構築しました。これは安全な取引を保証するためのプラットフォームなのです」

再販時のアーティスト利益確保を目指すフェアチェーン社

アートクリアとアーキュアルのサービスは、買い手側のリスクを排除することに重点を置いている。一方、クリエイターに利益をもたらそうと考えているスタートアップがフェアチェーン(Fairchain)だ。

スタンフォード大学の卒業生がアーティストのグループとともに2021年に設立した同社は、競合他社と同様、安全なブロックチェーンに裏打ちされた権利と真正性の証明書(物理的な作品のみが対象)によって、贋作や売買トラブルからコレクターを保護することを目的としている。同時に、アーティストにとっては、作品がセカンダリーマーケットで売買されるたびに再販手数料を受け取れる保証にもなる。なお、フェアチェーンも作品の売買時に手数料を徴収する。

同社の共同設立者であるチャーリー・ジャーヴィスにその利点を聞くと、こう答えが返ってきた。

「アーティストやギャラリーは、ハードウェアを用意したり複雑な設定をしたりせずに作品の認証ができ、一連の所有権管理ツールによって販売プロセス全体を簡単に管理できるようになります」

2023年の黒人歴史月間に、フェアチェーンはArtsyと協力して8人の黒人アーティストによる作品のオークションを開催。そのときの宣伝文句は次のようなものだった。

「このオークションは、クリエイターやアーティストのコミュニティに、持続可能で思慮に富み、有意義な支援を提供します。アーティストは自ら作品の再販手数料率を設定し、将来の全取引において経済的利益を確保することができます」

出所・来歴証明技術はまだ発展途上にある。しかしアートクリアの共同設立者で最高事業責任者のシャーロット・ブラックは、作品の真正性を保証するためにブロックチェーンを利用することで、アート市場から贋作やリスクを排除するだけにとどまらないメリットが得られると強調した。

「アートクリアは今後、たとえばアートギャラリーで絵画作品を担保にローンを組めるといった、さまざまなサービスや商品をサポートすることを目指しています」(翻訳:清水玲奈)

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