アレクサンダー大王は世界的カリスマだった! デンマークで没後500年に製造された肖像を発見
デンマークのシェラン島で、アマチュアの金属探知家が直径2.7センチの青銅製の留め具を発見。調査したところ2世紀頃のもので、アレクサンダー大王の肖像が彫られていた事が分かった。

デンマークのシェラン島にあるリングステッド市の郊外で、アマチュアの金属探知家であるフィン・イプセンとラース・ダニエルセンは丸い青銅製の留め具を発見。ヴェストシェラン博物館に寄贈したとアートネットが伝えた。
同館が調べたところ、留め具は直径2.7センチで、波打つ髪と牡羊の角を持つ男性が彫られていた。これはアモン神の特徴であり、アモン神を父と主張していたアレクサンダー大王(紀元前356-323)は、度々その姿で描かれていたことからアレクサンダーの肖像と結論づけられた。

だがこの留め具は、アレクサンダーの死後500年以上経った2世紀頃のものだという。これはローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌス、通称カラカラ帝の治世(198-217)に重なる。暴君と呼ばれたカラカラ帝は、自らをアレクサンダーの生まれ変わりと考え、アレクサンダーの行動や服装、武器、肖像画などを真似していた。それにより、ローマでは再びアレクサンダーブームが巻き起こっていたと考えられる。
同館の考古学者たちは、この留め具がローマ人によって鋳造され、後にスカンジナビアに持ち込まれたものなのか、それとも当時シェラン島に住んでいた人々によって作られたものなのかについては突き止められていない。用途も不明のままで、盾の飾りや剣の一部であった可能性もある。
そして、同館の鉄器時代専門家であるフレーク・オルデンバーガーは、デンマークでアレクサンダー大王の肖像が発見されたのは今回が初めてではないと指摘した。1950年、東ユトランドのイーラルプ・オダールにある沼地の排水作業中に1万5000点以上の鉄器時代の品々が発見された。調査の結果、これらはゲルマン民族の2つの部族間の戦いの末、勝利した部族が敵の剣、盾、斧、弓、槍を神への生贄として湖に投げ込んだものという事が分かった。それらの中には雄羊の角を持ったアレクサンダー大王の肖像入りの円形の金具があり、現在はモースガード博物館に収蔵されている。
ローマ帝国は北欧地域まで領土を広げておらず、なぜデンマークでこのような遺物が見つかるのか。オルデンバーガーは、「ローマ軍の遠征に参加した地元出身者がいた可能性もあるし、貿易によって持ち込まれた可能性もあります。ですが、皆アレキサンダー大王のことは知っていたと思います。彼の伝説はヨーロッパ、アジア、北アフリカでも非常に有名でしたから」と説明した。