プレスリーの胸像は「盗まれた」? バスキアも通った有名レストランの元従業員と現オーナーが対立
1980年代に伝説のアーティストたちが集ったニューヨーク・イーストヴィレッジのレストランから、エルヴィス・プレスリーの胸像が持ち去られた。この一件には新進アーティストとその家族が関わっていることから、アート界で注目を集めている。

世の中には数億円もの絵画が盗まれる事件もあれば、モノ自体は安くても金銭的価値に置き換えられない貴重な品が盗まれることもある。後者の部類に入るのが、2021年にニューヨークのレストラン「ジョリーン」からエルヴィス・プレスリーの石膏胸像が持ち去られた事件だ。
この奇妙な盗難事件を取材したニューヨーカー誌は、3月10日付の記事でそのいきさつを詳しく伝えている。事件に関わっているのは、画家のジョー・メッサーとやはり画家である父のサム・メッサー、映画製作者の母エレノア・ゲイバー。母のゲイバーがプレスリーの胸像を持ち出すのに協力したとされる若手作家のジョーは、これまでニューヨークの56ヘンリーやロサンゼルスのモラン・モランといった中堅ギャラリーで個展を開いている。
ジョリーンの前身である「グレート・ジョーンズ・カフェ」は、1983年にオープンすると、たちまちイーストビレッジのアーティスト御用達の店として人気になった。数々の著名な俳優やミュージシャンも集ったこの店の常連として最もよく知られているのが、ジャン・ミッシェル・バスキアだ(彼の終の棲家はこの店の向かいにあるアンディ・ウォーホル所有の建物にあった)。
ニューヨーカー誌によると、1984年に胸像を購入したゲイバーは、それを当時働いていたグレート・ジョーンズ・カフェのウィンドウに飾っていた。この店は1989年に一度オーナーが変わった後、2018年に閉店。2019年にまた別のオーナーが「ジョーンズ」としてレストランを再開し、コロナ禍の時期に名前をジョリーンに変えている。
2021年の報道では、ゲイバーがジョリーンからプレスリーの胸像を奪い去ったとされている。一方、ニューヨーカー誌の記事では、ゲイバーと夫のメッサーがジョリーンに胸像の返還を求めたものの拒否されたため、店から持ち出すことにしたという。
ある晩、レストランにやってきたゲイバーは、胸像を抱えて、店の外にいた夫のサムと娘のジョーのもとへと出て行った。サムはジョリーンの総支配人であるヴィシュワス・ウェズリーに名前と電話番号を残したが、ウェズリーに100ドル渡した娘のジョーは、「なぜ私たちの情報を彼らに教えるの?と思いました」とニューヨーカー誌に語っている。
しかし、話はここで終わらなかった。ジョリーンのオーナーはインスタグラムでプレスリーの胸像を探していると投稿し、ジョーともDMのやりとりが続いたという。すると、それまでの事情を知らない人々が、ソーシャルメディアでジョーの両親に対する攻撃的な投稿を始めた。「この彫刻はイーストビレッジの貴重な伝説の一部であり、返却を要求できる」とするオーナー側の主張に対し、ジョーは「それはあなたがたの歴史ではなく、私たちの歴史です」とニューヨーカー誌で反論している。
これ以上のネタバレは控えるが、ニューヨーカー誌の記事では、警察の捜査や小説家のジョナサン・サフラン・フォア(トム・ハンクスが出演した映画『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』の原作者)に関する記述もあることを加えておく。(翻訳:石井佳子)
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