美大生が大企業の汚職を追求する作品を発表し、訴訟問題に。弁護士費用をクラファン中
2019年に起きた、アイスランドの大手水産会社とナミビアの政府高官を巻き込んだ贈収賄事件「フィッシュロット・スキャンダル」。現在係争中の同事件に関し、アイスランド出身の美術大学生が企業の責任を追求する作品を公開したが、その手法が訴訟問題に発展している。この件の関係者に取材した。
不正疑惑の渦中にある国際的企業の偽サイトを美大生が制作
アイスランドの美大生が、同国の水産会社最大手で、「フィッシュロット・スキャンダル」と呼ばれる贈収賄事件に関与した疑いのあるサムヘリエ社から訴えられている。同社の名前で、偽の謝罪声明や謝罪サイトを作品として発表したことがその理由だ。
「フィッシュロット・スキャンダル」の名前は、ナミビアにあるサムヘリエの拠点で勤務していた元社員が持ち出した「フィッシュロット・ファイル」に由来する。このファイルに収められていた3万件を超える文書は、2019年11月にウィキリークスが公開。ファイルに記録されていたサムヘリエの従業員同士の電子メールには、同社がナミビアの政府高官や役人に数百万ドル(数億円)の賄賂を贈り、漁獲枠を獲得しようとしたことを示唆するやり取りが含まれていた。
サムヘリエは贈収賄疑惑を強く否定しており、告発された10人のナミビア政府高官も、4年以上にわたる拘留中に無実を主張してきた。事件は昨年末にナミビアの高等裁判所に提訴され、現在も係争中だ。
この事件に関し、《We're Sorry(申し訳ありません)》(2023)というアート作品を制作した美大生がいる。ODEEの名で知られるこのアーティストは、ノルウェー・ベルゲン大学でファインアートの修士課程に在籍しているオッドゥル・エイステイン・フリズリクソンだ。作品は、サムヘリエの公式ウェブサイトを模して作られた偽サイトで、イギリスで登録されており、トップページには作品のタイトルが大きく表示されていた。
ODEEはUS版ARTnewsの取材にこう答えている。
「『フィッシュロット・ファイル』によって明るみに出たサムヘリエのナミビアでの行為そのものだけでなく、3年経った今も誰も裁きを受けておらず、責任も問われていないことに怒りと悲しみを感じていました。さらに、ナミビアに陳謝の気持ちを伝えているアイスランド人がいないことも気になっています。私はアイスランド人を代表して、ナミビア国民に謝罪するためにこの作品を作ったのです」
ODEEはまた、「サムヘリエは謝罪し、返還と当局への協力を約束する」と題した偽のプレスリリースを20カ国100社の海外メディアに送付している。そこにはこう書かれていた。
「サムヘリエは、フィッシュロット事件に関与したことについて正式に謝罪いたします。私たちは、汚職や賄賂、新植民地主義などに対する批判の重大性を重く受け止めています。こうした行為はナミビアの統治を弱体化させ、同国民の健康と教育にとって必要な歳入を奪いました。私たちは、不正な金融取引に便宜を図ってもらうための支払いをし、ナミビアの利益を損ね、最小限の税金しか納めていないこと、さらにサバの漁獲枠から違法に利益を得ていたことを認めます。それによって雇用が失われ、ナミビア経済に長期的なダメージを与えました」
企業側は疑惑を真っ向から否定、美大生を提訴
ODEEの偽プレスリリースに対して、サムヘリエは昨年5月、次のような公式声明を発表した。
「サムヘリエは、悪質な何者かが、当社の名前を騙った偽のプレスリリースを海外のメディア各社に送りつけた事実を把握しています。この者は、当社の偽のウェブサイトも開設しているようです。(中略)当該のウェブサイトもプレスリリースも、サムヘリエやその従業員とは一切関係がありません。当社に対する計画的な攻撃と思われるこの件を、我われは深刻に受け止めています」
声明の発表と同時期に、サムヘリエはイギリスでODEEに対する訴状を提出。悪質な虚偽と商標権侵害で訴えるとともに、偽のウェブサイトとプレスリリースによって生じた損害への賠償を求めた。イギリスの高等法院判事は5月に暫定処置としてウェブサイトの削除命令を承認しているが、訴訟は現在も進行中だ。
なお、ODEEは作品の一環として、アイスランドのレイキャビク美術館の壁にも「WE'RE SORRY」の文字を描いている。この壁画は、ODEEがノルウェーに渡る前に学んでいたアイスランド芸術大学の卒業制作として発表された。
現在ODEEは弁護士費用を集めるためにクラウドファンディングサイト「GoFundMe」で寄付を募っているが、2万2500ドル(約317万円)の資金が集まらなければ自分で自分の弁護をすることになるだろうと明かしている。クラウドファンディングには、この記事の執筆時点で合計4500ドル(約63万円)強の寄付が集まっている。
「今、私は重大な岐路に立っています。私の弁護団は何カ月も無償で活動してくれていますが、数十億ドル規模の大企業であるサムヘリエは、私たちのリソースを枯渇させるような戦術を取っています。この重要な局面で経済的支援がなければ、私はロンドンの高等法院で適切な弁護を受けることなく、1人で戦うことになるでしょう」
権力への抵抗と「表現の自由」
審問は9月末にイギリスで行われるが、これまでODEEの弁護を担当してきたパリの法律サービスNGO、アヴァンギャルド・ローヤーズのアンドラ・マテイ弁護士によると、サムヘリエは裁判を経ずに審理結果を出す略式判決を求めているという。アーティストの弁護を専門とするマテイは、US版ARTnewsにこう語った。
「私たちはODEEに法廷に立ってもらいたいと考えています。この裁判は、アーティストの持つ表現の自由の権利と、企業の知的財産権のバランスを議論する貴重な機会で、公共の利益にも関係するものです。ODEEにとって極めて重要な裁判であるのはもちろん、アーティストのコミュニティ全体にも広く影響を及ぼすでしょう。サムヘリエの主張を認めれば、今後はアーティストだけでなく、全ての人々が創造的な方法で重要な議論を促したり、公私を問わず権力者に対してその行為に責任を持つよう求めたりすることが著しく困難になってしまいます」
さらにマテイは、「最先端」の方法で弁護に挑むつもりだと話し、こう説明した。
「私たちは、ODEEの表現の自由に対する権利に焦点を移しています。表現の自由は知的財産権訴訟の弁護では通常使われない論点です」
そんな中、アイスランド芸術家協会も先日サムヘリエの行為を非難する声明を公表した。
「大規模な国際的企業がその権力と経済的優位性を利用して、美大生が自らを守る手段や選択肢の少ない外国の裁判所に訴えを起こし、表現の自由を定義したり制限したりすることは深刻な問題だ。(我われは)アーティストの言論と表現の自由に対し、無条件かつ明確な連帯を表明する」
サムヘリエCEOのトルシュタイン・マール・バルドビンソンは2021年にナミビア高等裁判所に宣誓供述書を提出し、不正行為への関与を強く否定。さらに、そうした行為があったことも知らなかったと主張した。サムヘリエの元ゼネラルマネージャーで内部告発者のヨハネス・ステファンソンは、サムヘリエとナミビアの漁業団体の間で成立した合意の「首謀者」としてバルドビンソンを非難していたが、バルドビンソンは交渉への関与を否定し、決して「首謀者」ではない、と言い立てている。
バルドビンソンはまた、宣誓供述書と同時期に次のような声明を発表している。
「元マネージングディレクターが直接告白し、自ら認めた行為を除けば、私たちの関係企業やその従業員によってナミビアで犯罪行為が行われたことはありません。それが、私とサムヘリエの確固たる見解です。しかしながら、サムヘリエの最高経営責任者である私には、ナミビアでの事業慣行を許した責任があります。結果的に、スタッフや友人、家族、ビジネスパートナー、顧客、そして地域社会の人々を混乱させてしまいました。このような事態を招いたことを大変申し訳なく思っており、個人として、また会社を代表して、すべての関係者に心よりお詫びを申し上げます。私たちは、このようなことが二度と起こらないよう努めてまいります」
US版ARTnewsはサムヘリエにコメントを求めたが、回答は得られなかった。(翻訳:野澤朋代)
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