AIを用いた鑑定ツールが個人所有のルーベンス作品を真作判定。専門家は「明らかに偽物」と反論

スイスが拠点のAI美術鑑定会社が、これまで複製品であると考えられていた個人所有のルーベンス作品《The Bath of Diana》を真作判定した。一方、専門家は「明らかに偽物」だと否定している。

ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館に収蔵されているルーベンスの《The Bath of Diana》。Photo: Courtesy of Boijmans van Beuningen Museum
ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館に収蔵されているルーベンスの《The Bath of Diana》。Photo: Courtesy of Boijmans van Beuningen Museum

人工知能(AI)を駆使して美術品の鑑定を行う企業、Art Recognitionが、ピーテル・パウル・ルーベンスの《The Bath of Diana》(1635年頃)の鑑定を実施した。個人がコレクションしているこの作品は、長いこと模写であると考えられていたが、Art Recognitionによれば、鑑定の結果、《The Bath of Diana》はオリジナル版ではないものの、ルーベンスと彼のスタジオに所属する画家たちが描いた可能性があるという。

チューリッヒに拠点を置くArt Recognitionの創業者兼CEOを務めるカリーナ・ポポヴィッチは、3月中旬にオランダ・マーストリヒトで開催されたアートフェア、TEAFマーストリヒトで今回の調査結果を発表。同社はこれまで、「正確かつ客観的に鑑定を行う」AIを駆使して、オスロ美術館に収蔵されているゴッホの《自画像》(1889)をはじめとする500以上の作品を鑑定した実績がある。ポポヴィッチはこう語る。

「今回実施したのは、ルーベンスの絵画が真作であるか否か、白黒を付ける調査ではありません。この調査の結果、私たちは個人が所有する《The Bath of Diana》はルーベンスが制作に部分的に関わったと結論付けています。他の部分が誰によって描かれたかは、当社のAIでは判別できかねますが、一つの可能性として、ルーベンスの工房に所属していた画家が手がけたのではないかと考えられます」

Art Recognitionは今回の鑑定を行うにあたって、ルーベンスの署名が付いた作品を用いてAIの訓練を実施した。それ以外にも、AIに模写や複製品も学習させるための訓練データを活用した結果、AIはルーベンスの特徴的な作風を認識できたと同時に、質の高い模写や複製品とも区別できるようになったという。

AIは作品に描かれている29の部分を分析しており、そのうちの10カ所は80%以上の確率でルーベンスが手がけていると識別された。また、8カ所は60〜80%の確率で制作に関わっていることが判明しており、残りの11カ所は、AIが識別できなかった、あるいは明らかにルーベンス以外の誰かが描いたものだという。またポポヴィッチによれば、水浴びをするダイアナは、「ルーベンスが描いていないと判断された」という。

一方、ルーベンスの真贋鑑定の第一人者であり、彼の総作品目録を編纂する組織、ルーベンス研究センターの会長を務めるニルス・ビュトナーは、アート・ニュースペーパーの取材に対して、Art Recognitionが調査した作品にルーベンスは一切関わっていないと断言した

「状況報告書を見れば、この絵が本物ではないことは明らかです。私はAI肯定派ですし、Art Recognitionが開発したツールは優れていると思っていますが、私たち専門家は異なる意見をもっています」

これを受けポポヴィッチは次のように語った。

「数多くある《The Bath of Diana》の中で、真作である可能性があると言われたのはこの調査の対象となったバージョンを除くと、ロッテルダムのボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館に収蔵されているものしかありません」

ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館に収蔵されている絵画は部分的に焼失したと考えられており、断片しか残っていない。ルーベンス研究センターは、1990年代にはこの断片を本物としていたが、2016年には一変、真作ではない可能性があることを示唆している。美術館のウェブサイトでは、収蔵されている《The Bath of Diana》をルーベンスの作品として紹介しているが、ビュトナーは、ルーベンスが手がけていない可能性を強調している。

こうしたなかポポヴィッチは、美術史家やコレクター、美術館がより確かな情報に基づく判断を下すのに役立つAIツールの開発を目指していると語る。彼女は、自身が手がけるAIが専門家の目と同じレベルに達することはないことを認めつつも、貴重な追加分析ツールにはなり得ると強調し、こう続ける。

「ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館に収蔵されている《The Bath of Diana》対する見方は変化していますが、結局のところ真実は明らかになっていません。当社は、ルーベンス研究センターが本作の断片に対する姿勢を再考した場合、私たちが調査したバージョンに対する見方も変えるのかに注目したいと思います」

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