ウクライナ人女性アーティストが戦死。ロシアによる侵攻後、自らの血で「戦争が呼び起こす感情」を描く
ウクライナの女性アーティストで、救急隊員として戦地で活動していた31歳のマルガリータ・ポロヴィンコの死が伝えられた。ポロヴィンコは、ポスト工業化社会における人々の現実を描き、ロシアによる軍事侵攻後は自らの血を用いた絵を制作したことで知られる。

ウクライナのアーティスト、マルガリータ・ポロヴィンコが、救急隊員として従軍中に31歳で亡くなった。彼女の死を4月8日にインスタグラムで発表した姉は、「マルガリータはウクライナを守って死んだ」と投稿している。
マルガリータ・ポロヴィンコは1994年3月24日、ウクライナ中部の重工業都市クリヴィー・リフで生まれた(ゼレンスキー大統領の出身地でもある)。ポロヴィンコが育った時代におけるこの地の文化的周縁性が彼女の芸術的傾向に影響を与え、その作品はソビエト連邦崩壊後の現実と、ロシアによるウクライナ侵攻を深く洞察している。
2023年にウクライナのオンラインニュース「Suspilne Kultura(ススピーリネ・クルトラ)」の取材を受けた彼女は、子ども時代をこう振り返っている。
「私の母はクリヴィー・リフの製鉄所でずっと働いていました。子どもの頃、仕事に行く人に生気が感じられないのを見ると、どんな職業にも魅力を感じなくなります。社会のためになる職業でない限り」
心臓の持病でスポーツを諦めなければならなかったポロヴィンコは、美術学校に進学。あるインタビューでは、自らの取り組むテーマについてこう話している。
「私が関心を抱いているのは、ポスト工業化社会の都市や自然、そしてその環境における人間の居場所です。このテーマはさまざまな形で取り上げられていますが、私にとってこれを題材とする作品への情熱が尽きることはなさそうです」
ポロヴィンコは、クリヴィー・リヒでも人目につかない鉱山や採石場、廃棄物処理場、そして薬物常用者がよく利用する薬局などを好んで描いた。そのドローイングや油絵には、こうした場所への共感がストレートに表れている。鮮やかな色彩を用いていても、作品の登場人物は誰も幸せそうには見えない。しかし、彼らからは威厳が感じられる。
2022年2月にロシアのウクライナ侵攻が始まると、彼女の制作に変化が起きた。
「アートの観点で興味深かったのは、ドローイングを描き始めて、(戦争のような)原始的なテーマには原始的な手段が必要だと気づいたことです。ドローイングは『単純』という意味ではなく、『直感的』という意味でプリミティブなものです。これが私にとっての生命線となりました」
ポロヴィンコは黒いボールペンで、亡くなった子どもたちを天使のように描いている。その1人、マリウポリのダニールは、ロシア軍に反抗して殺された。そして侵略が3年目に入った頃、彼女は自分の血で絵を描き始めた。それは悪の陳腐さを表現しようとするもので、「私はこの絵を通して助けを叫んでいるのではない」と彼女は語っている。
《Dream in Landing(着陸中の夢)》という作品では、薄い黒インクで描かれた骸骨が、腹ばいに横たわる人物に銃を差し出し、全体が赤で塗りつぶされている。血を使うことについて彼女はこう説明した。
「戦争が私の中に呼び起こすテーマと感情に呼応する素材なのです。世界中で起きた数々の大量虐殺や戦争について調べ始めて、間違っているのは世界の何かで、私たちではないことを理解すると、戦争を受け入れやすくなりました。でも、それがもたらすもの、すなわち人や動物の死、破壊は別です」
ウクライナ当局の推定では、2025年2月時点でロシア軍の攻撃により亡くなったウクライナ人は4万5000人以上、負傷者は40万人以上にのぼる。また、軍事侵攻により数々の記念碑や美術館、そしてアーティストのかけがえのない命が失われ、同国の芸術・文化は大きな打撃を受けた。ユネスコによると、145の宗教施設、238の「歴史的・芸術的価値」のある建造物、32の博物館を含む少なくとも668の施設が被害を受け、復興にかかる費用は90億ドル(約1兆3000億円)にのぼると見られる。
これまでアートニュースペーパー紙やロシア語メディアによる報道で、ウクライナのアーティストでミュージシャンのアルトゥル・スニトコスが2024年6月にドネツク近郊で戦死したと報じられている。また、同年8月には18歳のアーティスト、ヴェロニカ・コジュシュコがロシアによるハリコフ空爆で死亡した。さらに侵攻初期には、ウクライナ素朴派を代表する民俗画家、マリア・プリマチェンコの絵画数十点が爆撃で焼失した。ウクライナ外務省は、失われた絵画は「世界的に有名な傑作」だったとしている。(翻訳:石井佳子)
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