中国「暗号資産」長者と米エンタメ界大物が全面対決へ。ジャコメッティ彫刻をめぐる訴訟に注目集まる
中国の暗号資産業界で財を成した30代のジャスティン・サンと、US版ARTnewsのトップ200コレクターズの常連で現在82歳の億万長者デヴィッド・ゲフィンが、落札額約111億円のジャコメッティの彫刻作品をめぐり訴訟合戦になっている。サンに彫刻の返還を求める訴訟を起こされたゲフィンは、4月16日に反訴。以下、互いの主張をまとめた。

アメリカの音楽・映画業界の大物プロデューサーでドリームワークスの共同創業者、デヴィッド・ゲフィンは、超一流の現代アートコレクションを所有する有力コレクターとして知られている。そのゲフィンが今年2月、暗号資産プラットフォームTRON創設者の中国の富豪、ジャスティン・サンからアルベルト・ジャコメッティの彫刻《Le Nez(鼻)》(1949-65)を返還するよう訴えられた。
香港に拠点を置くサンは、彫刻の現在の所在地であるニューヨークでゲフィンを提訴。自身が雇っていた人物が詐欺を働いて彼の彫刻を盗み、不当に売却したと主張している。しかしゲフィンは、サンの返還要求を断固拒否し、4月16日にサンを反訴した。その訴状は100ページに及ぶ。
ゲフィンのジャコメッティ入手は詐欺?
ブロンズと鉄、スチールでできたジャコメッティの《Le Nez》をサンが入手したのは、2021年11月にサザビーズで開催されたマックロウ・コレクションのオークションだった。当時彼のアートアドバイザーを務めていたシドニー・シォンの協力で、7840万ドル(最近の為替レートで約111億3000万円、以下同)でこの作品を落札した後、サンは8000万ドル(約113億6000万円)以上を支払える買い手がいれば、この作品を売りたいとシォンに伝えていたという。サンはまた、この彫刻を自身が運営するオンライン展示スペース「APENFT」に寄贈すると、ソーシャルメディアで公言していた。
だが結局この寄贈は実現していない。サンの主張によると、《Le Nez》は2023年にパリのジャコメッティ美術館に貸し出された後、「少なくとも数千万円を自分の懐に入れる」目的で詐欺を働いたシォンが、架空の弁護士や偽造書類を使って不正に売却したという。
サンの訴えによると、シォンは《Le Nez》と引き換えに、ゲフィンが所蔵していた5500万ドル(約78億円)相当の絵画2点(作品名などの詳細は明かされていない)に加え、現金1050万ドル(約15億円)を受け取った。しかし、この取引でシォンが得た総額は6550万ドル(約93億円)で、8000万ドル以上というサンの希望価格を大幅に下回っている。サンはまた、個人用Gmailアカウントで業務を行う中国人弁護士の関与など、この取引をめぐる状況には不審な点があるため、ゲフィンはジャコメッティを購入すべきではなかったと主張している。

サンによるとシォンは詐欺を働いていたことを2024年5月に認めたという。さらに彼の主張では、シォンはパリで開催されたジャコメッティ展の後、彫刻の輸送先をシンガポールにあるサンの保管施設ではなく、アートディーラーのデヴィッド・タンクルとコール・タンクルが管理するアメリカ・デラウェア州の美術品倉庫に変更したという。サンはゲフィンに対し、ジャコメッティ作品を返還するか、「相当額の損害賠償金」を支払うよう求めている。
暗号資産の暴落で焦ったサンが返還を画策?
サンの訴状には、ゲフィンがシォンと接触した、あるいはシォンと何らかの関係があったとの主張は記されていない。ゲフィンの弁護士であるティボール・L・ナギーはこの2月、ニューヨーク・タイムズ紙に対し、サンの訴えは「奇妙で根拠がない」ものであり、この件は煎じ詰めればサンが作品を手放したことを後悔しているだけではないかと述べている。ゲフィン本人も、サンの訴えを「でたらめ」だと切り捨て、その主張を全て否定。反訴状にはこう記されている。
「2024年11月頃、シォンはデヴィッド・タンクルとの電話のやり取りの中で、デヴィッドとコールが2点の絵画を十分な高値で売れなかったため、サンはアメリカで弁護士を雇ってゲフィンに対する訴訟を起こし、ジャコメッティの取引を無効にするよう圧力をかける予定だと伝えていた」
ゲフィンの申し立てによると、その頃大きな経済的打撃を受けていたサンとシォンは、ジャコメッティの彫刻を売るのに必死だったという。2022年から2023年にかけて暗号資産市場の大暴落が起き、追い討ちをかけるように、2023年11月にサンのプラットフォームはハッカーの攻撃で約1億1500万ドル(約163億3000万円)を失っていた。また、1年以上にわたり買い手を探し続けたものの、2人は彫刻と引き換えに入手した2点の絵画を売って利益を得ることができなかったとしている。
ゲフィンはさらに、サンはこれまでも不正に手を染めてきたとし、多数の元従業員から「非倫理的、または違法なビジネス活動」を行うよう強制されたとの訴訟を起こされていると主張している。

自身のウェブサイトで「閣下」を自称するサンのビジネスのやり方は、メディアや当局から何かと目を付けられてきた。昨年11月には、サザビーズ・ニューヨークでマウリツィオ・カテランのバナナをガムテープで壁に貼り付けた作品《コメディアン》(2019)を620万ドル(約9億円)で落札。香港に戻るとメディアを集め、この作品のバナナを記者の目の前で食べるパフォーマンスを披露した。
しかしサンはその後、それを批判する記事を掲載した暗号資産業界誌、CoinDeskに記事を撤回するよう圧力をかけたと言われている。そこには、アメリカの証券取引委員会が2023年3月にサンと彼が創設したブロックチェーンプラットフォームのTRONを、複数のセキュリティ違反や詐欺罪で起訴したことついての記述もあった。そして今年2月には、当事者全員がこの民事詐欺事件の解決を模索するようになっていた。
サンの訴えは辻褄が合わないとゲフィンが全面的に反論
ゲフィンの訴状は、サンの話には多くの矛盾があると指摘している。たとえば、サンはゲフィンを提訴する前、彫刻を「取り戻したい」とタンクルらに伝えたWhatsAppのメッセージを削除していた。また、シォンが手にした現金1050万ドルがどこへ行ったのかを含め、複数のサンの法定代理人に与えられた情報は互いに矛盾する。
それに加え、シォンがサンの署名を偽造した件についても2つの別の日付が存在するほか、シォンが署名を偽造した動機についての言い分も変化している。当初彼女は、書類の提出期限に間に合わせるためだったと主張していたが、後に詐欺だったことを認めるといった具合だ。
ゲフィンはサンの主張の核となる点も否定し、サンが2月にゲフィンを提訴した後もAPENFTのウェブサイトにディレクターとして名前が記載されているシォンは、サンのコレクション(の取引)には関与していなかったと反論。もしサンが主張するように彼女が不正を働いていたのなら、なぜ警察に被害届が提出されなかったのかと指摘している。
US版ARTnewsはゲフィンとサン双方の弁護団にコメントを求めている。現時点で声明が出ているのは、サンの弁護士であるウィリアム・チャロンによるアートネットニュース宛のもので、そこでは次のように述べられている。
「シドニー・シォンは無実であるとのゲフィン氏の主張は、全く賢明ではありません。シォン氏は盗みを働いたことを自白し、中国で逮捕され、現在もそこで拘留されています。ゲフィン氏はこうした事実があるにもかかわらず、シォン氏は窃盗犯ではなく、常にサン氏の代理人として取引に関わり、現在も中国で自由の身でいると主張していますが、極めて見当違いです」
チャロンはこう続けた。「訴訟の過程でさらに説得力のある詳細が明らかになるでしょう。私たちは訴訟が進展し、サン氏の資産を取り戻せる日が来ることを心待ちにしています」(翻訳:野澤朋代)
from ARTnews