2025年のミラノ・デザインウィークをレポート!名作の再解釈とクラフトの進化に注目
毎年4月にイタリアのミラノで開催される、世界最大規模の家具見本市「ミラノサローネ」。同時開催の「フォーリサローネ」と合わせて約50万人の来場者を集めるデザインの祭典は、名だたるブランドや企業が世界観をアピールするために様々な試みを行う実験場だ。そのなかから「ARTnews JAPAN」が注目した展示をレポートする。

第63回目となる世界最大級の家具・デザインフェア「ミラノサローネ国際家具見本市」が開催された。今年は世界37カ国から2,100以上が出展し、市内各地でもイベントが目白押し。豪奢な邸宅や宮殿、歴史ある劇場や芸術大学から廃墟となった工場跡地まで、街中のあらゆる場所がアートとデザインの祭典の舞台となり、朝から深夜まで大変な盛り上がりを見せた。人口約140万人の街に、1週間ほどで50万人近くが訪れたという数字からも、その熱気が感じられるだろう。
ミラノサローネとは?
「ミラノサローネ」は1961年に始まったイタリアの家具見本市。国内328社の参加から始まり、数年後には国際的な展示会へと発展した。1998年からは35歳以下のデザイナーが出展する「サテリテ」もスタート。「サテリテ」に際して開催される今年のアワードでは、日本のデザインスタジオ、SUPER RATの長澤一樹による「UTSUWA – JUHI SERIES」が一位を受賞した。シュロの樹皮を材料に、日本の伝統的な技法である柿渋染めや廃材利用の鉄媒染液を使ってつくられた器のシリーズだ。
さらに2000年からは、デザインという枠を飛び出しアートやファッション、フードなどをミックスしたイベントが見本市会場の外で開催されるように。現在では市内各地で行われる「フォーリサローネ(サローネの外)」として、サローネと合わせて「ミラノ・デザインウィーク」と称される。
歴史を踏まえて、そこから見えるもの
人の暮らしに密接する家具のデザインは、時代の空気感をいち早く反映しする存在でもある。今回のデザインウィークでは、先行き不透明な社会状況を反映してのことだろうか、各ブランドが自らの足元を見つめ直すような、歴史や伝統を踏まえたデザインやプレゼンテーションが多く見受けられた。ちょうど100年前頃に流行したアールデコやバウハウス、1960年代や70年代のデザインを思わせるものも多かった。
ジル・サンダー、サンローラン、カッシーナは20世紀の名作家具に注目
ジル・サンダーとドイツの老舗家具ブランド、トーネットは、マルセル・ブロイヤーが1928年に生み出した名作「S64カンチレバーチェア」を再解釈。チタンの素材感が100年近く前のデザインに新しい輝きを与えた。
またサンローランはシャルロット・ペリアンが1943年から67年に考案した未発表の家具4点を初めて実物大で製作し、歌劇場スカラ座の工房の一角で展示。なかでも67年設計の五人掛けのソファは、モダニズム建築家の坂倉準三が設計したパリの日本大使公邸のためにデザインされたもの。7メートルを超える大きさとダイナミックなフォルムに対して、座面にかけられた藤編みの繊細さ、緻密さ。その力強い美しさに、訪れた人からも驚きの声が上がっていた。

イタリアの高級家具メーカーのカッシーナは、1965年に発表したル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ぺリアンコレクションの60周年を祝って、その歴史を振り返る演劇的なパフォーマンスを行った。「ステージング・モダニティ」と題された作品は、モノを取り巻く環境や歴史、政治や社会的な力をリサーチするオランダ拠点のデザインデュオ「フォルマファンタズマ」とのコラボレーションである。
パフォーマンスのモチーフとなったのは、1929年にパリで開催されたサロン・ドートンヌで、コルビュジエら3名が発表した「住宅のインテリア設備」と題された展示だ。人間の体の寸法と黄金比から考案された建築の基準寸法システム“モデュロール“と、金属のパイプなどの新しい素材を使った家具は、発表当時、大きな物議を醸した。過去と決別し、新しい暮らしを取り巻く建築と家具の在り方を見せるー彼らの世界観が、パフォーマーを通して、三次元的に語られていく。100年近くを経て、本当の意味で新しいデザインとは何なのかが、観客に問いかけられているようだった。
匠の技の粋を尽くしたルイ・ヴィトン

ルイ・ヴィトンは18世紀の豪奢な宮殿を舞台に、長く培われてきたクラフツマンシップが随所に光る「オブジェ・ノマド」シリーズを紹介。カンパーナ兄弟やパトリシア・ウルキオラ、パトリック・ジュアンなどの著名なデザイナーの作品のほか、20世紀初頭にイタリアで起こった前衛芸術運動、未来派の画家でデザイナーでもあったフォルトゥナート・デペーロや、シャルロット・ペリアンの作品にオマージュを捧げたテキスタイルも印象的だった。
中でも目を引いたのが、アルゼンチン出身のデザイナー、クリスチャン・モハデッドが手がけた作品だ。伝統的な工芸品や受け継がれてきた職人の技を産業デザインへと活かす作風で知られるモハデッド。アームチェアやソファに取り入れられたレザーの背もたれやストラップ、金具などのディティールが秀逸で、メゾンが持つサヴォアフェール(匠の技)を見せつけた。
ティーポットで物語を表現したロエベ
デザイナーだけでなくアーティストや建築家など、個性豊かな25名のクリエイターが手がけるティーポットのコレクションを発表したのはロエベだ。1846年に創立された革工房に端を発するブランドは、2016年から、現代のクラフツマンシップを支援するアワード「ロエベ財団クラフトプライズ」を設立。同年からミラノ・デザインウィークにも出展し、アルチザンの技術に裏打ちされた革新的なプロジェクトを発表し続けている。
今回のティーポット作品でも、磁器や陶器、ストーンウェア、アルミや銅、ブラスなどさまざまな手法や素材の可能性が見受けられた。参加アーティストの出身地は中国から台湾、イギリスやアイルランド、レバノンまで多彩。日本からも崎山隆之、スナ・フジタ、新里明士、深澤直人、道川省三、安永正臣と、過去最多の6名のクリエイターが選ばれている。こうして参加アーティストのプロフィールを見ると、世界に広がる豊かなお茶文化が想像でき、ティーポットというものを通じて、ロエベが何を提示したかったのかが伝わってくる。
リボンのような素材で周囲を覆い、一見かわいらしく見えるが、鋭く、硬い鱗に包まれた海の生き物のようなティーポットを作ったのは韓国人アーティスト、ジェーン・ヤン-デーン。一方でドイツの現代アーティスト、ローズマリー・トロッケルは真っ黒で巨大なバケツのようなものに注ぎ口を刺した「共同のポット」を提示した。


ギャラリストでもあるイタリアのアーティスト、トマソ・コルヴィ=モラは「Hiraeth(もう帰れない場所へと帰りたいと思う、憧れ)」を表すウェールズ語をタイトルにしたお茶会用のセットを提案している。ロエベが提案したティーポットは単なる器ではなく、お茶を飲む時間から紡がれる人や文化を表現する、さまざまな物語だった。

レクサスは人とテクノロジーの「阿吽の呼吸」を表現

デザインとは、使う人との関係性から生まれるもの──。レクサスの展示では、それがインタラクティブなインスタレーションという形に昇華されていた。
レクサスの新世代コックピット操作デバイスである「ブラックバタフライ」から着想を得たという「A-Un」。 計器類を設置するインストルメントパネルと同じ曲線を描く巨大なパネルが蝶の羽根のように広がり、来場者の心拍を感知して反映された映像が映し出される。人と機械が通じ合う、「阿吽の呼吸」のコミュニケーションも、もう遠い未来のものではなない。テクノロジーの発展の速度に驚くとともに、人の呼吸に寄り添うという温かみが今も大切にされていることに嬉しさもあった。
グランドセイコーは氷、エズ・デブリンは光をテーマに
芸術アカデミーや美術館があり、ミラノの文化の中心地として知られるブレラ地区では、グランドセイコーと吉岡徳仁のコラボレーション「Frozen」に行列ができていた。流れる水を、そのまま留めたかのような、透明度の高い氷で作られた椅子が、デザインウィークの間にゆっくりととろけて、流れて消えていく。はかなく移ろいゆく時間が、見事に可視化されていた。
美術館の中庭には、2020年のドバイ国際博覧会のウーマンズ・パビリオンで話題を攫ったアーティスト、エズ・デブリンの「Library of Light(光のライブラリー)」が設置された。ブレラ美術館とフェルトリネッリ出版の協力のもとで実現したこの展示では、3000冊以上の本を使った彫刻で人類が積み上げてきた知識の記録、その価値にスポットを当てる。夜は、真っ暗な中庭の中に明るく本の背表紙が浮き上がる様子が、未来への希望の光を感じさせた。

フィリップ・スタルクは「ヘイト」をデザインで可視化
また別の展示として、芸術アカデミーの庭と植物園ではデザイナーのフィリップ・スタルクが「戦争の旗」というプロジェクトをおこなっていた。植物園では咲き乱れる花の中に旗が翻る。「ヘイト・アンリミテッド・コーポレーション」という、憎しみを売って利益を得る架空の企業を想定し、"ヘイト市場"がどのように構造化され、世界中へと広がっているかをデザインを通じて示そうという試みだ。
「希望は、私たちが行動すると決めたときにのみ存在し、私たち一人ひとりに責任がある」とスタルクは雑誌『INTERNI』のインタビューで語っている。「歴史は私たちに、反撃にはさまざまな方法があり、小さな抵抗行動もまた変化をもたらすと教えてくれるのだ」と。
インディペンデントなデザインが集まる「アルコバ」
ミラノ中心部から、電車に揺られて30分。今年で第8回目を迎える実験的でインディペンデントなデザインが集まる注目のプラットフォーム「アルコバ」は、郊外にある邸宅ヴィラ・ボルサーニを中心に、工場や温室の跡地など4カ所で開催されていた。
1945年に建てられたモダニズム建築の傑作である邸宅や、屋根もなく、窓も壊れて苔むした工場──アルコバのファウンダーであるヴァレンティーナ・チュウフィとジョゼフ・グリマは、あえて強烈な個性を持つ場を選び、その空間とモノとの間に、可能な限り強い共鳴を生み出すことが、アルコバの目標だと雑誌『Wallpaper』に語っている。
ヴィラ・ボルサーニの美しいモザイクフローリングの部屋に、スチール棚とペンキがかかった大きなテーブルを置いて、工房の一角かのように展示をしたのは、日本のノリタケだ。今年のメゾン・エ・オブジェでデザイナー・オブ・ザ・イヤーに輝いたフェイ・トゥーグッドをフィーチャーした「ローズ」シリーズのほか、周囲には見本や制作途中の皿を並べて、ノリタケのモノ作りの精神を見せる。

ガラスの支柱が印象的な階段と踊り場には、家具メーカーのコンテムとデザイナーのニック・ロスの柱のようなスツールが置かれていた。大理石やガラスの素材感と木目が呼応して、あたかも建設当時から、そこにあったかのようだ。キッチンにはアゼルバイジャンのブランド・CHELEBIが、地元の職人たちとコラボレーションし、ガラスや陶器、金属を皮や植物のツルなどで編んだ、家具や食器のシリーズが展示されている。


地下室では、日本のデザイナー&アーティストユニット・AtMa inc.が、壊れてしまった家具のパーツを組み合わせて新たな家具へと生まれ変わらせた「J39.5」を展示していた。倉庫を巡っている中で発想されたという背景から、あえて薄暗い中に展示し、入り口から光を当てて、家具の形を印象的に浮かび上がらせている。湿っぽい地下室の空気も、作品の世界を追体験させてくれるようで面白い。

旧SNIA工場(Ex SNIA Factory)では、窓も屋根も、一部は壁すらない、骨組みだけの強烈な空間を生かして、強い素材感のある作品が展示されていた。
タイルメーカーのRANIERIは溶岩石を使ったタイルや家具を展示し、フランスのデザインスタジオ・Warm Weekend’sは駅に暮らす難民のための移動式ハマム(トルコの伝統的な公衆浴場)「18 Drops of Sweat」を提案。吸音材などを販売するDECIBELとAIクリエイティブツールを提供するVIZCOMの共同企画では、吹きさらしの一角に3Dプリンターで作ったプラスチック製の椅子が展示されていた。刻一刻と変化する光が、椅子の素材感を浮かび上がらせていた。



“未来のデザイン”の実験場
ミラノ・デザインウィークは、単なる家具の展示会ではない。街全体を舞台に繰り広げられる“未来のデザイン”の実験場ともいえるだろう。私たちの暮らしの中にあるデザインが、どれほど豊かなメッセージをはらむものなのか。それが人を取り巻く社会へと影響を与え、未来を変えていく。未来は、どんな形をしているだろうか。それを目撃しに、また来年ミラノへと足を運びたい。