バスキア黄金期の秘蔵作品がサザビーズの5月セールに登場。予想最高額は21億円超、低迷からの逆転狙う
5月のオークションシーズンが間もなく開幕する。近年のアート市場の低調さに加え、関税問題で世界経済の先行きが不安定化する中、オークションハウスはどんな出品作を揃えたのか。以下、サザビーズの近現代アートイブニングセールの主な出品予定を紹介する。

5月はジャン=ミシェル・バスキアがアート市場をざわつかせそうだ。15日にニューヨークで開催されるサザビーズ・ニューヨークの「ザ・ナウ・アンド・コンテンポラリー・イブニング・オークション」では、バスキアの初期作品《無題》(1981)が予想落札額1000万から1500万ドル(約14億3000万円〜21億5000万円)で出品される。これまでほとんど人目に触れたことがなく、1989年に現在の持ち主が入手して以来36年間、その個人コレクションとして所有されてきた。
20歳のバスキアが制作した幅150センチほどのこの作品には、ブレイク直前の熱気と切迫感が漲っている。かつて著名ディーラーのジェフリー・ダイチは、オイルスティックで紙に描かれた、神話を思わせる荒々しい登場人物を、ストリートとスタジオの間を漂いながら行き来しているようだと表現した。
しかも制作年は、コレクターの間でバスキアの黄金期とされる1981〜83年に当たる。実際、過去のオークションに出品されたバスキア作品の落札価格トップ10のうち、9点がこの時期に生み出されている。サザビーズは現在の冷え込んだ市場でも、最高水準のバスキア作品は高値で売れると踏んでいるようだ。
現代アートセールの注目点は3つの個人コレクション
その目論見が当たらないとまずいという事情もある。サザビーズは、高価格帯のアート販売が伸び悩む中で5月のオークションを迎えねばならない。2024年の世界のアート市場規模は前年比12%減となり、高額作品の委託を確保するのも厳しい状況だ。
もはや、大富豪のマックロー夫妻の離婚後に行われたオークションや、マイクロソフト共同創業者の故ポール・アレンのコレクションといった大型セールが市場を賑わす時代は過去のものとなった。それでもサザビーズは、何十年もオークションに出品されていない、あるいはこれまで一度も市場に出たことのない作品が登場すれば、市場の低迷を補えると考えているのだろう。サザビーズ現代アート部門チェアマンのグレゴワール・ビヨーは、US版ARTnewsの取材にこう答えている。
「出品数が少ない分、目の付けどころが大切です。つまり、誰もがワクワクするような作品を持ってこないと注目を集めるのは難しい。今、人々の関心はニュース価値のあるものにしか向かないからです」
今シーズンのサザビーズは、まさにその通りの戦略で現代アート部門のオークションを組み立てている。その柱となるのは3つの著名な個人コレクションで、ギャラリーオーナーだった故バーバラ・グラッドストーンのコレクションから12作品、ロイ・リキテンスタイン財団から40点あまり、そしてロンドンを拠点とするアートディーラーのダニエラ・ルクセンブルクが収集した戦後イタリアとアメリカの抽象作品コレクションから15作品が出品される(*1)。
*1 ダニエラ・ルクセンブルクのコレクションセールは、1967年に行われたエポックメイキングなグループ展にちなんで「Im Spazio: The Space of Thoughts(イム・スパツィオ:思考の空間)」というタイトルが付けられている。
これらの出品予定作品についてビヨーは、「今まで一度も市場に出たことがない、目新しい作品ばかりです」と胸を張る。
特に注目される作品と予想落札額は、ルーチョ・フォンタナの絵画《Concetto spaziale, La Fine di Dio(空間概念、神の終焉)》(1963)の1200万から1800万ドル(約17億2000万~25億7000万円)と、サリー&ヴィクター・ガンツ夫妻が所有していたロバート・ラウシェンバーグのコンバイン・ペインティング《Rigger(リガー)》(1961)の800万~1200万ドル(約11億4000万〜17億2000万円)。
また、サンフランシスコ近代美術館(SFMOMA)が放出したフランク・ステラのVシリーズ作品でメタリックな《Adelante(アデランテ)》(1964)と、エド・ルシェがスフマート技法を用いた《That Was Then This Is Now(昔は昔、今は今)》(1989)の予想落札価格は、それぞれ1000万から1500万ドル(約14億3000万円〜21億5000万円)と700万から1000万ドル(約10億~14億3000万円)となっている。

近現代ともにトータルの売り上げは昨秋より大幅改善の見込み
SFMOMAはサザビーズ・ニューヨークで5月13日に開催される「モダン・イブニング・オークション」にも、アンリ・マティスの油彩画《Le Bouquet d’anémones(アネモネの花束)》とアレクサンダー・カルダーのモビール作品《Four Big Dots(4つの大きな点)》の2点を、それぞれ予想落札額100万から150万ドル(約1億4300万円~2億1500万円)と、600万から800万ドル(約8億6000万~11億4000万円)で出品する。
さらに、パブロ・ピカソが最晩年に描いた華やかな銃士の肖像《Homme assis(座る男)》(1969)には1200万から1800万ドル(約17億2000万~25億7000万円)の予想落札額が付けられ、ジョージア・オキーフがハワイへの旅の3年後に描き、半世紀近く個人コレクションに収蔵されていた《Leaves of a Plant(植物の葉)》(1942)も予想落札額800万から1200万ドル(約11億4000万~17億2000万円)で出品される。
サザビーズは、「モダン・イブニング・オークション」と「ザ・ナウ・アンド・コンテンポラリー・イブニング・オークション」の2つのセールで、合計3億8290万ドルから5億2520万ドル(約548億~751億円)の売り上げを見込む。これは、前年5月の見込み額3億6500万ドルから4億9050万ドル(約522億~701億円)をやや上回っている。現代アート部門(「ザ・ナウ」およびグラッドストーンとルクセンブルクのコレクションを含む)の予想売上は1億4260万から2億650万ドル(約204億~295億円)で、昨年11月比で16%の増加が期待されている。
一方、モダンアートのイブニングセールは、2億4030万から3億1870万ドル(約344億~456億円)の売り上げが見込まれている。これは、2024年秋の9230万から1億3500万ドル(約132億~193億円)の3倍近くで、2024年5月の1億8090万から2億5070万ドル(約259億~359億円)も超える水準だ。
それでも、全体の出品数は減少傾向にある。前述のビヨーは、「売りに出る作品は減っている」と認めつつ、「価格面で見れば市場は好調」だと言う。また、昨秋以来、ロンドンやパリ、香港でのオークションで感じられた手応えは、作品に特別感や新鮮味があれば買い手は強い関心を示すことを裏付けていると付け加え、こう語った。
「今シーズンの売り上げは、過去最大規模にはならないかもしれません。でも、ちょっと考えてみてください。40年間バーバラ・グラッドストーンが収集してきたコレクション、あるいはアメリカ美術史における巨人の1人、ロイ・リキテンスタインの遺産財団が保有していた作品が買えるチャンスなのです。これほど価値のある遺作が市場に出るのは、恐らく1990年代にサザビーズでオークションに出品されたウォーホル以来でしょう」
5月13日から始まるモダンとコンテンポラリーの2つのオークションに出品される作品の事前展示は、2日から15日までニューヨークのヨーク・アベニューにある同社のギャラリーで行われる。(翻訳:清水玲奈)
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