激しくも優しい「コレスポンデンス」のコンサートが開催。アンコールではパティ・スミスと娘の共演も
東京都現代美術館で詩人・ミュ-ジシャンのパティ・スミスと現代音響芸術集団のサウンドウォーク・コレクティヴによるオーディオヴィジュアル作品の展示「コレスポンデンス」が6月29日まで開催されている。これに合わせて東京・新国立劇場オペラパレスで実施された、両者によるコンサートをレポートする。

東京都現代美術館で開催中の、詩人・ミュ-ジシャンのパティ・スミスと現代音響芸術集団のサウンドウォーク・コレクティヴによるオーディオヴィジュアル作品の展示「コレスポンデンス」に合わせて、東京・新国立劇場オペラパレスでコンサートが開催された(京都でも実施)。

70年代のデビューから現在に至るまで、歌手で詩人、そしてそれ以上に「パティ・スミス」という独自の領域を切り拓いてきたスミス。一方のサウンドウォーク・コレクティヴは、アーティストのステファン・クラスニアンスキーが2000年に設立し、2008年にプロデューサーのシモーヌ・メルリが参画。音響芸術コレクティヴとして、ベルリンとニューヨークを拠点に、音楽、ダンス、映画、美術など多様なメディアを横断する活動を展開している。スミスとは、クラスニアンスキーがたまたま飛行機で席が隣同士になったことを機に、以来、10年以上にわたって協働しており、パリのポンピドゥーセンターなど世界の美術館で作品を発表してきた。「コレスポンデンス」展は日本初の両者による展示であり、合わせて東京と京都にて彼らのコンサートも実施された。
戦争や環境破壊など、地球における様々な暴力に対して強く反対を表明、その思いを詩や音楽に乗せて世に発信してきたパティは、今回の来日に際してたっての願いから広島を訪れ、平和記念公園で慰霊碑に献花した。その背景には、第二次世界大戦で日本軍と戦ったアメリカ兵士であった自身の父が、アメリカが広島と長崎に原爆投下したことに対して贖罪の気持ちを持ち続けたことがある。彼女は広島で、「私は今日、父に代わって許しを請うためにこの地へ来た」と語っている。
「コレスポンデンス」展でも多くの詩が展示されているが、コンサートはポエトリーリーディングで、音楽と映像と朗誦が混然一体となり没入感溢れるパフォーマンスだった。パティは歌い手だ。彼女の声が音楽に調和し、聴衆の心に入り込む──それは展示や朗読だけではなしえない効果だ。プログラムはチェルノブイリ原発事故や森林火災、動物の大量絶滅、芸術家をテーマとした作品6篇。79歳のパティの太くかすれた老成した声と、不安感を催すような不穏な音楽と映像が相まって、現代世界の危機を視覚と聴覚に激しく訴えてくる。その様子は、台詞と音楽の調和を目指したワーグナー、色と光と音楽の融合を夢見たスクリャービンら、総合芸術を目論んだ大作曲家達の作品の延長線上にあるかのようだった。
詩の内容もさることながら、パティが詠む詩と演奏に呼応して生成される映像も素晴らしい。この巨大スクリーンに投影される映像は、ポルトガル出身の気鋭の映像作家、ペドロ・マイアが手がけており、アンサンブルにはイギリスのチェリスト、ルーシー・レイルトンらが参加。ときにはステファンが舞台上で氷を削って生音を出し、楽器では奏で得ない音響効果を空間ににもたらす。しかし、パフォーマンスの根底には常に、ステファンが採取した音とパティの詩(彼女は「全て詩から始まる」という)の応答があり、コンサートではそこに各アーティストがつくった音と映像が重なっていく。ライブの醍醐味は、まさにそうしたアーティストたちの生々しいコレスポンデンス(=往復書簡)に肌で触れられることにある。
プログラムの最後を飾ったのは、「パゾリーニ」。アヴァンギャルドな映画監督、ピエル・パオロ・パゾリーニを詠った鬼気迫る詩と音楽は次第に高揚し、クレッシェンドし、最高潮の盛り上がりで終了した。自然とは何か、人間とは何か、今人々は何をすべきか、そんな現代社会の危機的状況について考えさせられる本プログラムだが、アンコールでは、娘が弾くキーボードの伴奏に合わせてパティが静かにしっとりと歌い上げ、穏やかな空気が会場を満たした。希望を見出せるような、優しい朗唱だった。