サザビーズの春のイブニングセールは冷え込む市場下で上々の結果。ジャコメッティはまさかの不落札

5月13日、サザビーズ・ニューヨークで行われたモダンアートのイブニングセールでは、7000万ドル(最近の為替レートで約102億円、以下同)を超えるのではないかと見られていた目玉作品が不落札になるという番狂わせが起きた。その一方で、新たなオークション戦略が好結果を生む場面もあった。同セールの結果を見ていこう。

5月13日にサザビーズ・ニューヨークで開催されたモダン・イブニングセールの様子。Photo: Brendon Cook/BFA.com
5月13日にサザビーズ・ニューヨークで開催されたモダンアート・イブニングセールの様子。Photo: Brendon Cook/BFA.com

5月13日に60点が出品されて行われたサザビーズ・ニューヨークのモダンアート・イブニングセールは、落札総額1億5200万ドル(約222億円)、手数料込みで1億8640万ドル(約272億円)という結果になった。50点の作品が売れてセルスルー率は83.3%、出品ロットの半数が初めてオークションに出された作品で、約4割が予想価格の上値を超える値で落札されている。昨今のアート市場の冷え込みからすれば上々の結果だと言えるが、最も注目されていた作品が不発に終わったことが影を落としたのは否めない。

このオークションで高値を付けた作品の1つがパブロ・ピカソの《Homme assis(座る男)》で、予想落札額1200万ドルから1800万ドル(約17億5000万〜26億3000万円)のところ、落札額は1510万ドル(約22億円、以下特記がない限り手数料込みの価格)。「Musketeers and Matadors(マスケット銃兵と闘牛士)」シリーズの1点として1969年に制作されたこの作品は、会場にいた参加者によって落札されている。 

これ以外にも複数のロットで競り合いが起きたが、その1つがオークション初出品となるジョージア・オキーフの《Leaves of a Plant(植物の葉)》(1942)だった。30件近い入札があり、予想落札価格の800万ドルから1200万ドル(約11億7000万〜17億5000万円)を大きく上回る1300万ドル(約19億円)で決着。一方、ルネ・マグリットの《La Traversée difficile(困難な航海)》は予想価格の下値を少し超える1004万ドル(約14億7000万円)で落札された。

アレクサンダー・カルダーの黒く彩色された金属製モビール《Four Big Dots(4つの大きな点)》(1966)は会場の入札者同士で競り合いになり、落札額670万ドル(約9億8000万円)、諸費用込みで830万ドル(約12億1000万円)となった。また、70年以上個人蔵となっていたポール・シニャックの《Saint-Georges. Couchant (Venise)(サン・ジョルジュ、日没 [ヴェネチア] )》は810万ドル(約11億8000万円)で落札され、この画家がヴェネチアを描いた風景画のオークション記録を更新している。

高値を予想されたジャコメッティの胸像がまさかの不落札

このように、今回出品された著名作家の作品はおおむね手堅い値を付けている。しかしアルベルト・ジャコメッティが弟ディエゴをモデルに制作したブロンズの胸像、《Grande tête mince(大きく薄い頭)》(1955)には買い手がつかず、セール終了後はその話題で持ちきりだった。ソロヴィエフ財団が保証なしで出品し、この春のオークションで最も高額な作品として関心を集めた同作の落札額は、7000万ドル(約102億円)を超えると予想されていた。

5900万ドル(約86億円)でこの作品の競りが始まると、数人が関心を示しているように見えたが、なかなか値段は上がらず、オークショニアのオリバー・バーカーが数分間粘って6400万ドル(約93億4000万円)の入札をやっと引き出した。しかし、これがシャンデリア入札(*1)だった可能性は大いにある。その後、しばらく間を置いてから6425万ドル(約93億8000万円)の応札があったが、売り手が設定していた最低売却価格には届かなかったようだ。

*1 実際には入札がないのにあったかのように振る舞うこと。

アルベルト・ジャコメッティによる1955年のブロンズ胸像《Grande tête mince (Grande tête de Diego)》。Photo: Sotheby’s
アルベルト・ジャコメッティによる1955年のブロンズ胸像《Grande tête mince (Grande tête de Diego)》。Photo: Sotheby’s

このクラスのジャコメッティ作品が、公開オークションで不落札になることは珍しい。しかもジャコメッティの存命中に鋳造されたこの作品は、同じ型から作られた像の中で唯一彩色されたものだと考えられている。そのため、バーカーがハンマーを打ち下ろし、「パス(不落札)」と宣言すると、少なからぬ人が思わず声を上げた。続いて気まずい拍手が起き、普段なら静まり返っているはずの会場に話し声が飛び交った。どよめきが収まらない中、バーカーはプロらしく次のロットであるリオネル・ファイニンガーの《Trompetenbläser I(トランペット奏者I)》の競りを進めたが、ようやく会場に落ち着きが戻ったのは、この作品が予想落札価格の下値をわずかに上回る508万ドル(約7億4000万円)で落札された頃だった。

春のシーズンの目玉とされていた作品が不落札となったという事実は、たとえ一流アーティストの手による完璧な来歴を持つ作品であっても、コレクターが二の足を踏む場合があることを示している。滅多にないこの事態についてアートアドバイザーのピーター・ベントレー・ブラントは、US版ARTnewsにこう説明した。

「トップロットになり得る作品をうまく確保し、オークションへの出し方を工夫して売買を成立させることに関しては、クリスティーズの方が良い仕事をしました。今回のジャコメッティの不落札は、物故作家の遺産管理団体がどこに作品を持っていくかを決める上での検討材料になるでしょう。とはいえ、今回のセールでは、500万ドル(約7億3000万円)以下の作品の好調さが続いていることが示されています。特にデザイン分野の勢いは衰えていません」

サザビーズのチャールズ・スチュワートCEOはオークション終了後、ジャコメッティの結果を心配する必要はないと語っている。「あれは真正なオークションならではの瞬間でした。出品者は作品を信じ、保証なしで手放そうとしていましたが、これは昨今では珍しいことです。20ロットがどれも思惑通り、1件の入札で売れていくのを見るよりずっと良いと思います」

スチュワートはこう言って価格の透明性とリスクテイクの価値を強調していたが、一方で明らかになったのは、作家の名声と作品のコンディションに頼るだけでは限界があるということだ。スチュワートはこう付け加えている。「損をした人は誰もいません。作品が売れなくても持ち主のもとに戻るだけです。彼らは何も失っていないのです」

ポール・セザンヌ《Portrait de Madame Cézanne》(1877年頃)
ポール・セザンヌ《Portrait de Madame Cézanne》(1877年頃)

フランク・ロイド・ライトの照明器具は激しい競り合いに

このイブニングセールでやはり大きな関心を集めていたのが、スイス人コレクター、ロルフ&マルギット・ヴァインベルク夫妻によるコレクションの作品群だ。サザビーズが「確かな鑑識眼によって築かれた」と評する夫妻の所蔵品は、印象派から初期モダニズムまで幅広い。ここから出品されたポール・セザンヌの《Portrait de Madame Cézanne(セザンヌ夫人の肖像)》は、セザンヌの妻だったオルタンスの肖像画としてはオークションで2番目の高値となる740万ドル(約10億8000万円)で落札された。

また、アンリ・マティスの《Le Bras(腕)》は420万ドル(約6億1000万円)、ヴァシリー・カンディンスキーの《Anfang(始まり)》は210万ドル(約3億円)、エゴン・シーレの《Gewitterberg(雷雨の山)》は220万ドル(約3億2000万円)で決着。エドヴァルド・ムンクの《Heinrich C. Hudtwalcker(ハインリヒ・C・フートヴァルカーの肖像)》は5人の競り合いの末、アジアのコレクターが190万ドル(約2億8000万円)で落札している。

これらは記録更新には至らなかったものの、歴史的な深みや来歴の長さ、価格設定とプレゼンテーションの慎重な組み合わせに注力した今期のサザビーズの方針が、それなりに功を奏したことを示す結果と言えるだろう。

中でも、ジャコメッティ作品とは対照的な激しい入札合戦が繰り広げられたのがランプのオークションだ。それは、イリノイ州スプリングフィールドのスーザン・ローレンス・ダナ邸のためにフランク・ロイド・ライトが1904年にデザインした《ダブル・ペデスタル・ランプ》で、10分間の競り合いの末、750万ドル(約11億円)で落札された。これは2023年に樹立されたライトのオークション記録の2倍以上にあたる。サザビーズはこの作品を初期アメリカンデザインの至宝として紹介していたが、その期待は裏切られなかったというわけだ。

ちなみに、このランプは2点しか制作されておらず、もう1点はダナ・トーマス・ハウス財団資料館の所蔵品になっている。 

13日のモダン・イブニングセールで驚くべき結果を出したフランク・ロイド・ライトのランプ。
13日のモダン・イブニングセールで驚くべき結果を出したフランク・ロイド・ライトのランプ。

オークショニアのバーカーは、250万ドル(約3億6000万円)から《ダブル・ペデスタル・ランプ》の競売をスタート。入札が30件を超える頃から、その呼び声はますます熱を帯び、610万ドル(約8億9000万円)に達したところでハンマーが振り下ろされた。会場から拍手が沸き起こるなど、大いに盛り上がったこのロットが終わると、少なくとも15人が席を立ち、目当てのものは見終わったという風情で会場を出ていった。

モダンアートのイブニングセールにデザイン作品を出すという比較的新しいこの戦略は、サザビーズの目論見通りに運んだようだ。ライト作品の好結果には前例があり、昨年11月にサザビーズでティファニー・スタジオのステンドグラスが1240万ドル(約18億1000万円)で落札され、ルイス・コンフォート・ティファニーのオークション記録を更新している。それは1913年にオハイオ州の教会のために制作された《Danner Memorial Window(ダナー・メモリアル・ウィンドウ)》で、モネやピカソなど著名アーティストの作品が出品されるイブニングセールにティファニーの作品が出されたのは、この時が初めてだった。

ティファニーやライト作品のオークション結果を見ると、サザビーズがデザイン作品の位置付けをシフトさせ、より幅広いコレクター層を惹きつける可能性を秘めた新興カテゴリーとして扱うようになっていることが分かる。ジャコメッティの胸像はハイエンド作品への需要にも限界があることを明らかにしたが、それに対し、ライトのランプは希少性と物語性が依然として購買意欲を掻き立てることを証明している。アートアドバイザーのマリア・ブリトーは、セール全体についてこうコメントした。

「今回のセールは、特にジャコメッティに関しては、残念な結果に終わったと見られるでしょう。とはいえ、結局のところサザビーズはクリスティーズと同様、業界きっての大手です。一晩で2億ドル近い美術品を売るのは並大抵のことではありません」

一方でブリトーは、このセールには「中の上」レベルの作品が多く、前夜にクリスティーズが開催した20世紀美術のオークションのようなまとまりに欠けていたと指摘した。セール終盤に出てきたいくつかの凡作について「水増しされた感じ」がしたと言いつつ、彼女はポジティブな面についても口にしている。「今が買い時だと思います。このオークションには良い買い物をするチャンスがたくさんありました」(翻訳:野澤朋代)

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