アートフェア出品のクリムト作品に密輸疑惑。ギャラリーは「メディアの言いがかり」と反論

グスタフ・クリムトが1897年に描いた西アフリカ王子の肖像画が、オランダのアートフェア、TEFAFマーストリヒトに出品された。この肖像画をめぐってハンガリーから「密輸」されたとする報道が浮上したが、出品したギャラリーは「中傷だ」と強く反発している。

グスタフ・クリムトが手がけたガ族の王子、ウィリアム・ニー・ノルティ・ドウオナの肖像画。Photo: Courtesy of Wienerroither & Kolbacher
グスタフ・クリムトが手がけたガ族の王子、ウィリアム・ニー・ノルティ・ドウオナの肖像画。Photo: Courtesy of Wienerroither & Kolbacher

グスタフ・クリムトが手がけた西アフリカの王子の肖像画が、オランダのアートフェア、TEFAFマーストリヒトに出品された際、AP通信やニューヨーク・タイムズ紙をはじめとする主要メディアで大々的に報じられ、話題となった。しかし、ウィーンのギャラリー、ウィーナーロイター&コールバッハー(W&K)が、正当な手続きを経ずに作品を出品した可能性が浮上し、見解を二分する報道がヨーロッパのメディアでなされている。

ハンガリーの週刊誌、HVGによれば、TEFAFで展示されるに先立ってクリムトが手がけた肖像画は、オーストリアに「密輸」されたという。一方、オーストリアの日刊紙、デア・シュタンダールト紙は、絵画を出品したウィーンのディーラーは必要な輸出許可を取得していたと報じている。

これを受け、US版ARTnewsの取材に応じたW&Kの代表者は、「HVGによる中傷にすぎない」と一蹴した。

現在のガーナにあたる地域でガ族の代表を務めた王子、ウィリアム・ニー・ノルティ・ドウオナを描いたこの肖像画は、クリムトがウィーン分離派を結成した1897年に制作された。W&Kはこの作品に1500万ユーロ(約24億円)の値を付け、TEFAFに出品している。

W&Kの説明によれば、この作品はオーストリア在住の夫婦から入手したという。夫婦が持ち込んだ際、作品はひどく汚れており、粗末な額縁に入れられた状態だった。W&Kの代表者は、夫婦はクリムト作品であることを知らなかったと振り返っている。その後、クリムトの真作であることを証明する刻印を発見し、クリムトの総作品目録を手がけた美術史家のアルフレッド・ヴァイディンガーの鑑定により作品が本物であることが確認された。

キャリア前半では写実的な肖像画を制作していたクリムトだが、その後、表現主義的な手法をとるようになる。ヴァイディンガーはニューヨーク・タイムズ紙に対し、この絵画は「彼の芸術的発展における新たな段階への転換点を示している」と語った。また、W&Kの共同創業者であるルイ・ヴィーナーロイターによれば、この絵画は当時「市場に出回っていた唯一のクリムト作品」だったという。

会期中に本作に買い手が付いたかは不明だが、ヴィーナーロイターは「主要な美術館と交渉を進めている」と語っている。しかし、作品を取得したことを正式に発表した機関はない。

この肖像画は、1923年にウィーンのオークションハウス、サミュエル・ケンデに出品されるまでクリムトの遺族の元に残っていたとみられている。1928年に開催されたクリムトの追悼展では、ユダヤ系オーストリア人のコレクター、エルネスティン・クラインが所有者として記録されていた。

しかし、ナチスが台頭した1938年にクラインはモナコへ逃れ、作品の行方はわからなくなった。それから85年が経った2023年に再発見され、クラインの相続人との返還合意を経て、TEFAFでの展示に至った。

HVGとデア・シュタンダールトによれば、この絵画は1938年以降にハンガリーに渡ったという。後者は、「1950年代から少なくとも2021年まで、ハンガリーに住むプライベート・コレクターの所有下にあった」と報じている。しかし、作品がハンガリーに渡った経緯などは依然として謎のままだ。

また、HVGの報道は、ハンガリーを拠点に20世紀に活動したコレクターたちに焦点を当てた書籍『Lost Heritage: Hungarian Art Collectors in the Twentieth Century』の著者であるペーテル・モルノシュによるFacebook投稿に基づいているようだ。モルノシュはクリムト絵画をめぐる一連の報道を「犯罪小説のように書かれている」と非難しながら、「クリムト作品は奪われてしまったのだろうか」と問いかけている。

モルノシュによると、修復家のジョーフィア・ヴェーグヴァーリが作品が公に知られる前に、ブダペストの自身の研究室でこの作品を調査したという。ヴェーグヴァーリ自身も彼女のブログ内でこの調査について記している。

ハンガリー当局は、この絵画の輸出申請を承認し、2023年にオーストリアへの移送を許可したと、デア・シュタンダールト紙は報じている。W&Kの代表者は、US版ARTnewsにこう語る。

「絵画の輸出許可をハンガリー当局から得た後、オーストリアに住む現在の所有者が絵画をウィーンに持参したのです」

この作品がハンガリーから輸出された背景には、ハンガリー当局の担当者が作品の芸術的価値を十分に認識していなかった可能性がある。デア・シュタンダールト紙によると、ハンガリーの官僚たちは、この肖像画が認証されたクリムト作品であることを認識しておらず、クリムトの作品であることを示す刻印が「文化遺産保護官によって見落とされていたのかもしれない」という。これを受けモルノシュはFacebook投稿で次のように記した。

「もしこれが事実だとすれば、重要なクリムトの作品がハンガリーから失われてしまったことになります!」(翻訳:編集部)

from ARTnews

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