宇宙とクィアが交わるとき──ブリタニー・ネルソンの写真が描くロマンティシズム【New Talent 2025】
US版ARTnewsの姉妹メディア、Art in America誌の「New Talent(新しい才能)」は、アメリカの新進作家を紹介する人気企画。2025年版で選ばれた20人のアーティストから、火星探査機や電波望遠鏡など宇宙に関するテクノロジーに、クィアネスのメタファーを込めた作品を制作するブリタニー・ネルソンを紹介する。

宇宙の空虚さは、ブリタニー・ネルソンの心の中に不思議と思慕の念を呼び起こす。2024年にシカゴのペイトロン・ギャラリーで開かれた個展「I Can’t Make You Love Me(あなたに私を愛させることはできない)」は、SF関連の資料や旅行の記録映像、20世紀初頭の写真印画技法に対する彼女の関心を示すものだったが、その会場にはボニー・レイットの切ないバラードが流れていた。片思いの相手への報われない想いを歌い上げる、こんな歌詞だ。
「あなたが私を愛していないなら、あなたに私を愛させることはできない/ありもしない感情を無理やり抱かせることはできない」
ネルソンには、地球外の題材が持つエロティシズムに関心を持つきっかけとなった意外なミューズがいる。そのミューズとは、約15年にわたり火星の表面を走り続け、数多くの発見をした探査車「オポチュニティ」だ。ブルックリンのサンセット・パークにあるスタジオを訪問した私に、ネルソンはこう言った。
「私は彼女をレズビアンのアイコンと呼んでいます。彼女は地球外に送られた探査ロボットの中で最も長い距離を走行したものの1つで、信じられないほど多くの画像を撮影しました」
NASAは、2004年から2019年の運用終了まで火星の探査活動を行ったこのロボットを、女性代名詞で呼んでいた。ネルソンもそれに倣っている。
「彼女は独りで探査を続け、硬派なブッチ(*1)らしく岩の分析を行いながら、風景の向こうへと視線を送っていました。遠くから切なげに眼差しを送るだけで、距離を詰めない。これはまさに、レズビアンの典型的なパターンです」
*1 男性的なスタイルと行動を好むレズビアン。対して女性らしいスタイルを好むレズビアンは「フェム」。
オポチュニティが撮影した探査画像に情感を与えるため、ネルソンはブロムオイル印画法という写真の技法でそれらの合成画像を制作した。20世紀初頭に使われていたこの技法によって、写真は幻想的で絵画的な質感になる。NASAが公開している探査画像は、「本当に素晴らしいのに、科学関係やテクノロジー系のブログでしかシェアされていません」と彼女は指摘し、それらが単なるデータセットとして扱われがちだと説明する。
「そうした画像にロマンティシズムを取り戻したかったのです」
ネルソンがオポチュニティに隠喩的な共感を覚えるのは、個人的な体験も関係している。モンタナの「文化的真空地帯」で育った彼女は、幼少期を振り返りながらこう話す。「非常に孤立した環境で同性愛者として生きていくのはどんな感じかだろうと考え始めたら、宇宙探査やSFとの類似点が浮かび上がってきたのです」

隠れ家のような彼女のスタジオは、第1次世界大戦の時代から軍の物資保管施設として使われていた建物の中にある。そこには、1950年代に製造されたフォターというメーカーの巨大な引き伸ばし機が鎮座している(ネルソンとアシスタントたちは、それを『フォター卿』と呼ぶ)。床にあるレールの上を動きながらネガの画像を投影するその機械を使うと、大規模なプリントを作成することができるのだ(これまでの最大サイズは約91cm×213cm)。
また別のテクノロジーを使った作品もある。たとえば《everything but the signature is me(署名のほかは全て私)》(2023)では、タイプライターが「スターベア(Starbear)」という単語を自動で打ち込むようプログラムが組まれている。この単語は、アーシュラ・K・ル=グウィンと、アリス・B・シェルドン(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアのペンネームで知られる)という2人のSF作家が交わしていた親密な書簡の中で使われていた愛称だ。
ネルソンが最近手がけているのは、巨大なパラボラアンテナを持つ電波望遠鏡を題材とした作品で、地球外知的生命体の探査・研究を行うシリコンバレーの非営利団体、SETI研究所のアーティスト・イン・レジデンスに参加していたときに制作を始めた。この電波望遠鏡の写真は、昨年ニューヨークのルーリング・オーガスティン・ギャラリーで行われたジョアン・レナードとの2人展で展示された。
現在は、MITリスト・ビジュアル・アーツ・センターで来年開催する個展に向け、ウェストバージニア州のグリーンバンク天文台にある世界最大級の電波望遠鏡に着想を得た作品を制作している。進行中の作品について、ネルソンはこう教えてくれた。
「今まさに制作の真っ最中で、いろいろ苦労しています。作品ではある意味、望遠鏡を元彼女のような感じで擬人化しています」(翻訳:野澤朋代)
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