夢のような情景に滲む孤独感──現実と幻想の境界を行き来するラフィク・グライス【New Talent 2025】

US版ARTnewsの姉妹メディア、Art in America誌の「New Talent(新しい才能)」は、アメリカの新進作家を紹介する人気企画。2025年版で選ばれた20人のアーティストから、写真や動画で夢のような瞬間を捉え、ファウンドオブジェに新たな物語を吹き込むラフィク・グライスを紹介する。

パリのバリチェ・ヘルトリングで展示されたラフィク・グライスの《The Longest Sleep》(2024) Photo Marjorie Brunet Plaza/Courtesy Balice Hertling, Paris
パリのバリチェ・ヘルトリングで展示されたラフィク・グライスの《The Longest Sleep》(2024) Photo Marjorie Brunet Plaza/Courtesy Balice Hertling, Paris

「グーグルで見つけたんです!」

ダブリン生まれのエジプト人アーティスト、ラフィク・グライスは、彼が指定したパリ17区の洒落た一画にあるカフェ「ラ・メゾン」を私が褒めると、快活にそう言った。

互いの予定が合った冬の月曜日、グライスは作品を保管している倉庫に向かう途中、私は教員会議へ向かう前にそこで落ち合って話をした。彼は古いスタジオを引き払ったので、現在は専用の作業スペースを持っていない。それでスタジオ訪問の代わりにカフェで会ったのだが、こうした街中や公共空間に身を置くこと自体、彼のアートの実践に通じるところがある。グライス自身もこう言った。

「外で作品を制作することが多いので、スタジオはほとんど収納場所としてしか使っていないことに気づいたんです。もう新しいスタジオは必要ないかもしれません」

昨年の11月から今年の1月にかけ、グライスはパリのギャラリー、バリチェ・ヘルトリングで「The Longest Sleep(最も長い眠り)」と題した個展を開いた。その準備をしていた頃、彼は世界中から作家が集まるアーティスト・イン・レジデンスのPOUSHで、画家のポル・タビュレと作業スペースを共有していた。「ほかのアーティストとアイデアを交換するのが好きですし、コミュニティの一員になれるのは嬉しいことです」と話すグライスだが、彼の作品からは切ないほどの孤独が伝わってくる。たとえば、グランドピアノに紐をかけた写真や、夜を旅する巡礼者が遺した物のように見える、ぽつんと置かれたファウンドオブジェなどだ。

ベルリンのギャルリー・モリトール&LCクワイサーで開催されたグループ展「Undercurrents」(2025)に展示されたラフィク・グライスの作品
ベルリンのギャルリー・モリトール&LCクワイサーで開催されたグループ展「Undercurrents」(2025)に展示されたラフィク・グライスの作品

個展会場の地下の展示室からは、ゆっくりとした環境音が響いていた。グライスがカイロに滞在しながら制作した新作の映像作品の音だ。《The Longest Sleep(最も長い眠り)》(2024)というこの12分間の映像作品は、ワリと呼ばれるイスラム神秘主義(スーフィズム)の聖者たちの儀式に何度も足を運んで撮影された。無人のメリーゴーランドや、夜通し行われるイスラム神秘主義の儀式「マウリド(聖者生誕祭)」でトランス状態になっている参加者をスローモーションで撮影したこの作品は、ジェイムズ・ボールドウィンの小説『山にのぼりて告げよ』の第3部で主人公が啓示を受ける場面を彷彿とさせる。

しかし、これを制作する際にグライスが参照したのは、「脳が宗教をどう体験しているのかを研究する」アンドリュー・ニューバーグの神経神学という研究だ。宗教的な家庭で育ったわけではないというグライスはこう説明する。

「宗教的な心の働きに常に関心を持っていました。すべての宗教の核心は、死への恐怖と向き合うことにあると思います」

ラフィク・グライス《Lèvres Froides(Die Selektion Cover)》(2024) Photo Aurélien Mole/Courtesy Balice Hertling, Paris
ラフィク・グライス《Lèvres Froides(Die Selektion Cover)》(2024) Photo: Aurélien Mole/Courtesy Balice Hertling, Paris

店員がグライスのお茶(不眠症に効くレモンバーベナのハーブティー)をテーブルに置くと、彼はMacBook Pro 2016の15インチのスクリーンを「今はこれが私のスタジオです!」と言いながら私に向け、最近の作品の画像を見せてくれた。《Lèvres Froides(Die Selektion Cover)(冷たい唇 [セレクションの表紙] )》(2024)は、彼がアーティスト・イン・レジデンスで滞在していたジョージアの首都トビリシで見つけた細長い扉を使った作品で、その表面には境界に佇む幽霊が残したような足跡がある。バリチェ・ヘルトリングでの展覧会では、これを壁に掛けて展示していた。

グライスはモノクロ写真を自身でプリントしている。低いアングルから引きで撮影された画像は、一瞬の夢の情景のようだ。そして、独特の質感を持つ厚手の和紙をプリントに使うことで、レンズ越しに捉えた画像にアーティスティックな味が加わる。グライスの写真には、そこに写っている場所や人物を特定できる手がかりがない。崩れゆく都市の建築物や、朽ちかけた室内、走り去るぼやけた人物を写した作品は、野性的で放浪癖のある彼の視線を映し出すポートレートのようだ。

地中海沿岸の複数の美術館から展覧会参加の誘いを受けているグライスは、忙しいスケジュールの合間を縫って次の計画を練っている。「前回の個展に出した作品が全て売れたら、旅に出るつもりです。何もかもが新しく感じられて刺激が多い旅先では脳が活性化するので、たくさん作品を制作することができます」と彼は言った。1週間後、行き先は決まったかどうかメールで尋ねると、エジプトだという答えが帰ってきた。「都市空間とのつながりがとても生々しく感じられる場所なんです」(翻訳:野澤朋代)

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