展覧会が「作品」になるとき──ルイ・ヴィトン「ヴィジョナリージャーニー」展レビュー
大阪中之島美術館で、2025年大阪・関西万博とルイ・ヴィトン創業170周年を記念した大規模なエキシビション「ビジョナリー・ジャーニー」が開催中だ。歴史的トランクや現代アートとのコラボレーションだけでなく、建築家の重松象平が手がけたメゾンの精神を旅するようなセノグラフィーも、本展の大きな見どころだ。

編註:こちらの記事は毎週金曜日に配信されているニュースレターに加筆修正を加えたものです。
大阪中之島美術館にて、ルイ・ヴィトンによる「ビジョナリー・ジャーニー」展が始まった。本展は、2025年大阪・関西万博とルイ・ヴィトン創業170周年を記念して企画されたもので、170年以上にわたるメゾンの歴史と革新性を、「旅」「クラフツマンシップ」「革新性」「文化交流」「芸術性」などの視点から、「アニエール」「原点」「冒険」「ルイ・ヴィトンと日本」「素材」「モノグラム・キャンバス」「アトリエ」「耐久性試験」「アトリエ『ラレックス』」「コラボレーション」といった、アトリウムを含む12のテーマを通じて辿る没入型のエキシビジョンだ。
展覧会を通して紹介されるのは、1854年にルイ・ヴィトンが「レイティエ・アンバルール(荷造り用木箱製造兼荷造り職人)」としてパリで自身の店をオープンしたことに起源をもつこのメゾンが、トランクを通じて旅人たちを支えるだけでなく、自らも冒険と挑戦を止めることなく革新し続けた結果として、確固たるアイデンティティを築いてきたことを裏付ける資料や作品の数々。初公開を含むそれら1000点以上のアイテムの中には、1867年のパリ万国博覧会での出合いに端を発する日本の文化芸術への敬愛を示す史料も多く含まれる。そしてもちろん、それを何よりも象徴する村上隆や草間彌生という日本を代表する現代アーティストとのコラボレーションも、ドラマティックな演出を通して振り返ることができる。
ちなみに、ルイ・ヴィトン「ビジョナリー・ジャーニー」展が開催されている大阪では、エスパス・ルイ・ヴィトン大阪で草間彌生展「INFINITY – SELECTED WORKS FROM THE COLLECTION」も開催中だ。こちらは前者に比べてより親密でリラックスした展示だが、メゾンが愛してやまないアーティスト、草間彌生の創作の歩みを、ショップの入り口に鎮座するかぼちゃの彫刻《大いなる巨大な南瓜》(2023)や、1960年代の増殖・身体断片表現の典型作品と言える《無題(足)》、そして、ミラーを用いた代表的なインスタレーション作品《無限の鏡の間― ファルスの原野(またはフロアーショー)》(1965/2013)など厳選された作品や映像、作品集の展示などから辿ることができ、シンプルながらも深い鑑賞体験を提供している。
先ほど、ルイ・ヴィトン「ビジョナリー・ジャーニー」展を「没入型のエキシビジョン」と書いたが、そう聞くと、生成AIなどを駆使したデジタルテクノロジー重視の演出を思い浮かべるかもしれない。実際、この言葉は近年やや使い古された感すらあるが、本展はそれとは異なるアプローチ、むしろ、クラフツマンシップという人間的な営みそのものへと鑑賞者を没入させるセノグラフィーが、展覧会そのものを一つの大きな「作品」として機能させることに成功している。
その一つの象徴が、美術館のアトリウムを丸ごと使ったランタンのインスタレーションだ。和紙にモノグラムをあしらった高さ最大12.5メートルの巨大トランクのランタン8基が、吹き抜けのアトリウムの天井から吊り下げられ、会場へと向かうエスカレーターからそれらの幻想的な姿をゆったりと眺めると、展示への期待感が膨らんでいく。そして展覧会会場となる5階に到着すると、トランク138個を用いたドーム型インスタレーション、トランクのヘミスフィアが、ここから始まるタイムトラベルへと来場者たちを迎え入れる。そしていざ、会場に歩みを進めると、継ぎ目のない格子状に編まれた竹が空間をエレガントに包み込む展示室から、スペースシップの中に迷い込んだような錯覚を覚える未来的な空間、前述の草間彌生《無限の鏡の間― ファルスの原野(またはフロアーショー)》とも共鳴するような鏡の世界、そして、19世紀よりパリ市立公文書館に保管され、近年再発見されたというモノグラム・キャンバスの初期サンプルを祀った(という表現がもっともしっくりくる)神殿的な神秘性をたたえる空間まで、この鑑賞体験という旅をエモーショナルに盛り上げるのだ。
このセノグラフィーを美術史家でキュレーターのフロランス・ミュラーとの協力によって手がけたのは、2022年冬から2023年春にかけて東京都現代美術館で開催された「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ展」の演出でも知られる建築家の重松象平だ。重松は今回のルイ・ヴィトン「ビジョナリー・ジャーニー」展において、「空間自体がストーリーテリングに寄与する」ことを意識し、「展示物のバックドロップとしての空間ではなく、空間自体が展示物を内包し、一体化している状態を目指した」という。それが、いわゆる美術作品ではない資料やプロダクトを含む展示物そのものの価値や存在感を強調することに寄与しているのは言うまでもない。もちろんその背景には、ルイ・ヴィトンというメゾンの潤沢な予算があるわけだが、展覧会を歩くというジャーニーをこれほどまでに斬新で楽しい体験へと昇華させられたのは、重松のメゾンに対する理解と敬意、そして、鑑賞という行為に対する誠実な実験精神があってこそだ。
レム・コールハース(Rem Koolhaas)によって設立されたオランダ拠点の建築設計事務所、OMAで研鑽を積み、現在は同社のパートナーとして采配を振るう重松は、これまでもニューヨーク州バッファローのオルブライト・ノックス・ギャラリー拡張プロジェクト(2023年リニューアルオープン)や、マルセル・ブロイヤーが手がけたホイットニー美術館の拡張計画(2001年)、SANAA(妹島和世+西沢立衛)の設計により2007年に完成したニュー・ミュージアムの増築(今秋完成予定)など、美術館を含む文化施設を多数手掛けてきた。また、ラグジュアリーブランドによる展覧会やアーモリーなどのアートフェアまで、エキシビションの設計においても豊富な実績がある。
重松は、7月17日に公開された、デザインジャーナリスト、Dan Rubinsteinのポッドキャスト番組「The Grand Tourist」で、自身の仕事を3つの言葉で説明するとしたら? という質問に対してこう答えている。
「Specificity, open endedness and beauty(具体性、開かれた可能性、そして美しさ)
今回の「ビジョナリー・ジャーニー」展は、ルイ・ヴィトンというメゾンの創造性を称えるものであると同時に、ハードとしての建築が内包する空間をいかに変容・拡張させることができるのかという重松の探究心に支えられた一つの芸術作品だ。そこには、空間の可能性だけでなく、その中で行われる人間の行為の創造性をもっと開いていこうよ、という、この建築家の優しくも挑発的な呼びかけも感じられる。
ルイ・ヴィトン「ビジョナリー・ジャーニー」展
会期:7月15日(火)~9月17日(水)
休館日:月曜日 ※、8/11(月・祝)、9/15(月・祝)は開館
場所:大阪中之島美術館(大阪府大阪市北区中之島4-3-1)
問い合わせ: 06-4301-7285(大阪市総合コールセンター)