ドレスは踊る、語り出す──長島有里枝が撮る「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展
東京都現代美術館で5月28日まで開催中の「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展は、1,100点以上のアクセサリーやオートクチュール、アート作品が、ダイナミックでポエティックな空間に、まるで生きているかのように展示されている。75年に及ぶブランドのクリエイティビティの歴史をたどる本展を、写真家・長島有里枝が撮影した。
戦後間もない1947年。パリコレクションであるブランドのオートクチュールコレクションが、ファッション業界に衝撃をもたらした。なだらかな肩に細く絞ったウエストが特徴的な「バー」ジャケットに、布を贅沢に使ったロングスカート。「ニュールック」として知られることになる、クリスチャン・ディオールのデビューコレクションだ。エレガントさと活動のしやすさの両方をあわせもつ独特の8の字のラインは、人々に戦争からの開放と新たな時代の到来を予感させ、一世を風靡した。
その後、ムッシュ・ディオールのヘリテージはイヴ・サンローランやマルク・ボアン、ジャンフランコ・フェレ、ジョン・ガリアーノ、ラフ・シモンズ、マリア・グラツィア・キウリたち後継者によってさらなる発展を遂げ、約75年にわたり世界を魅了してきた。現在、東京都現代美術館で開催されている「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展は、そんなブランドのクリエイティビティの本質と進化の軌跡をたどる回顧展だ。
70周年の記念事業として始まった同展は、2017年のパリを皮切りにロンドンや上海、ニューヨーク、ドーハを巡回してきた。今回の展示では、世界で活躍する日本人写真家・高木由利子やOMAニューヨークオフィスでパートナーを務める建築家・重松象平とのコラボレーションのほか、日本との歴史的な絆を感じさせる展示も加わり、東京での展示ならではの魅力も加わっている。
夢の世界を現実で紡いできたディオール
同展では1点物のオートクチュールやアイテムが1,100点以上も並ぶ非現実的な光景と、それを纏う人々の生命や生活といった現実の物語が折り重なっている。同展の主催者によると、これはセノグラフィ(舞台芸術)を手がけた重松が意図したことでもあるという。ただ衣装を紹介するのではなく、人の生命があってこその衣装であり、人間が着て生活していることや命を感じられるストーリーをセノグラフィを通じて語りたいと考えていた重松の考えがここに息づく。本展は「夢のクチュリエ」と題されているが、ディオールの仕事はそうした夢のような世界を現実で紡いでいくことなのだ。
1953年の日本進出から始まるディオールと日本の長い繋がりを振り返る「ディオールと日本」セクションでは、クリスチャン・ディオールが着物の帯からインスピレーションを得てデザインしたイブニングドレスやジョン・ガリアーノが葛飾北斎の浮世絵をモチーフにしたコート、マリア・グラツィア・キウリが桜や鳥をあしらってデザインしたロングビスチェドレスなどが紹介されている。その周りでは、「“ハレとケ”の“ハレ”を象徴したい」という重松のアイデアから、うねる和紙にさくらや波といったモチーフが投影されている。使われているのは、ねぶた(ねぷた)の素材と技法だ。
あるいは、地下と上階をつなぐ吹き抜けいっぱいに夜会のドレスが輝くアトリウムは、月や桜などを映したプロジェクションマッピングが観る者に四季の移ろいを感じさせる。主催者によると、こうした演出には日常とのつながりの中に夜会服があることを見せる意図があるという。上階のアトリウムの反対側に飾られている高木の写真もまた、モデルの動きやマネキンに添えられた花などを通じて、「動」を感じさせる。
この展示では、卓越したディオールのサヴォワールフェールに支えられた美しいドレスを貴重な史料としてただ並べるのではなく、それらをまとった人々の「生」を感じさせる演出が徹底されている。ここからは、アーティスト、長島有里枝がARTnews日本版のために特別に切り取った、まるで今にも踊り出しそうなドレスの数々を紹介していく。
非現実と現実
「クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ」展
会期:開催中(2023年5月28日まで)
会場:東京都現代美術館 企画展示室 1F/B2F
公式サイト