オールドマスター人気が再燃。投機から質重視のコレクションへと転換の兆し
動きが鈍化していたオールドマスター市場だが、7月上旬にロンドンで開催されたオークションでは、堅調な売上と激しい入札競争がみられた。その背景には、投機的な売買から質を重視した収集スタイルへのシフトがあると専門家は指摘する。

オールドマスターの作品は、美術市場において長年いくつもの課題に直面してきた。作品の真贋や帰属をめぐる問題、保存状態のばらつき、出回る作品数の減少、若年層コレクターの関心を引きづらいといった点から、現在の市場トレンドから外れているとみなされがちだ。ところが、7月上旬にロンドンのクリスティーズとサザビーズで開催されたオールドマスターのイブニングセールの総売上は5800万ポンド(約115億円)に達し、昨年同時期に開催されたオークションの売上を大きく上回った。
最も高値で落札されたのはカナレットの《Venice, the Return of the Bucintoro on Ascension Day》(1732年頃)で、クリスティーズのオールドマスターのイブニングセールにおいて、カナレットのオークション記録を更新する3190万ポンド(約63億円)でハンマーが下ろされている。
イギリスの初代首相、ロバート・ウォルポールのコレクションに含まれていたこの絵画は、由緒正しく所有者が完全に記録されており、豊富な研究文献、そして極めて良好な保存状態でオークションに出品された。これほど高い水準を誇る作品が出回ることはめったにないことから、当日はアジアとヨーロッパ、そして北米に拠点を置く5人のコレクターが、この傑作をめぐって競り合った。クリスティーズでオールドマスター部門の責任者を務めるアンドリュー・フレッチャーは、US版ARTnewsにこう語った。
「とても重要な作品がオークションで高額落札されるのは意義あることだと、アート・アドバイザーたちとも意見が一致しました。作品が公に評価されることで、市場にエネルギーが注ぎ込まれますし、人々を活気づけられるのです」
また、こうした巨匠の作品に2000万ポンド(約39億円)を超える値が付きながら、5人ものコレクターが競り合うのは非常に珍しい現象だ。フレッチャーはオブザーバー紙に、「市場の堅調さを示す」ものだと語っている。
ただし、オークションの売上額は、市場全体の動向を完全に示すものではない。というのも、価値の高い名作は、個人でやりとりされる場合もあるからだ。こうしたなか、ロンドン拠点のギャラリストによれば、今年のオールドマスター市場は堅調な数字を示しているが、それも来歴と状態が良好である巨匠の作品に限られているという。一方で、ヨーロッパ・オールドマスターや20世紀のイタリア・アメリカ美術を専門とするギャラリー・パートナーのマルコ・ヴォエナは、カナレット作品の高額落札を受けて、市場が短期的な投機から、芸術的価値を重視する方向へと転じつつあると述べ、次のように語る。
「この1年の間でコレクターたちは、巨匠の作品を購入する際に質を重視するようになりました。直近で落札されたカナレットの風景画や、ヤン・ダヴィッツ・デ・ヘームの静物画、ヘリット・ドウの作品、ルネサンス期の巨匠が描いた聖クイリヌス、コルネイユ・ド・リヨンの肖像画、そしてJ.M.W.ターナーの水彩画など、美術館で展示されていてもおかしくない作品は、すべて高値で売れているのです」
イタリアでも市場の変化を実感している声がある。ローマに拠点を置く古美術商アレッサンドラ・ディ・カストロは、美術品販売にかかる付加価値税(VAT)が22%から5%に引き下げられたことでイタリア国内市場の復活に期待を寄せる。「今日のコレクターは情報に通じ、目が肥えています。近年の危機により投機家が排除された結果、バイヤーは安全性と専門性を求め、デューデリジェンスや来歴、学術的文書を期待するようになりました」と彼女は語る。
さらにディ・カストロは、定額課税制度の導入を背景にイタリアへ移住する外国人や、成長著しい若年層のイタリア人コレクターが、新たな顧客として市場に加わっているとし、次のように語る。
「いまのコレクターは、有名作家の名前よりも、自分に語りかけてくるような説得力のある作品を求めています。20世紀美術も、もはや現代ではなく歴史の一部とみなされ、多くの見過ごされてきた運動が再評価され、研究・展示の対象になっているのです」
カナレットの記録的落札に象徴されるように、オールドマスター市場は「時代遅れ」という従来のイメージを覆しつつある。もちろん、すべての作品に買い手が付くわけではない。需要が集中しているのは、名のある作家による作品であり、確かな来歴と保存状態のよさが保証されているものに限られる。だが、投機的な売買から質を重視した真剣なコレクションへの転換、さらには新たな世代やコレクターの参入により、市場に変化の兆しが現れているのかもしれない。