イタリアが美術品の「付加価値税」をEU最高水準の22%から5%に大幅減税。国際競争力の回復を狙う
イタリア政府は国内における美術品売買にかかる付加価値税(VAT)をEU最高水準の22%から5%に引き下げると発表した。ドイツの7%やフランスの5.5%を下回る欧州最低水準で、縮小する国内美術市場の競争力回復を目指す。

税金は「魅力的」とは言い難い存在だが、イタリアは最善を尽くしている。イタリア政府は国内における美術品売買にかかる付加価値税(VAT)を欧州連合(EU)最高水準の22%から、わずか5%に引き下げることを6月23日に発表した。美術品販売の大幅減税は今月中の施行を予定しており(ただし恒久的に有効とするには60日以内に議会の承認を得なければならない)、ドイツ(7%)とフランス(5.5%)を下回る税率となる。
フィナンシャル・タイムズ紙によれば、この税制措置は6月20日の閣議で承認された。背景には、国内のギャラリーやアーティスト、オークションハウス、アートマーケットの関係者からの圧力がある。イタリアの文化大臣、アレッサンドロ・ジュリは声明を通じて、この減税措置により「我が国の文化的アイデンティティにおいて最も重要な砦のひとつであるアート界全体のエコシステム」に救済がもたらされるはずだと発表した。
突如発表された大幅減税
市場調査兼コンサルティング会社、Nomismaが今年3月に発表した調査結果によると、VATの引き下げによって、イタリアのギャラリーと骨董商、そしてオークションハウスの市場規模は3年間で15億ユーロ(約2530億円)に達する可能性があると同時に、イタリアの経済規模に対して42億ユーロ(約7080億円)増の効果が見込めるという。一方で同社は、VATが22%のまま据え置かれた場合、同国の美術市場はおよそ30%縮小するリスクがあるとも警告していた。
国内における美術品売買のVAT引き下げが実現した背景には、EU加盟国が導入している複雑かつ評判の悪いVAT制度の標準化を目的とした「VAT指令2022/542」と呼ばれる規則がある。この指令によってEU加盟国は、美術品売買の税率を5%まで引き下げることが可能になったが、条件として従来の煩雑な課税制度を廃止しなければならない。
右派のジョルジャ・メローニ首相率いるイタリア政府は、VAT引き下げによってアート業界の救済よりも富裕なコレクターからの圧力に屈したと見られることを懸念し、22%の税率を変更する意向はないと2月に発表していた。だが、文化機関からの圧力が高まったことを受け、VATを引き下げる方向に舵を切った。
4月にミラノで開催されたアートフェア、miartでは、複数のアート・ディーラーがメローニ首相に宛てた公開書簡を発表しており、高いVATによってイタリアが「文化的な砂漠」と化す恐れがあると訴えていた。これ以外にも、イタリアの古美術商とギャラリー、コレクター、美術品物流会社、オークションハウスといったアートマーケットに関わる事業者が加盟する団体「アポロ・グループ」が、美術品売買のVAT引き下げを求める声明を2024年に発表しており、そこにはこう記されていた。
「もしVATが引き下げられなければ、EU内で作品を輸入したり購入したいコレクターがイタリアから離れていくだろう」
とはいえ、今回の政策変更は、イタリアに拠点を置くアート・ディーラーの多くにとって予想外だったようだ。今月開催されたアート・バーゼルで、VATが引き下げられる可能性についてイタリアのディーラーに尋ねてみても、ただ肩をすくめるだけだった。一方、ローマにギャラリーを構えるガレリア・コンティニュアの共同創業者、マウリツィオ・リギッロはUS版ARTnewsに対してこう語った。
「VATが下がることを期待しています。今のところイタリアのコレクターは他のヨーロッパ諸国で作品を購入しているので、現行の税制が私たちにとって不利に働いていることは確かです」
縮小する美術市場の起爆剤となるか
文化大国という地位をこれまで築いてきたイタリアだが、美術市場の規模は近隣のヨーロッパ諸国に後れを取っている。市場分析を行うアート・エコノミクスの創業者、クレア・マカンドリューがUS版ARTnewsに語ったところは、イタリアの美術品売上高を「低く見積った場合」3億8100万〜4億2500万ドル(約553億〜616億円)の間だったという。それに対して、アート・バーゼルとUBSによる「Art Market Report 2025」によれば、2024年のイギリスの美術品売上高は104億ドル(約1兆5100億円)、フランスは42億ドル(約6090億円)に達しており、レポートにはこう記されていた。
「EUの指令によって戦略的に税率を引き下げたドイツやフランスと比較して、高水準のVATを設けているイタリアは、自国の美術市場に損害を与えていると言えるだろう」
このように、イタリアの高い税率は間違いなく同国のアート市場の発展を妨げる要因となってきたが、文化財を規制する厳格な法律もまた足かせとなっている。しかしそれを差し引いても、今回の税率の引き下げは、2024年に10%ほど縮小したイタリア美術市場の再起の一助となるだろう。
自身の名を冠したギャラリーをローマで営むアンドレア・フェスタは、イタリアの美術品取引に対する高いVATが、国内のギャラリーを「競争上不利な立場」に置いているとし、こう続ける。
「アーティストが複数の国・地域のギャラリーと手を結ぶことが、一般的かつ必須となっているグローバル化したアート界に私たちは身を置いています。状況が変化していくなか、各国のVATの格差を無視することはできなくなっているのです。つい最近までイタリアは、EU域外からの美術品輸入に対してヨーロッパで最も高い輸入VATを定めていました。それが現在10%に引き下げられたことは、もちろん喜ばしい変化ですが、それでも他のヨーロッパ諸国の同業者に後れを取っている状況に変わりはありませんでした。美術市場が縮小している今、今回のような国内取引に対する大幅減税は有益である以上に、不可欠なのです」
また、ロンドンとトリノにギャラリーを構えるダヴィデ・マッツォレーニも、5%への減税はイタリアの美術商にとって「ゲームチェンジャー」だと語る。
「VATを5%に引き下げることで、市場の売上高が大幅に増加し、全体的に大きな経済効果が生まれるでしょう。したがって、VAT改革はイタリアのアートシステムの長期的な持続可能性と国際競争力において単に望ましいものではなく、不可欠なものでした」
ローマのリチャード・サルトゥン・ギャラリーのアソシエイト・ディレクター、カタリーナ・アントナーチも、「コレクターにより有利な条件を提供できるようになったことを嬉しく思います。これは間違いなく私たちの市場にとっていい刺激となるでしょう」とUS版ARTnewsに語った。
トリノのアートフェア、Artissimaのディレクターを務めるルイージ・ファッシは、イタリア政府がついに「イタリアのギャラリーの完全性を維持するための大胆な税制改革の必要性」を理解したと語り、VATの引き下げが発表される数日前にはこう話していた。
「VAT引き下げに対するコレクターからの期待が高まっているので、非常に好意的な反応を得られるでしょう。イタリアの伝統的な収集文化を継続させたいという業界全体の願いを叶える方向に向かっているのです」
イタリアのオークションハウスもVAT引き下げの恩恵を受けることだろう。ミラノのイル・ポンテ・オークションでマーケティング・コミュニケーションの責任者を務めるアニェーゼ・ボナンノは、US版ARTnewsに対してこう語った。
「税率をヨーロッパの基準に合わせることで、イタリア美術市場の競争力が大幅に向上し、国際的なコレクターと市場関係者の両方の投資を促すでしょう。また、作品の流通もより活発になるはずです」(翻訳:編集部)
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