2025年のアート市場を業界の事情通が大予想! キーワードはプライベートセール、慎重さ、アフリカetc.
トランプ新政権の発足を前に、その政策が世界の政治経済に及ぼす影響について不透明感が高まっている。そんな中、アート業界のトレンドや市場動向はどうなるのか。コレクターの関心事や売れ筋になりそうな分野など、業界のインサイダーに2025年の予測をしてもらった。
混乱と失望に満ちた2024年もようやく過ぎ去り、新しい年が始まった。2025年はホイットニー・ビエンナーレもヴェネチア・ビエンナーレも開催されないが、昨年と比べて静かな1年になるとは思えない。2025年は世界各地で新しいビエンナーレが始まり、大規模美術館がオープンするからだ。
加えて、1月下旬に発足するトランプ政権の政策が、不安定さを示す経済と徐々に回復しつつあるアート市場にどう影響するかも未知数だ。2024年のような不調が続けば、数あるアートフェアやオークションハウス、ギャラリーはふるいにかけられるだろう。忘れてならないのは、アートの世界はこの10年で大きく拡大したということ。今年は、拡大によって生まれた新しいインフラを、市場がどれだけ支えられるかがはっきりする年になりそうだ。
以下、2025年にアメリカ内外のアート界で何が起こるか、関係者の予想を紹介する。
アレックス・グラウバー(アートアドバイザー、プロフェッショナル・アート・アドバイザー協会会長)
2025年の見通しに関してはおおむね楽観視していますが、どう転ぶかわからないという不透明感も増していると感じます。共和党政権は通常、アート界に相反する2つの影響を与えます。歴史的に共和党の政策は文化的発展の促進や支援に消極的ですが、他方でその財政政策の最大の受益者は、アート市場を成り立たせている富裕層である傾向があります。2024年の終わりに市場の方向性がより明確になり、確信が持てるようになれば、2025年にはコレクターからの需要と市場参加が増えるはずです。相反する見通しの背景には、金利や関税、税金などの政策に関するいくつもの変数があります。次期大統領の気まぐれな性格を考えれば、なおさら予測は難しいと思います。
ガブリエラ・パルミエリ(パルミエリ・ファインアート創設者、元サザビーズ現代アート部門アメリカ地区チェアマン)
オールドマスターやピカソ、バスキアなど、歴史に名を残したアーティストによる「トロフィー作品」には安定感と安心感があります。そんな中、2024年にオークションにかけられた作品を詳細に見渡してみると、今年は再注目される作家が出てくるだろうという印象を受けます。返り咲きとは言いませんが、ドナルド・ジャッドやダン・フレイヴィン、エルズワース・ケリーをはじめとするミニマリズムやコンセプチュアル・アートの著名作家たちの素晴らしい作品が、相対的に安価であることに市場が気づいても驚きはないでしょう。もしかしたら、クリストファー・ウールへの需要が再び盛り上がるかもしれません。というのは、オークションとプライベートセールの結果に大きな隔たりがあるからです。
また、コレクターは自分が興味のある分野にますます集中するようになると思います。オークションやフェアの多さに加え、投機的な市場を受けて、賢明なコレクターたちは「10ロットではなく、2ロットに絞って見る」というように戦略を変えてきました。さらに、賢いコレクターは、そろそろ議論の中身を変える時期に来ていることに気づくでしょう。誰が何をいくらで買ったという話ではなく、作品そのものについてより深い議論が交わされることを期待しています。
フィリップ・ホフマン(ファインアート・グループCEO・創設者)
2025年を迎えた今、アート市場で最も支配的なトレンドは、プライベートセールがますます重視されるようになっていることです。これは買い手にとっても売り手にとっても同じです。低迷するオークション市場が完全に回復するには、あと1年から1年半はかかるかもしれません。その一方で、プライベートセールは2025年も引き続きコレクターに好まれる取引方法として勢いを増していくでしょう。オークション結果が詳細に取り沙汰される昨今では、慎重な取引ができるプライベートセールの人気がますます高まっています。
最高レベルの作品は主にこうしたプライベートセールで売買されるでしょうし、それは貴重な作品を手に入れるための独占的な機会を提供する場となると思います。この傾向は、新興市場で新たに設立された美術館や財団の間で特に顕著です。プライベートセールはその柔軟性や、売り手と買い手の両者にとって都合の良いタイミングで取引できることが評価されています。オークション市場が復活するまでは、プライベートマーケットが業界の勢いと傾向を決めるのに中心的な役割を果たすでしょう。
世界各地でのアート市場の発展を見るにつけ、今年は良い年になるだろうと思っています。特に顕著なのが中東で、2024年に大規模な投資や美術館の新設、不動産開発が相次いで発表されました。今後、この地域ではさらにコレクター層が厚みを増し、グローバルなアート市場で高額作品を売買する人が増えると思います。
デイヴィッド・シャピロ(ニューヨーク拠点の美術品鑑定士、アドバイザー)
2024年に見られたトレンドの中で、2025年も引き続き大きなインパクトを及ぼしそうなものが4つあると考えています。1つ目は、今の株式市場の強さは相反する2つの結果をもたらす可能性があるということです。投資家の購買力が高まることで、高金利下でアート市場が冴えなかった2023年と24年からの復調が促されるかもしれませんが、伝統的な投資対象が好調であることは逆に作用する可能性もあります。株式のパフォーマンスが悪かったときにアートに目を向けていた一部の見込み客の意欲が落ちることも考えられるからです。
そして2つ目。2024年下半期のオークションで最も高く売れた上位3ロットの落札価格の合計は、同年上半期の上位3ロットの合計の2倍以上でした。作品の供給が続く限り、このようなハイエンド市場の拡大が続くと予想されます。ルネ・マグリットの「光の帝国」シリーズの作品(1954)が1億2160万ドル(当時の為替レートで約188億円)で落札されたクリスティーズのオークションは記録的なものとなりました。保証付きだったこの作品は予想落札価格もかなり高額でしたが、最終的にそれを2500万ドル(約39億円)以上も上回る結果が出ています。これを鑑みるに、2025年も真に重要な作品が出品されれば競り合いが起き、結果として高値が付くと思います。
3つ目のトレンドは、収集活動全般の動向に関連するものです。2024年には美術品以外の品物が驚くほどの高値で取引され、化石、そして映画関連とスポーツ関連のコレクターズアイテムの分野で記録が更新されました。2025年もセクターを超えたコレクション熱の高まりが続くでしょう。
そして最後は、サザビーズの料金体系についてです。同社は昨年、手数料を大幅に改定しましたが最近これを見直し、変更後1年も経たない2025年2月には以前の料金体系に近いものに戻る予定です。これによってサザビーズは、特にデイセールの委託販売で競争力を取り戻すでしょう。これまでサザビーズの条件は売り手にとって非常に不利でした。そのため、2024年後半は競合の大手オークションハウスが比較的簡単に委託品を確保できていましたが、再改定後は健全な競争が促進されるはずです。
アルーシ・カプーア(ロサンゼルスとマイアミが拠点のアートアドバイザー、エージェンシー・アートハウス創設者)
2025年のアート市場は、販売件数と価格いずれの観点でも全体的に上向くと予想しています。特にテクノロジーや金融分野の新しいコレクターからの関心が高まっていて、彼らがアートを資産クラスの1つとして投資を増やしていくにつれ、市場に勢いが生まれるでしょう。こうした新規の買い手は、一流アーティストの作品を中心に、厳選されたコレクションの構築を目指す可能性が高いと思います。その場合、ビッグネームの作品を収集するための入り口となるのが、紙を支持体とした作品や手頃なサイズの作品です。
版画の市場は、コロナ禍前の2019年レベルに戻ると私は見ています。つまり、近年のような劇的な価格高騰はなくても、コンスタントに売れるということです。また、新進アーティストの作品に関しても劇的な価格高騰は見られないと思います。
他方では、インドを中心とする南アジアの経済成長が続いています。そのため、南アジアにルーツを持つ著名作家の作品に対する需要が加速し、この地域から国際的なアートコレクションの構築を目指す新しいコレクターたちが台頭してくるでしょう。
ローラ・レスター(シカゴ拠点のアートアドバイザー)
コロナ禍以来、ウルトラコンテンポラリー(1975年以降に生まれた作家)に多くの資金が集まり、熱狂的と言っていいほどの勢いでこのカテゴリーの作品が買われていました。今はその流れがすっかり後退したことを実感しています。とはいえ、良くも悪くも、みんな納得感のあるお金の使い方をしているのでしょう。誰もが以前より慎重になっていますが、2025年はアート市場にとって健全で良い年になると思います。
すでに12月のマイアミでも、より安定した分野にコレクターの目が向いていました。関心が集まったのは、歴史的なアーティストの秀逸な作品や、美術史に名を刻んで少なくとも20年以上経つアーティストの作品です。コレクターたちは、可能な限り最も優れた作品、個々の作家のキャリアを代表するような名作を手に入れようとしていました。つまり、ディーラーの在庫にある作品をむやみに購入したり、投機的に若いアーティストを買い漁ったりしてはいません。彼らは熟考し、厳選した上で、より安全で確立されたと感じられる作品を買い求めるようになっています。
ダフネ・キング=ヤオ(香港、アリサン・ファイン・アーツのディレクター)
アジアの状況はかなり良いと思っています。香港ではクリスティーズが中環のザ・ヘンダーソン(ザハ・ハディド事務所設計のオフィスビル)にアジア太平洋地域の新本社をオープンさせたばかりですが、これは非常に規模が大きなスペースです。オークションハウスはこの街で拡大を続けていますし、みんな依然として楽観的です。ここにはまだコレクターがいて、アートを買っています。ただ以前より慎重になっているだけです。ここで実際に起こっていることはアメリカのメディアで報道されていることとは違います。
今の市場では、かなり慎重になっている人が多いですが、真剣なコレクターやディーラーは、良い作品を見つければ手に入れようとします。一方、そうでないものに関しては、相場が下がったり、売れなくなったりします。依然として良い作品は売れますし、この手の市場ではそれが普通なのです。
ライザ・エサーズ(南アフリカ、グッドマン・ギャラリーのオーナー兼ディレクター)
アフリカの近現代アーティストの重要性に対する認知が世界中の美術館で広がっていますので、2025年はアフリカ出身のアーティストにとって楽しみな年になると思います。こうしたアーティストの声は、美術史や世界各地のモダンアートをめぐる言説の進化に不可欠です。ウィリアム・ケントリッジの初期作品や、ジェラール・セコトのような20世紀の先駆的アーティストの作品が、オークションで100万ドル近い価格で落札されているのを見るにつけ、市場もようやく追いついてきたと感じます。
2025年には、世界各地の主要美術館が20世紀のアフリカ美術を代表する巨匠たちの作品に焦点を当てた展覧会を開きます。たとえば、最近シカゴ美術館で始まった「Project a Black Planet: The Art and Culture of Panafrica(ブラックプラネットの投影:パン・アフリカの芸術と文化)」展や、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催が予定されている「Ideas of Africa: Portraiture and Political Imagination(アフリカの発想:肖像画と政治的イマジネーション)」展、ロンドンのテート・モダンでの「Nigerian Modernism(ナイジェリアのモダニズム)」展などがあります。グローバル・ノースとグローバル・サウスが対話を持続させ、より開かれた関係性を築くことは、アート市場にとっても、美術史の再考においても極めて重要な課題であり続けるでしょう。
アリアンヌ・パイパー(ロンドン在住のアートアドバイザー兼ディーラー)
2025年のアート市場は、引き続き女性や多様な文化的背景を持つアーティストに焦点を当てながら、より幅広い人々の声を受け入れ、さらに包括的になっていくでしょう。2024年のヴェネチア・ビエンナーレの影響もあり、美術館もこうした潮流に追いつこうとしています。来年は、これまで西洋美術史で見過ごされてきた女性アーティストを取り上げた展覧会が各地で開かれ、拡大された歴史の中の知られざる物語に光が当てられます。
たとえば、ヨーロッパではこれまでで最大規模となるエミリー・カーメ・ウングワレー(オーストラリア、アンマチャリー族)の展覧会がテート・モダンで開催されるほか、最近ホワイトキューブの所属作家となったサラ・フローレス(ペルー、シピボ=コニボ族)を取り上げた展覧会(*1)もあります。さらに、イヴァタン族の血を引くフィリピン系アメリカ人アーティスト、パシータ・アバドの回顧展もオンタリオ美術館で開催されています(1月19日まで)。
*1 イギリスのノリッジにあるイースト・アングリア大学のセインズベリーセンターで4月27日まで。
この潮流と並行して見られるのが、エディション作品(版画や写真など「一点もの」でない作品)市場の変化です。現在この市場はあらゆるレベルで活発化しており、2025年も引き続き好調が予想されます。デイヴィッド・ホックニーのiPad作品のようなハイエンドのものが大きな注目を集める一方で、より入手しやすい作品もあり、幅広い人々がアート作品を所有することを可能にしています。エディション作品は収集を始めたばかりの人にも買いやすいので人気が高まっており、成長市場となっています。
最後にもう1点。これまで10年近く具象がアートシーンを席巻してきましたが、抽象表現が再び主役になりつつあります。勢いを増しているこのトレンドは、2025年にさらに加速し、現代アートのシーンを再定義することになりそうです。(翻訳:野澤朋代)
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