アート・バーゼル2025の売上は減少するも出展作家数は増加。変わりゆく市場戦略の実態を分析

6月21日に閉幕したアート・バーゼル2025で、主要ギャラリー5社の売上が前年比35%減となった一方、取り扱い作家数は157人と過去最多を記録した。売上減少を作家数拡大で補おうとするギャラリーの新戦略と、その背景を分析する。

アート・バーゼルの会場に展示されたカタリーナ・グロッセ《CHOIR》。Photo: Harold Cunningham/Getty Images
アート・バーゼルの会場に展示されたカタリーナ・グロッセ《CHOIR》。Photo: Harold Cunningham/Getty Images

アート市場がこの2年ほど低迷していることは明らかだ。ディーラーやマーケットウォッチャーが2023年後半から2024年の状況を評価する際には、「軟調」や「調整」などの婉曲した表現が用いられることもあったが、今年の春はみな肩をすくめるだけだった。そして、期待を上回った結果が出れば、大げさな祝賀ムードに包まれる。2月に開催されたフリーズ・ロサンゼルスと5月のフリーズ・ニューヨークがまさしくその好例だった。

とはいえ、アートフェアごとに市場が独立して形成されているため、地政学的要因や関税、世界情勢への漠然とした不安よりも、その場の雰囲気や即興的な要素に左右されることが多い。そこで、コレクターやディーラーが夏期休暇を取って遠出をする前に、アート・バーゼルの状況を振り返ってみる価値があるだろう。

6月21日に閉幕したアート・バーゼル2025に対するディーラーたちの反応は分かれていた。ただし、数百万ドル規模の取引が散発的に成立したことで、少なくとも表面的には成功とみなされていた。US版ARTnewsが5つの大手ギャラリー(ハウザー&ワースPaceタデウス・ロパックホワイトキューブデイヴィッド・ツヴィルナー)の売上を分析してみたところ、今年のアート・バーゼルで公表された5社の売上は2024年と比較して35%以上減少しており、2023年を約8%下回っている。そして2022年と比べると20%強の落ち込みを記録していた。

ちなみに、2024年の5社の合計売上は2億4000万ドル(現在の為替で約347億円)に上り、ここ数年で最も高い水準に達していた。このうち大部分はハウザー&ワースによるもので、アーシル・ゴーキーやフィリップ・ガストンジョージア・オキーフアレクサンダー・カルダーらの作品が数千万ドルでそれぞれ取引された。

「選択肢の多さが武器になる」

全体的な売上額は下降線をたどっている一方で、もうひとつの変化もみられた。それは、落ち込む売上を補うために、取り扱う作家の数を着実に増やしているという点だ。分析の対象とした5つのギャラリーは、2022年に109人の作家を扱ったと報告しており、2023年には113人、2024年は149人、そして今年は157人だったという。ちなみにPaceだけはこの傾向に逆行しており、2022年の取り扱い作家数は39人だったのに対し、2025年は28人だった。

つまり、ギャラリーは売上目標を達成するために、多様な作家と豊富な在庫に依存する戦略をとっている。この傾向は、文化経済学者のクレア・マッキャンドルーが「Art Market Report 2025」に記した調査結果と一致しており、この調査によれば、2023〜2024年にかけて世界的な売上額は12%減少したものの、取引件数は3%増加していたという。実際に今年のアート・バーゼルでも多様な作風、作家、価格帯の作品が幅広く展示されていた。アート・アドバイザーのガブリエラ・パルミエリは、「市場が混沌とするなか、選択肢の多さが武器になる場所へと姿を変えた」と語る。

また、ロンドンに拠点を置くアーティスト・マネージャー、ビョルン・スターンも同様の見解を示している。アート・バーゼルで展示された作家数の多さは、ブース内に展示する作品を絞り、意図をもったキュレーションをするという、同アートフェアの基準が出品者に求められていないことを示唆していると指摘した。

ただし、公表された売上額から導き出される結論を鵜呑みにするべきではない。Paceの広報担当者によれば、公表される売上額はフェアで成立した取引の一部にすぎず、同社の場合、売上の大部分は公になっていないのだ。というのも、顧客の機密保持を理由にデータを非公開にするギャラリーもある。加えて、先行販売を売上額に含めるギャラリーもあれば、除外するところもあり、集計方法も統一されていないからだ。

さらには、フェアで金額の交渉が始まっても、取引が成立するまで数週間から数カ月かかることもある。加えて、売上額はギャラリーによる自己申告でもあることから、実際の価格を検証する手段がないことも挙げられる。

売上額は限定的な指標にすぎない

たとえ売上額を同じ条件で単純比較できたとしても、数字がすべてを物語るわけでもない。あるギャラリーの担当者によれば、2023年と2024年のアート・バーゼルを比較すると総売上は減少したものの、昨年の方が利益率は高かったという。この背景には、利益を作家と半々で分割するプライマリー・マーケットで取引された割合が高く、ギャラリーの取り分が少なくなる委託販売作品の割合が相対的に減ったことがある。

これらの数字は、ギャラリーの売上活動全体を示す限定的な指標にすぎない。例えばホワイトキューブの売上は、若干の減速が見られたものの、今年の総売上額は2022年の水準を15.5%上回っているという。

しかし疑問は残る。本拠地バーゼルで開催されるフェアは市場への影響力を失いつつあるのか。それとも、売上減少と作家数の増加は、より安価なプライマリー・マーケットへの変化の兆候なのだろうか。

こうした課題を乗り越えることが、アート・バーゼルを展開するMCHグループにとって重要な使命となるだろう。実際にMCHは、2016年以来初めてアート・バーゼルを黒字化し、2024年には340万ドル(現在の為替で約4億9200万円)の利益を計上したと3月に発表している。ただし経営陣は、2025年は「財政規律」と成長への野心を慎重に両立させる必要があるとみている。

同フェアの威信は、厳格な選考プロセスを経て選ばれる出展者と、ギャラリーに選りすぐりの作品をバーゼルに出品するよう促すノウハウによって支えられてきた。この方式が今後も通用するかどうかは、「選択肢の多さ」が新たな基準となるのか、それとも一時的な現象にすぎないのかにかかっている。(翻訳:編集部)

from ARTnews

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