アートは何のために存在するのか──根源的な問いに、7人のアーティストが回答
「アートは何のためにあるのか」──こう尋ねられたら、あなたはどう答えるだろう。スティーヴン・ショアやカミーユ・アンロ、クリスティーン・サン・キムなど、US版ARTnewsは、年齢も出身地もさまざまな、分断や破壊が進む世界に対峙するアーティスト7人に、この根源的な問いを投げかけた。

アーティストなら誰しも、「何のために作品を作るのか」と自問自答したことがあるだろう。時に無力感や、自己満足かもしれないという疑念に苛まれ、時には、ただ強迫観念だけに突き動かされてアーティストは制作を続ける。それでも、作品を作るという行為は人類史を通して今まで連綿と続いてきた。
アートのパーパス(目的・存在意義)とは何かという問いに対し、アーティストが言葉や作品を通じて答えたり、何かを仄めかしたりするたびに、私は自然と耳をそばだててしまう。そこで、こうしたことに関して明確な意見を持つ7人のアーティストに、この質問を投げかけてみた。彼らの中には人生の指針となる言葉を返してくれた人もいれば、いかにもアーティストらしく、この問いを創造的な、あるいはコンセプチュアルなチャレンジとして捉えた人もいた(そして今回の記事には掲載していないが、シンプルに「分からない」とメールを返してきたアーティストもいる)。
予想通りと言うべきか、ここで紹介する彼らの回答は、皮肉なものから真面目なものまで幅広い。明快な答えもあれば、この質問——そしてアートそれ自体——の自由で開かれた特性を活かした反応もある。以下、それぞれの考え方を見ていこう。
カミーユ・アンロ(マルチメディア・アーティスト)

普通とは違うものが表出する場を確保し、守ること
アートに内在する義務はないと思います。それは本質的に、何かにとって良いものだったり役に立つものだったりはしません。最近、ニューヨーク近代美術(MoMA)のR&Dサロンで「いじめの時代」というタイトルのトークを聴いたのですが、最初に登壇したカーネギーメロン大学の社会・意思決定科学部のサイモン・デデオ准教授は、弱い者いじめに率先して立ち向かうのに最も適しているのは、知名度があり、さまざまなコミュニティや階級、社会階層にアクセスできる人々だと指摘していました。私はこれを聞いて、まさにアーティストが当てはまるのではないかと思ったのです。オルタナティブな考え方を示し、政府や組織、企業など、社会の中の圧制者に立ち向かう対抗勢力となることが、私たちの役割なのかもしれません。
アーティストは、トレンドや同調圧力に対するカウターバランス的な存在でもあるべきです。規範の外側に立つことは、社会において非常に貴重で重要な役割です。「アーティストもコミュニティ形成に積極的に関わるべきだ」という考えに私がなんとなく抵抗を感じるのは、これが理由です。これは私たちが社会や政治に関与しないという意味ではありません。ただ、少し外れた場所、周縁に存在することに価値があると思うのです。
また、アートは多くを期待されすぎだという気がします。アートが癒しと救済をもたらすべきだという考えは、後期資本主義の症状であり、アメリカにおけるピューリタニズムの延長線上にあると私には感じられます。この考えは、非常に意欲的かもしれないけれど、とても不安定な立場にある人々にケアと正義の責務を委ねようとするものです。結局のところ、アートの役割とは、複雑さや微妙なニュアンス、普通とは違うものが表出する場を確保し、守ることだと考えています。
ローズ・B・シンプソン(マルチメディア・アーティスト)

人間性を取り戻すための道を発見すること
ニューメキシコ州のアルバカーキからよく飛行機で移動するのですが、私は必ず窓側の席を選びます。大抵は乗り継ぎが必要な便なので、乗り継ぎの前後で左側と右側の席に交互に座るようにしています。これは、首を痛めないための対策です。飛行機が上空にいる間はずっと窓に張り付いて、雲や、その遥か下にある私たちの母なる大地——人間によって手を加えられたり、自然のままだったりする地球の表面——を眺めて過ごします。そしてそのたびに、畏敬の念に打たれ、涙が出るほど感動します。これを繰り返しているうちに、乗り継ぐ際には左右の向きを変えなければ首を痛めることを学んだのです。
時には思わず、機内モニターに見入っている知らない人の肩を叩き、楕円形の窓の外を興奮気味に指差してしまうことがあります。日食や、稲光が走る嵐、山脈の向こうに沈む壮大な夕日などが見えるからです。大概は愛想良く応じてくれて、窓の外を一瞥して頷き、微笑んで親指を立ててから、また画面に目を戻します。
こうした無関心が当たり前になってしまったのはなぜなのかと時々考えます。私たちはいつから、周囲の世界とのつながりよりも自分の快適さを優先するようになったのでしょうか。他者や環境を気にかけ、共感する能力を失ったのはなぜでしょう? 私は自分の人間性——ものごとを感じる力——の奥底を探り、こうした態度の根源にある心の傷を見つけようとしています。
一方では、朝目覚めた瞬間から痛切に、失われたつながりを再び取り戻したいと渇望する、あるいは、まだ出会っていないものとのつながりを切望する人々もいます。こういう人は、制作を通じて神の創造の謎に迫ろうとし、そうしなければ自分が滅びてしまうような気持ちに陥ります。特権的な立場にいない人々にとって、それ以外に選択の余地はありません。アート作品の多くは知性を刺激し、ウィットに富み、内輪でしか通じないジョークを理解するための鍵となっています。内輪のグループに入るためのチケット代は、たったの20万ドル(約3000万円)。美術大学に行くために借りなければいけない奨学金の額です。
それとは別に、断絶以外の何かを知りたい、超自然的で詩的な言語を自在に操りたいという深い欲望に駆られ、魔法の世界に分け入っていくアートもあります。私たちが人間性を取り戻す、そのための道を発見することこそがアートです。私たちは何度も道を間違えますが、そのたびに何かを学ぶのです。
スティーブン・ショア(写真家)

写真を極めていくのは自分自身を理解するための道程
私は40年以上、バード大学で写真を教えてきました。リベラルアーツ大学なので、バード大学には必修科目があります。つまり、物理学、人権研究、古典文学など、専攻は何であれ、全学生がアートの実技クラスを受講する必要があるのです。学生の一部はアーティストを目指していますが、大多数はアート以外のさまざまな分野に進もうと考えています。彼らに教える中で気づいたのは、写真を学ぶことで意図を持って注意深く世界を観察する能力が身に付くということです。さらに、「見る」ことへのメタ認知的な意識が育まれる可能性もあります。これは学ぶ価値のあるスキルです。
以上が、アートが何の役に立つかに関する学生への答えですが、自分自身のアーティストとしての歩みを振り返ると、もう少し付け加えたいことがあります。初めて写真家になりたいと意識したのはまだ子どもの頃でしたが、当時の写真の世界は今とはまったく違いました。ニューヨークには写真を展示販売するギャラリーはなく、写真作家の作品集もほとんど出版されていませんでした。私が初めて訪れた写真専門のギャラリー、ヘリオグラファーズ・ギャラリーがオープンしたのは1963年で、私は10代半ばになっていました。そこでは、プリントが15ドルとか25ドルで売られていて、当時アメリカで最も有名な写真家の1人だったウィリアム・ユージン・スミスのプリントを25ドルで買ったのを覚えています。何が言いたいかというと、当時は有名になるとか大金を稼げるかもしれないという動機で、写真家になろうとする人はいなかったということです。アートとしての写真を撮っていくことを選んだ私のような人間は、それが自分の天職(calling)だという止むに止まれない気持ちからそうしたのです。私は文字通り、「呼ばれた」と感じてこの道に入りました。
その後の数十年間を振り返ると、技術的・美的に写真を極めていく過程はまた、自分自身を理解するための道程でもありました。私はその修練を通じて、人生に蓄積された錆を削り取る術を身につけたのです。
フリーダ・トランゾ・イエーガー(画家)

アート作品を作るのは信仰にも似た行為
今、私たちはみな道に迷っていて、アートが何をすべきなのかが分からなくなっています。美的表現と政治を切り分けられるという考えは幻想ですが、美術館やキュレーターは、この幻想を広めるのに加担しています。多くの人が自分たちの仕事と予算を守るために、現状に反旗を翻そうとするアーティストを支援せず、その代わりに安全で退屈な展覧会を開いています。人々の間の連帯は消えてしまいました。
では、アートが存在するのは誰のためなのでしょうか。取締役会のため? それとも市場のため? アイデンティティ・ポリティクス(*1)を前面に押し出した「アート・ウォッシング」(*2)のモデルは、ジェノサイドを契機に崩壊しました。今の世界情勢は、権力者にとって政治的に難しすぎるのです。「ポストコロニアル」や「クィア」といった言葉がそこら中に溢れていますが、人々の解放のため闘う時、その対象を選り好みすべきではありません。私は全ての人がジェノサイドから解放されることを望みます。
*1 人種、民族、ジェンダー、障害など、特定のアイデンティティを土台とし、アイデンティティに基づく集団の利益を代弁する政治活動。
*2 アートやアーティストを利用して政治や社会の問題、不正から注意をそらそうとすること
声を上げればキャンセルされ、発言のプラットフォームを失います。これが、今の芸術評論が凡庸である理由の1つです。キャリアや金銭のために自己検閲しなければならない環境では、批評は成立しません。ほとんどのキュレーターとアーティストはこうしたシステムに乗っ取られ、市場に順応させられているので選択肢はますます狭まっています。
その一方で、アート作品を作るのは信仰にも似た行為です。私たちは常に新しい感覚を探求し続けていくでしょう。
ワリッド・ラード(マルチメディア・アーティスト)

アートはこの世界を信じるための理由を与えてくれる
「アートは何かの役に立つのか」という質問に規定の文字数で(間接的に)答えるため、イラクの思想家ジャラル・トゥフィックの2017年の著書『What Was I Thinking?(私は何を考えていたのだろう)』に掲載されているエッセイ、「Creating Universes and/or Worlds that Don’t Fall Apart ‘Two Days’ Later(2日後に崩壊しない宇宙および/または世界を創造する)」の一部を引用します。
「アーティスト」という社会学的なカテゴリーに分類される中の、ますます多くの人が、(無数に枝分かれし、いくつもの世界が並行して存在する)マルチバースの1つであるこの世界に特有な対象や問題、在り方についての作品しか作らなくなってきている。彼らは、並行して存在するほかの世界や、この世界の別領域——たとえば不死の領域や、想像の世界、舞踏の領域(マルチバースの多くの世界はこれらの補足的領域を持たない)、そして私たちの世界がたくさんの世界のうちの1つであることに無頓着だ。つまり、現実の中の非常に狭い一部分しか見ない傾向がますます強まっている。アートは日常的な物事を扱うことができ、ドゥルーズの言葉を借りればこの世界を信じるための理由を与えてくれる(いわゆる「イスラム国(ISIL)」やワッハーブ派なども、この世界に入るが)。そして/または、別世界的だったり非現実的だったりする存在が、歴史を持たないのに完全な形でこの世界に侵入できるようラディカルな場を構築することで別世界または非現実の領域に関わることができる。そして/または、想像の世界へと通じる窓を提供し(イスラム美術の素晴らしい細密画がこれに該当する)、出来事の想像的展開を見せることができる。そして/または、マルチバースの中のほかの世界を創造的に示すことができる。マルチバースの中でも「2日」後に崩壊しなかった私たちの世界は、アートと文学と思想という形で「2日」後に崩壊しない例外的な世界を形成し、さらにその中に、本質的に枠組みが定められた(物理的な枠組みは、単にこの固有の枠組みを明示しているに過ぎない)「2日」後に崩壊しない別の世界を組み込んで提示することができる。アートが提示するこうした別世界は、アートが可能な世界かもしれないし、文化が存在する世界なのかもしれない。それは通常、映画祭や「アート」のビエンナーレなどの形を取るかもしれないが、例外なく「2日」で崩壊しないマルチバースのほかの世界を提示する作品のような形で存在する。
クリスティーン・サン・キム(サウンドアーティスト、パフォーマー)

アートを通じて人は視野を広げることができる
ホイットニー美術館での個展の設営を始めたのは、トランプ大統領の2回目の就任式の翌日でした。これが私たちの未来なのだということが、いよいよ現実として感じられるようになっていました。「アートは何かの役に立つのか」という問いはますます大きなものとなり、また、答えるのがいっそう難しくなってきています。
私がこの問いについて考え始めたのは、TEDフェローだった2015年です。当時私は、世界平和のために活動している人や病気の治療法を研究する人たちに囲まれていたので、自分にこう問いかけるようになりました。「私はアートの専門家としてここにいるが、アートには何ができるのだろう?」
TEDフェローとしての経験は、その答えを明らかにするための助けになりましたが、今でも私は完全な答えを持っていません。アーティストの中には変化を生み出した人がいると思いますし、少なくとも世界を良い方向へと促すきっかけを作った人はいます。アートは人の心を動かすことができます。たった1人だとしても、それを見た人が共感し、「これまで考えもしなかった別の可能性はないだろうか?」と自問するきっかけを作る力があります。アートを通じて人は視野を広げることができ、それが権力者の近くにいる人だった場合、大きな変化につながる可能性だってあります。しかし、アートのそうした力は測定できず、今後もできるようにはならないでしょう。それが課題だと思います。
クリエイティビティは、幼い子どもの頃から人々の思考を鍛えます。それによって人は創造的な解決策を探り、自分が求めているのは何なのかと自問し、さまざまに異なる選択肢を比較検討します。レオナルド・ダ・ヴィンチは芸術家だったからこそ、ヘリコプターのアイデアを思いついたのです。予算不足に陥ると真っ先に削減対象になるのがアートや社会福祉だということに、うんざりしています。創造性が失われ、新しい薬やテクノロジーを生み出せなくなる将来が来るのでしょうか。
アンドリュー・ノーマン・ウィルソン(アーティスト、映画製作者)

「アートと貧困をめぐるスクリプト」
ビエンナーレの開会式は、美術館の中庭で行われた。通常は30ドルの入場料を支払えば入れる場所だが、この夜に限っては招待客以外立ち入り禁止になっていた。そこには、角ばった髪型で幾何学的なメガネをかけた著名キュレーターたちが、ミラノ、北京、アスペン、ブラウンシュヴァイク、ミネアポリスから集まってきていた。また、ニューヨーク、ロンドン、パリから、ベーシックで控えめだが高級なファッションに身を包み、見るからにパーソナリティ障害のありそうなギャラリストたちが、ガーナ、コロンビア、イラン出身のアーティストたちを連れて来ていた。
彼らはみな、スター建築家が設計した立派な建物のアルミ製の階段の前に集まっていた。アクリルでできた演壇の前に進み出たエレガントな装いのビエンナーレのキュレーターが、ふと立ち止まった。バッファロー・ビルズの汚れたスウェットパンツしか着ていない男が中庭を覗き込んでいるのに気づいたのだ。彼女は気を取り直して、こう宣言した。
「この展覧会では、現代最も深刻な問題と向き合っている100人以上のアーティストの声を紹介します」
極右の台頭、気候変動危機、今も続くウクライナでの戦争、住宅危機、偽情報、AI、ソーシャルメディアから運転中のスマホ操作まで、幅広い問題を取り上げたこの展覧会は、反植民地主義を唱えるビデオエッセイや音の考古学、ラジカルケアのマニフェスト、そしてクィアな地衣類が並ぶ、緊急事態の百科事典のようだった。
汚れたスウェットパンツのみすぼらしい男には目もくれず、大勢の歩行者が通り過ぎていく中、彼はキュレーターをじっと見つめていた。彼女は「社会と政治が混乱し、分断が進む今、このビエンナーレはアーティストやアート関係者、一般市民が1つになる機会を提供します」と述べ、開会の挨拶を締め括った。
気の抜けたような拍手が起こる中、キュレーターは中性的な若い男性スタッフの案内でステージを降りていく。
バッファロー・ビルズの汚れたスウェットパンツしか着ていない男は、アルミニウムの壁の反対側から彼女の方へと歩み寄った。キュレーターとその取り巻きが建物を出て、黒いSUV車の方に向かったそのとき、男の汚れた手がキュレーターの腕を掴み、彼女は悲鳴を上げた。
「警備員!」と若い男性スタッフが叫ぶ。
「すまない——ただ、お姉さんにお礼を言いたかっただけなんだ」と男は言った。
充血し、大きく見開いた彼の目を見ながら彼女は言い返す。「何で?」
「(ホームレスと言わず)『住居のない人』という言葉を使ってくれたから」
(翻訳:野澤朋代)
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