アメリカ政府が押収したピカソやバスキア、相場割れで競売へ。汚職スキャンダルが価格に影響?
米司法省に押収されたピカソ、バスキア、アーバスの作品4点が、1MDB事件に関連する資産の一部としてオークションにかけられている。いずれも保存状態は良好ながら、入札開始価格は過去の相場を大きく下回っており、市場関係者の注目を集めている。

マレーシアの政府系投資会社1マレーシア・デベロップメント(1MDB)で起きた国家的資金流用事件をめぐる和解策として、米司法省に引き渡されたパブロ・ピカソ、ジャン=ミシェル・バスキア、ダイアン・アーバスの作品4点が、米連邦保安官事務所によってオンラインオークションに出品されている。
オークションは、テキサス州プルーガービルにあるオークションハウス、ガストン&シーハンが政府の依頼を受けて実施。開催期間は7月16日から9月4日までで、バスキアの《Self Portrait》(1982)と《Red Man One》(1982)、ピカソの《Tête de taureau et broc》(1939)、アーバスの《Child with a Toy Hand Grenade(おもちゃの手榴弾を持つ子ども)》(1962)の計4点が出品されている。いずれの作品にも、バイヤーズプレミアム(落札手数料)は設定されていない。
US版ARTnewsの取材に応じたアート・アドバイザーらによると、今回出品された作品は、いずれも保存状態が良好で、過去の落札実績と比べても入札開始価格は「著しく低い」。ただし、サイトの作りが粗末であることや、作品が国際的な汚職事件に関連しているという背景から、入札をためらうコレクターも少なくないとみられる。
アート・アドバイザーのデーン・ジェンセンは、「買い手にとって理想的な環境とは言えませんが、目利きのバイヤーにとっては良い機会になる可能性があります」と語る。一方で、別のアドバイザー、アルシ・カプールはサイトの出来の悪さを指摘し、「このウェブサイトが送られてきたら、『誰かが私を騙そうとしている』と思うでしょう」と述べ、自身のクライアントの多くは入札に関心を示さないだろうと語った。
司法省が2020年7月に提出した文書によれば、バスキアの《Self Portrait》は、レッド・グラナイト・ピクチャーズの共同設立者であるクリストファー・ジョーイ・マクファーランドによって米政府に引き渡された。同社は、マレーシア元首相の継子、リザ・シャーリズ・ビン・アブドゥル・アジズとマクファーランドが設立し、映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』をプロデュースしたことでも知られている。
他の3作品は、マレーシアの実業家で資金流用事件の首謀者とされるロー・タエク・ジョー(通称ジョー・ロウ)が2012〜2014年に購入し、俳優でアートコレクターでもあるレオナルド・ディカプリオに贈ったものだ。これらの作品はその後スイスで発見され、司法省によれば、ディカプリオは2017年にすべてを連邦政府に返還したという。
ローはインターポールを含む複数の国で指名手配されている。米司法省が指摘するように、2009〜2015年にかけてローおよび1MDBの上層部やその関係者らは、「国際的なマネーロンダリングと横領を伴う犯罪計画を通じて」、マレーシアの政府系投資開発基金から45億ドル(現在の為替で約6781億円)以上を不正に流用したとされる。
バスキアの《Red Man One》は2009年5月、サザビーズ・ニューヨークで開催されたコンテンポラリー・イブニング・セールで手数料込み350万ドル(現在の為替で約5億2700万円)で落札されている。司法省が提出した文書によると、このバスキアのコラージュ作品はその後2012年11月頃に、1MDBの債券発行で得た資金を流用してニューヨークのヘリー・ナマド・ギャラリーから940万ドル(同約14億円)で購入されたという。今回のオークションで本作は、297万5000ドル(約4億4800万円)の入札開始価格が設定されている。
司法省が2016年6月に提出した文書によると、《Nature morte au crâne》としても知られるピカソの絵画《Tête de taureau et broc》(1939年)は、2013年の債券発行で得た資金328万ドル(現在の為替で約4億9400万円)を流用して2014年1月2日に取得された。この絵画は同月中にディカプリオに贈られ、その際には、「遅ればせながらお誕生日おめでとう! これはあなたへの贈り物です」と、ローのイニシャルである「TKL」の署名が入った直筆手紙も添えられていた。
今回のオークションでバスキアの《Self Portrait》とピカソの《Tête de taureau et broc》には、いずれも85万ドル(約1億2800万円)の入札開始価格が設定されている。
米司法省の文書によると、ダイアン・アーバスのゼラチン・シルバー・プリント作品《Child with a Toy Hand Grenade》は、映画やアート・メモラビリアを取り扱うシネマ・アーカイブズから75万ドル(約1億1000万円)で購入されたものだった。今回のオークションでのスタート価格は4400ドル(約66万円)と大きく下がっていた。
通常、米政府が押収した資産の売却益は財務省に送られる。しかし、司法省の広報担当者が2019年に米公共放送ラジオ(NPR)に語ったところでは、1MDB事件に関連した資産については「汚職によって被害を受けたマレーシア国民の救済」に充てられるという。司法省が昨年6月に発表したプレスリリースでは、これまでに約14億ドル(約2100億円)が返還されたとしている。
ガストン&シーハンは、2021年2月にも1MDB事件に関連するアート2点を売却している。1点は、ハインツ・シュルツ=ノイダムがデザインしたSF映画の金字塔『メトロポリス』(1927年)の貴重なポスター、もう1点はアンディ・ウォーホルの《Round Jackie(丸いジャッキー)》(1964)だった。ゴールドを基調としたこのウォーホル作品は、ローが2013年11月にサザビーズ・ニューヨークのコンテンポラリー・イブニング・セールで支払った105万5000ドル(約1億6000万円)をわずかに下回る104万ドル(1億5600万円)で落札された。本作をローから贈られたのは、「TOP 200 COLLECTORS」にも名を連ねるラッパーで音楽プロデューサーのスウィズ・ビーツだった。
ローに関連する別のアート作品である、高さ約2.4メートルのマーク・ロスコ《Untitled (Yellow and Blue)》(1954)は、昨年11月にサザビーズ香港に出品され、2億7500万香港ドル(約52億8000万円)の予想最高価格から大幅に低い2億5000万香港ドル(約48億5000万円)で落札された。これは、2015年5月にサザビーズ・ニューヨークのイブニングセールに出品された際の落札価格4650万ドル(約70億円)から約30%もの下落となる。
一部のアート・アドバイザーは、バスキアの《Self Portrait》《Red Man One》、ピカソの《Tête de taureau et broc》、アーバスの《Child with a Toy Hand Grenade》といったブルーチップ作品についても、ローとの関係性によって値引きの余地があるかもしれないと指摘する。一方で、業界のある専門家は、「入札の動向を読むには時期尚早だ」と話す。
その専門家とは、アート・リスク・グループの共同創業者でパートナー、元連邦検察官でサザビーズの元グローバル・コンプライアンス責任者でもあるジェーン・レヴィーンだ。レヴィーンは、「予想落札価格を下回る場合や、過去の販売価格を下回る場合も、その原因は多岐にわたります」と語り、こう続けた。
「アート市場の低迷という、誰もが取り上げたがる話題が原因かもしれませんし、このセールやオークションそのものに特有の事情が関係している可能性もあります。オークションというのは、いつも予想通りにいくとは限らず、時に予想を上回る結果になることもあります。そうした予測不可能性こそが、オークションの魅力でもあるのです」
米連邦保安官事務所による今回のオークションについては、国際アート犯罪研究協会(ARCA)CEOのリンダ・アルバートソンが最初に発表した。また、2021年にガストン&シーハンが実施した前回のアートオークションは、グレッグ・アレンが初めて報じた。(翻訳:編集部)
from ARTnews