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「風景画は退屈じゃない」 VRを活用して新しい風景を描くエマ・ウェブスターの世界観

9月初旬のフリーズソウルの開催に合わせ、ソウルに進出している世界的ギャラリーは揃って意欲的な展覧会を開催。その1つが、ペロタンで開かれているエマ・ウェブスターの個展だ。彼女の独特な風景画の世界観はどこからくるのか、ARTnewsが取材した。

エマ・ウェブスター ©2022 Macksfilms

ロサンゼルスを拠点に活動するイギリス系アメリカ人アーティスト、エマ・ウェブスターは「風景画家」ではなく「風景を”描く”画家」だ。ちょっとしたニュアンスの違いに思えるかもしれないが、この差は大きい。後者が言わんとしているのは、彼女の絵は窓の外に見える景色を写したものではなく、独自の生態系を描いた想像力溢れるコラージュだということなのだ。

ウェブスターの絵の中には、木々、洞窟、花など、それが何であるか識別できる形もたくさんある。しかし、作品全体としては、自然に忠実というよりも、忘れることのできない異様な夢の風景に近い。彼女はこうした制作を通じ、アーティストと作品、作品と鑑賞者、人間とその周りの(非)自然環境の間に新たな関係を築くものとして、絵画を再定義している。

その独特なアプローチは、12点の新作にも明確に示されている。現在、これらの新作は、大手ギャラリーのペロタンがソウルの江南区、島山(トサン)公園にオープンした新スペースで開催中の個展、「Illuminarium(イルミナリウム)」で展示中だ(10月20日まで)。それぞれの絵には異なる幻想風景が描かれているが、全体を通して見ると、ある風景が生み出されて滅びに向かい、崩壊するまでの様子なのだと解釈できる。

たとえば、《Still in the Cradle(まだ揺りかごの中)》(2022)は、森の中の空き地を描いた作品だ。冷ややかな青い光が木々の枝先や奥の岩場を照らし、周辺は暗がりに包まれている。一方、地面に開いた小さな穴は、暖かい琥珀色の光を放っている。謎だらけで複雑な外界に放り出される前の、子宮の内部にいるような気分にさせる作品だが、この後に続く絵では、この無垢な感覚が崩れていく。

本物らしさと不気味さの境界線上で常にバランスを取っているようなウェブスターの風景は、作品が出来上がるまでのいくつもの段階を反映している。彼女はまずスケッチを描き、それをスキャンしてバーチャルリアリティ(VR)のプログラムに取り込む。そして、絵にさまざまな手を加え、誇張し、変形させる。三次元に変換された画像は、デジタルの風景彫刻と呼べるかもしれない。

ARTnewsの取材に対し、ウェブスターはこう説明している。「VR作品を作ろうとしているんじゃなくて、実験的な彫刻を作る手段としてVRを使っているんです。私のスケッチは、いろんな分野から受けたインスピレーションのコラージュのようなもの。たとえば、舞台美術、風景画、旅行写真、ファンタジー、スクリーンの向こうに広がる異世界といった要素が詰まっています。こうした異質な要素同士を1つの確固とした思考に融合できる場所がVRなんですよ」


エマ・ウェブスター《Still in the Cradle(まだ揺りかごの中)》(2022) Courtesy the artist and Perrotin

VRプログラムで満足のいく空間が完成すると、ウェブスターはそのデジタル画像を印刷して物理的な存在に再変換する。そして、その画像を油絵の具でカンバスに写し取る。伝統に根ざしながらも、テクノロジーに支えられたそのプロセスは、現代社会で人々が日常的に行っているさまざまな行為とさほど変わらない。

「Illuminarium」の作品を1つ1つ見ていくと、物語が漠然と展開しているように感じられる。それは、劇作家がシーンごとに伏線を小出しにしていくのにも似ている。実際、ウェブスターは演劇に関心があり、照明や舞台美術と絵画の間に類似性を見出している。

2020年にブリュッセルのステムス・ギャラリーで開催された展覧会「Ready the Lanterns!(ランタンを用意せよ!)」は、照明デザインに着想を得て「ノクターン」という概念を深掘りするものだった。ノクターンは夜想曲と訳され、一般的には夜の情緒を表す叙情的なピアノ曲を指すものだ。

彼女は、「夜」という言葉が単に太陽光の不在を意味するとしたらどうだろうという問いかけから出発して、この言葉の定義を広げていった。また、照明デザインもVRも太陽光を模倣するが、実際の太陽光は使わない。舞台が観客に別世界への入り口を提供するように、照明デザインは現実を拡張するための技巧なのだ。


エマ・ウェブスター《Blue Moon(ブルー・ムーン)》(2022) Courtesy the artist and Perrotin

「舞台はいわば代理空間で、私たちは客席にいると同時に演劇の場にいます。ここにある絵やVRでも、私たちは2つの場所に同時に存在する。ビデオゲームをプレーヤーが操作するように、絵を見る行為はインタラクティブなものになるんです」

ウェブスターの作品を見ること、それはすなわち新しい世界の中に身を置くことだ。その中には、自然でありながら歪んだ景観、ドクター・スースの絵本に出てくるような曲がりくねった木々や生き生きとした植物、誇張された超自然現象、重力の法則に逆らう風景などが広がっている。

自然界の美しさと、人類による自然破壊を示唆する彼女の絵画は、忘れがたい印象を残す。風景は決して変わらずに存在し続けるわけではない。その事実をウェブスターの作品は思い出させてくれる。

ウェブスターはこう言った。「常に変化し、消滅に向かう自然の姿を捉えようとする試みには悲しさがつきまといます。風景画というのは、心地よく退屈なものと決めつけられているけれど、気候変動危機には心地よいところなどありませんから」(翻訳:野澤朋代)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年9月2日に掲載されました。元記事はこちら

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