人骨展示の「正義」とは──米医学史博物館が新方針を発表
フィラデルフィアの中心部にある著名な医学史博物館、ムター博物館には、歴史的な医療器具や解剖模型、無数の頭蓋骨、アインシュタインの脳の切片を含む多様な医学標本が所蔵されている。ここ数年、展示の倫理面に関する難しい議論の渦中にあった同館が、このほど遺骨の展示に関する新しい方針を発表した。

8月19日、アメリカ・フィラデルフィアのムター博物館が、新しい展示方針を発表した。それは、所蔵する遺骨の展示方法を再考し、患者の生前の記録や医学史の変遷により焦点を当てるというものだ。たとえば、人骨は過去に強制や科学的人種差別のもとで収集されたことが多いため、その歴史を調査し透明性を確保することや、展示は教育的意義がある場合のみとし、歴史的・社会的文脈を付すことを義務付けるなど。同館の解説・エンゲージメント担当のシニアディレクター、サラ・レイは、フィラデルフィアの公共メディア、WHYYの取材にこう答えている。
「我われのコレクションチームが関わった今回の決定までのプロセス、および継続中の調査内容は、単に遺骨を展示するかどうかという議論では選択を誤ることを示しています。そうではなく、我われが所蔵する遺骨を残した人々と、私たちが展示を通じて奉仕している一般市民の双方に対し、正義を重んじる方法で遺骨を展示できるかどうかが問われているのです。展示すべきかという質問に対する答えは『イエス』です」
レイは、「ムター博物館が所蔵している遺骨はどれも、何らかの疾病に罹患していた人のものです」と付け加え、博物館の新しいアプローチは、ガイドツアーや展示物のラベル、デジタル資料の更新に反映される予定であることを明らかにした。WHYYが報じるところによると、この新方針は、グループインタビューや公開ミーティング、インタラクティブ展示など、2年にわたる活動の事後分析に依拠している。
かつて、「不気味なほどに有益な知識が詰まっている」をキャッチフレーズとしていたこの博物館は、フラデルフィア医師カレッジ(*1)に所属する施設で、年間10万人以上の来館者がある。しかし、前事務局長のケイト・クインが2023年6月に全所蔵品の倫理的見直しを行い、その一環としてYouTubeによるオンライン展示と動画を全て削除したことで、世論からの反発を受けてきた。
*1 フラデルフィア医師カレッジ(College of Physicians of Philadelphia)は、1787年に設立された非営利組織。カレッジという言葉が使われているが、大学ではなく、医学者同士の交流や一般市民の医学に対する啓発を目的とした機関。
同じ時期、アメリカでは数多くの博物館が、所蔵する遺骨に関する従来方針の再検討を迫られた。そのきっかけは非営利メディア、プロパブリカの調査報道だ。これにより、1990年に「アメリカ先住民の墓の保護と返還に関する法律(NAGPRA)」が成立し、遺骨の返還が義務付けられてから30年以上経った今も、推定10万体の先住民の遺骨が各地の博物館に残っていると判明した。
物議を醸したクインの方針に関しては、ムター博物館の核となるアイデンティティが失われてしまうとの意見もあれば、キュレーターやコレクションのあり方についての倫理観を、より良い方向に進化させるために必要だとする意見もあった。その後、同博物館ではスタッフの離職や幹部の交代が起き、クイン自身も今年4月7日に職を退いている。(翻訳:石井佳子)
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