部屋とアートと私:第2回 コレクションが紡ぐ、父、母、娘の物語

とあるアートコレクターの部屋と、ともに暮らす作品にまつわるとっておきのストーリーをお届けします。

Illustration: Hitomi Itoh

プロフィール
60代(男性)、美術評論家/アーティスティックディレクター
40代(女性)、ギャラリーディレクター
神奈川県葉山町の一軒家(3LDK)
娘と3人暮らし

「ストーリー」を持つ作品たち

海と山に囲まれた葉山の住宅街は、葉脈のように細い道が入り組んでいる。住所を頼りに、山側に向かってゆるやかに延びる坂道を上っていくと、黄色いドアの一軒家が目の前に現れた。庭の小さなブランコ前には猿をモチーフにした彫刻作品がたたずみ、玄関上の窓からはまるで訪れる人を歓迎するかのように手招きポーズをした猿の彫刻が姿を見せている。後から聞いたところによれば、いずれも動物をモチーフに制作する彫刻家・渡辺元佳の作品だという。


渡辺元佳《Syoujo》(2014年)

軒先からすでにアートの気配を感じさせるお宅の門をくぐると、夫婦ともにアートに関わる仕事柄、家の中にはアート作品があちこちにあった。とはいえ、家の中にある作品はコレクションのほんの一部にしかすぎないという。コレクションの総数は、およそ150作品。大型作品は都内の貸倉庫に、小さな作品や普段飾るための作品は自宅の一室を室温20℃にキープして保管しているそうだ。作品の管理は夫が担当する。「気分や季節に合わせて展示替えをしています。日本では絵画や写真の掛けっぱなしはNGなんですよ。梅雨の時期にカビてしまうんです」

コレクターには特定のテーマや作家に絞って収集するタイプもいるが、自分たちはそうではないと妻は言う。それだけに、部屋を彩るアート作品はバラエティ豊かだ。「私たちは、自分たちが好きなものをストーリー重視で集めています。作品がどんな背景で作られたのか、アーティストと直接話すことができれば話し、作品が持つストーリーと自分たちのストーリーがつながったものを購入しています」

リビングルームの一角で存在感を放つのが、舟越桂の版画《丘の上のスフィンクス》(2005年)と聖母マリアをかたどったアンティークの彫刻だ。版画はアーティスティックディレクターとしても活動する夫が舟越と仕事を共にした際に記念に購入したもので、彫刻はスペインのマリア信仰のお祭りの際に担ぐものを南仏のアンティークショップで手に入れたという。「舟越さんの第1作が聖母子像であったこともあり、親和性があると思い、一緒に飾っています」と妻は話す。


中央奥が舟越桂《丘の上のスフィンクス》(2005年)。左手前が聖母マリアをかたどったスペインのアンティーク・マリア像


思いがけない出会いが、コレクションの醍醐味

また、若手アーティストの作品を積極的に購入するようにもしているという。大学で教鞭もとる夫は、教え子の作品を購入することもあるそうだ。「それと、美術雑誌の新人発掘特集は、よくチェックしていますよ。流麻二果(ながれ・まにか)さんや村上早(さき)さんの作品は、今ほど有名になる前に展覧会で見ていいなと思って購入したものです」


流麻二果《有らぬ方》(2008年)


村上早《ミルク》


夫のゼミ生だった中島華映の作品、《天眼》(2021年)。近年、人気を集める若手作家の一人だ

ある時は、アーティストからの紹介で新しい作家と出会うことも。「山上渡さんの作品は、現代美術家の小沢剛さんから面白いアーティストがいると紹介されて、長野の山奥にある山上さんの自宅まで行って直接話したうえで買ったものです。彼から絵を買ったのは僕が初めてだったそうで、驚いていましたよ」


山上渡《Men》(2011年)

コレクションの中には、購入したものだけではなく、アーティスト自身やその家族との公私にわたる交流を通じて譲り受けたものも多い。

壁一面の本棚に美術書や画集などと共に並ぶ藤田嗣治の作品《つばめと子供たち》(1964年)もその一つだ。


藤田嗣治《つばめと子供たち》(1964年)

藤田の研究をライフワークとする夫は、藤田の妻・君代夫人のもとに3年ほど通い、対話の末に日本で初めて正式な許可を得て藤田の展覧会を実現。それをきっかけに、その後も藤田の書籍を出したり展覧会を企画したりするなかで、君代夫人との交流は続いた。「毎年1月29日の藤田嗣治の命日に花を贈ると、バレンタインデーには君代夫人から高級チョコレートをいただくようになりました。そんなやりとりを10年ほど繰り返していたら、君代夫人が亡くなる少し前に、突然この作品が送られてきたんです。アートって『あずかり物』ともよく言いますけど、本当にそうだなと思います。不思議なもので、必要なタイミングで出会ったり、巡ってきたりするんですよね」と妻は振り返る。

階下へと続く階段の脇にどーんと掛けられた150号ほどの海を描いた大作は、上海のコンセプチュアル・アーティスト、周鉄海(チョウ・ティエハイ)による作品《プラセボ》(2000年)。本作はアーティストとの親交を深めた末に、この家にやってきたものだ。国内外でさまざまな展覧会やアートワークをプロデュースする夫は、上海を訪れる度に彼の家に寝泊まりし、この絵を見ながら杯を交わしたという。「ずっとこの絵がほしいとは言っていましたが、彼が結婚を機に引っ越すことになって譲ってもらえることに。ちょうど家のこちら側が海側なので、ここに展示しています」


左が周鉄海《プラセボ》(2000年)。右上はタイのアーティスト、チャーチャイ・プイピア《自画像》(1997年)


アート愛は4世代

夫婦ともにアートに興味を持つようになったのは、子どもの頃から身近にアートがあったからだという。

「父がアート好きで、小さい頃から展覧会によく連れて行かれました。あれがシャガールだ、ピカソだと教えられたのをよく覚えています。家にも本物の油画が1枚あって、それをずっと眺めていましたね。そんな環境の中で自然と興味が湧いたのか、小学生の時には二科会の画家の絵画教室にも通っていました」(夫)

「絵が好きな祖父で、複製ですけど、ゴッホやピカソ、マティスの絵が祖父の家にあったんです。そういうものを小さい頃から見ていたのが大きいと思いますね。子どもの時からアートに触れていたら、アートを難しいものとは思わずにもっと身近に楽しめるようになる気がします」(妻)

そんな2人は、娘にもアートに親しんでもらいたいと、生まれた時から毎年誕生日に1つずつアート作品を贈り続けている。

「いつか娘にそれぞれの作品のストーリーを語りたいんですよね」と妻は言う。例えば、娘のコレクション第1号である、シャルル・シャプランという画家の油彩のストーリーはこうだ。「あなたがママのお腹の中にいるときに、パパが母子ともに無事で生まれてくるようにって贈ってくれたんだよ。だから、母と子が描かれているものを選んだんだよ、と。その時、その作品に紐づいた私たちのストーリーを伝えたいんです」


娘のコレクションの一部。左がコレクション第1号、シャルル・シャプラン《ビーナスとキューピッド》(19世紀後半)。

娘は今年で6歳。今年の誕生日の1作は、初めて自分で選んだのだという。「だんだんと自分好みのアートがわかってきている感じはありますね」と妻は笑う。


娘が初めて自分で選んだ作品、MARIAはるな《星の聖霊》(2022年)

6歳の彼女はどんなストーリーをこの作品に見たのだろう。いつか彼女が両親にその物語を語る日が楽しみだ。


文=岩本恵美
写真=在本彌生

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