NY地下鉄で斬新なアート実験! アーティストが構内放送をハック、その狙いは?

ニューヨークの地下鉄では現在、史上初となるアーティストによる「構内放送ハック」が展開されている。ニューヨーク同時多発テロ事件後に定着した放送に着想を得て制作されたオーディオ作品は、人々に何を問いかけているのか。

Photo: Screenshot via Vimeo/Creative Time

ニューヨークの地下鉄では現在、一風変わった放送が車内や駅構内で流れている。通常は、到着を知らせる注意喚起や席を譲る呼びかけ、運行状況の臨時案内など、実務的な放送が中心だが、それに混じってこんな言葉が響いている。

「私たちが耳にするものは、私たちの気分を変える。気分が変わると行動が変わる。そして、その行動は、たとえわずかな瞬間だけでも私たちの世界を変えることができる」

この音声は、ニューヨーク・ブルックリンに拠点を置くアーティスト、クロエ・バースによる《If you hear something, free something(音が聞こえたら、自分を解放すること)》と題されたオーディオ作品だ。彼女が手がけたアナウンスは全部で24バージョン用意されており、ニューヨーク市内を走る14の地下鉄の駅で10月5日まで放送されている。2001年9月11日に起きたニューヨーク同時多発テロ事件を境に地下鉄で放送されるようになった「If you see something, say something(不審物を見かけたら、通報してください)」をもじったこの作品は、「公共空間で他者を疑うのではなく、人々と関わりをもつ場に変える」ことを目的として作られたという。

ニューヨークの公共交通機関を統括するメトロポリタン・トランスポテーション・オーソリティ(MTA)は、これまでも草間彌生の作品をはじめ、デジタルアートや写真などを駅構内に展示してきたが、構内放送システムをアーティストに開放したのは今回が初めてだ。本作はニューヨークのパブリックアート団体「Creative Time」との協働で実現したもので、前例のない試みに向けてMTAの芸術デザイン部門や広報、技術部門との間で数年にわたる交渉を要したという。作品発表の初日には、フルトン・センター駅で朗読パフォーマンスが行われ、24本のアナウンス原稿が順に披露された。

これまで石や鏡、パネルなどに詩的な問いを記したパブリックアートを多く制作してきたバース自身にとっても、音声作品を作るのは今回が初めて。《If you hear something, free something》を制作するきっかけとなったのは、ブルックリンにある自宅から、過去に教鞭を執っていたクイーンズ・カレッジに通勤する際に、電車やバスの中で流れている車内アナウンスに違和感を感じた経験だと、バースは振り返る

「資料を読んだり考えをまとめるために文章を書いたり、写真を撮影して通勤時間を作品制作の時間に当てていました。でも、2016年から車内アナウンスがどんどん増えていって、感情が乱されるような気がしたんです」

もちろん、運行状況や緊急時の案内は欠かせない。しかし、監視されているという意識が自分の思考を妨げるようになったと彼女はいう。ニューヨーク・タイムズ紙の取材でも、アナウンスは「善意や思いやりを促すのではなく、互いを監視しあい、疑わしい行動があれば報告するよう仕向けられています」と語った。「でも、《If you hear something, free something》は、車内にいる人々にどう振る舞うべきかは指示していないのです」と彼女は強調する。

バースが手がけた24本の音声作品は、監視や警告を促す従来の放送とは異なり、公共空間に人々の想像力や思考の余地をひらく小さなきっかけとして展開されている。

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