AI鑑定で「85.7%真作」──個人蔵カラヴァッジョ、世界的評価機関の判定に揺さぶり

個人が所有するカラヴァッジョの《リュート奏者》が、スイス拠点のAI鑑定会社によって「85.7%真作」判定された。本作をめぐっては、過去にメトロポリタン美術館サザビーズが模写と評価している。

AIによって真作判定されたカラヴァッジョの《リュート奏者》。Photo: Wikimedia Commons
AIによって真作判定されたカラヴァッジョの《リュート奏者》。Photo: Wikimedia Commons

光と陰の使い方や写実的に描かれた人物像で見るものを魅了するカラヴァッジョの作品で現存しているのは、およそ60点だと言われている。このほど、サザビーズメトロポリタン美術館が模写と評価してきた作品が、AI鑑定によって真作の可能性が示された。

鑑定の対象となったのは、リュートを弾く茶髪の少年を描いた《リュート奏者》3バージョンのうちのひとつで、美術品の真贋鑑定を行うスイスの企業Art Recognitionによって実施された。同社の分析によれば、今回の作品が真作である可能性は85.7%。創業者兼CEOを務めるカリーナ・ポポヴィッチは「80%を超える鑑定結果は真作である可能性が非常に高い」とガーディアン紙に語っている

現存する3つの《リュート奏者》はいずれも、イギリス・グロスターシャーの邸宅バドミントンハウスに住んでいたボーフォート公爵が18世紀に取得したもの。このうち、ロシアのエルミタージュ美術館に所蔵されているバージョンは真作とされている。一方、ワイルデンスタイン・コレクション所蔵のバージョンは、リュートを弾いている人物が少年ではなく少女として描かれており、1990〜2013年にかけてメトロポリタン美術館で展示されていたが、Art Recognitionの分析により模作である可能性が高いとされた。過去にも描写力や筆致の違いから真贋が疑問視されており、リュート協会会長デイヴィッド・ヴァン・エドワーズも、「リュートの構造には多数の欠陥がある」として真正性を否定していた

メトロポリタン美術館に展示されていた《リュート奏者》は、真贋が疑問視されている。Photo: Wikimedia Commons
エルミタージュ美術館に展示されている《リュート奏者》。Photo: Wikimedia Commons

しかし、メトロポリタン美術館の企画展「A Caravaggio Rediscovered: The Lute Player(カラヴァッジョ再発見:リュート奏者)」の図録では、ヨーロッパ絵画のキュレーターを当時務めていたキース・クリスチャンセンによって「作者と来歴に疑いの余地はない」と明言されていた。同館が展示した《リュート奏者》は、カラヴァッジョのパトロンのコレクションまで遡ることができ、これに対してバドミントンハウスが所有していたバージョンは模写だと結論づけられた。

サザビーズも同様に、1969年と2001年に同作品をオークションに出品した際に、バドミントンハウス版を模倣品と位置付け、2001年の図録では、カルロ・マニョーネという17世紀の画家によって描かれた可能性が高いと推測している。この作品は1969年に750ポンド(現在の為替で約15万円)、2001年には7万1000ポンド(同約1億4200万円)でハンマーが下された。

2001年にこの作品を落札したのは、イギリスの美術史家クロヴィス・ホイットフィールドだった。彼は、この絵画が1642年に画家ジョヴァンニ・バリオーネが著したカラヴァッジョ伝記の記述と完全に一致すると主張している。バリオーネは花びらの雫に映る反射など細部まで言及しており、ホイットフィールドはこれを根拠に挙げた。一方、クリスチャンセンや一部のイタリア人学者は、こうした専門家の支持があるにもかかわらず、バドミントンハウス版を真作と認めておらず、ホイットフィールドらは彼らを「伝統という泥沼にはまっている」と批判している。

AI鑑定の結果は、絵画の来歴を検証するポッドキャスト「Is It?」でも取り上げられ、ホイットフィールドとArt RecognitionのCEO、ポポヴィッチがゲスト出演した。さらに美術ジャーナリスト、ジェラルディン・ノーマンが現在制作している長編ドキュメンタリーの題材にもなっており、作品の真贋をめぐる議論は今後も続いていくだろう。

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