大手ギャラリー、タデウス・ロパックがミラノに7つ目の拠点開設。イタリア進出の背景と成算を考察

2023年に設立40周年を迎えたタデウス・ロパックは、世界5都市に6つの拠点を持つ大手ギャラリーだ。そのロパックが、アート市場が低迷する中で7拠点目をミラノに開設した。市場規模としてはさほど大きくないイタリア進出の背景と、どれほどの商機が見込まれるのかを取材した。

ミラノで新たにオープンしたタデウス・ロパックのギャラリーでは、ゲオルク・バゼリッツとルーチョ・フォンタナの2人展が開催されている。Photo: Courtesy Thaddaeus Ropac/Photo Roberto Marossi
ミラノで新たにオープンしたタデウス・ロパックのギャラリーでは、ゲオルク・バゼリッツとルーチョ・フォンタナの2人展が開催されている。Photo: Courtesy Thaddaeus Ropac/Photo Roberto Marossi

9月20日、オーストリアを本拠地とする大手ギャラリータデウス・ロパックの新拠点がミラノでグランドオープンの日を迎えた。アートメディアの多くは、これがミラノのアートシーンを盛り上げる起爆剤になるとの論調で、「アート市場の次なる希望」、「新たなアート市場のハブ」などと賑々しく報道している。しかし、先走りすぎるのは禁物だ。

欧州各国の税制変化の中でのミラノ開業

確かに、イタリアのアート市場には楽観的な見通しが持てる。美術品の税率がEU加盟国で最高水準だったために長らく遅れを取ってきたが、今年6月、政府が美術品の付加価値税を22%から5%に引き下げると発表したことで状況は一転。イタリアはユーロ圏で最も低い税率の恩恵を受けることになった。コンサルティング会社のノミスマが今年3月に発表した調査結果では、この措置によってイタリアのギャラリー、アンティークディーラー、オークションハウスには、3年間で15億ユーロ(約2600億円)の利益が見込まれ、イタリアの経済成長を42億ユーロ(約7300億円)押し上げる効果があると予測されている。

一方イギリスでは、長年続いてきた「ノンドム(非永住者)」向けの優遇税制を労働党政権が4月に廃止したため、富裕層の国外流出が予想される。これに対し、イタリアでは非永住者の海外所得に対する年間課税額が新規居住者でも一律20万ユーロ(約3500万円)と比較的低く設定されていることから、超富裕層にとって魅力的な移住先となっている。富裕層は一般的に美術品の収集を好むため、この状況はロパックにとっても、ミラノの既存ギャラリーにとっても、この上ない好機と言える。同地のギャラリーは、ロパックほどの規模はないものの、カルディ・ギャラリー、リア・ルンマ、ロビラント+ヴォエナなどの優良ディーラーがいる。

ミラノ支店はロパックの7つ目のギャラリーで、約280平方メートルの広さがある。ミラノ・ファッションウィークの開幕を数日後に控えた9月20日のオープニングでロパックは、進出を決めた時期について、上記のような税制改革が発表される「ずっと前」だったと強調。US版ARTnewsの取材にも、「もし私の目的がお金だったとしたら、ドバイを選んだでしょう」と語っている。とはいえ、新拠点設立の背景には、現実的な判断もあるようだ。

「ミラノには立派な美術館があり、アートの中心地となりうるポテンシャルを秘めています。ですが、パリロンドンほどのインフラは整っておらず、現代アート専門の国立美術館もありません」

ロパックはこう指摘し、彼が2つのギャラリーを構えるパリのアートシーンがこれほど成長したのは、フォンダシオン・ルイ・ヴィトンブルス・ドゥ・コメルスなど、ここ10年ほどで「新しい美術館が次々とできたから」だと語った。

「まずアーティストがやってきて、アカデミーや美術館がオープンし、さらに市場がそれに続く。アートの中心地はこうして生まれるのです」

イタリアのアート市場規模はまだ小さい

ロパックはアート都市の発展過程を実際に体験している。彼は2021年に、ペロタンケーニッヒリーマン・モーピンと並んでソウルに進出し、最も早い時期に同地に拠点を設けた国際的アートディーラーの1人となった。フリーズがソウルで新しいアートフェア開催を発表したときには既に、ソウルのギャラリー開設準備の真っ最中だった。その後、グラッドストーンホワイトキューブ、エスター・シッパーなどが続いてソウルにギャラリーを出している。

「ちょうど5年前に韓国でギャラリーをオープンしたのですが、今、ミラノについて、ソウルと同じことを聞かれます。ミラノはメジャーなアート都市になると思いますか、という質問です」

しかし、イタリアの状況は韓国とは異なる。イタリアのアートシーンは過去にも夜明けを迎えたと言われたことがあるが、結局は幻に終わった。それは2007年、アート界の巨人、ラリー・ガゴシアンがローマに進出したときのことだった。偶然にも、ローマはガゴシアンにとって7つ目のギャラリーで(現在は20近い)、現在もさほど大きくないローマのアート市場における中心的な存在だ。ローマのガゴシアンが開設された当時、著述家のキャスリン・ドレイクはアートフォーラム誌にこう書いている。

「地元の人々は、待ちに待ったオープンに有頂天になっている。(中略)世界の首都と呼ばれたローマは、1500年もにわたりその地位から離れていたが、ついに国際的な文化都市に返り咲く兆しが見えたからだ。メディアはこぞって、イタリアは文化面でも経済的にも停滞していると指摘する。(中略)そんな中で、イタリアのアート市場が国際的なレベルで勝負する準備ができているという認識をガゴシアンのローマ進出がもたらしたことは、特に歓迎すべき出来事だと捉えられているのだ」

さらに、イタリアの著名なキュレーターであるアキッレ・ボニート・オリヴァも、ガゴシアンの参入はローマのアートシーンを活気づける「偉大な一撃」だとラ・レプブリカ紙に書いていた。

それから20年近く経った今、ローマにはイタリア国立21世紀美術館(MAXXI)やローマ現代アート美術館などの主要な現代美術館だけではなく、ギャヴィン・ブラウンやガレリア・ロルカン・オニールなどの人気ギャラリーがある(後者は2003年にローマで開業し、2014年には市内中心部にある17世紀の宮殿の厩舎跡に現在のギャラリーをオープンした)。しかしローマのアートシーンは、いまだ世界的なアート都市と肩を並べるには至っていない。

毎年発表される「アート・バーゼルとUBSによるアート市場レポート」の著者、クレア・マッキャンドルーによると、2024年のイタリアにおけるアート市場の規模は、保守的な見積りで約3億8100万ドルから4億2500万ドル(約564億〜629億円)。一方、同時期のアメリカは248億ドル(約3兆6700億円)、イギリスは104億ドル(約1兆5400億円)、フランスは42億ドル(約6200億円)だ。

2007年には世界の美術品売上が投機バブルで膨れ上がり、過去最高の658億ドル(9兆7400億円)を記録したが、当時ガゴシアンをもってしてもイタリアのアート市場の運命を好転させることはできなかった。1年後には世界的金融危機の影響でアート市場も暴落し、2007年から2009年にかけて美術品の売上は41%も落ち込んだが、その数年後には回復している。ちなみに、ガゴシアンがローマに進出したのは、イタリアにも制作拠点のあったサイ・トゥオンブリー作品の取り扱いを確保するためだったという説もある(ローマのガゴシアンのオープニング展はトゥオンブリーだった)。

ローマのマテリア・ギャラリーの創設者兼ディレクターのニッコロ・ファノはUS版ARTnewsの取材に対し、トゥオンブリーはガゴシアンがローマにギャラリーを作った「重要な要素」だったとしつつ、最近のガゴシアンは、地元のアートシーンに積極的に関わるようになっていると語った。

ファノは、「メガギャラリーは、自らのプログラムに追われてスケジュールがタイトなので、地元の関係者と深く交流することが難しいのです」と説明。そして、ガゴシアンが5月のローマ・ギャラリー・ウィークエンドの組織委員会に加わったことについて、「ローマの現代アートシーンの発展に対する関心が真剣なものである表れです」と付け加えた。

ミラノのポテンシャルと市場の構造的問題

ロパックのイタリア進出を取り巻く状況は、ガゴシアンの頃よりずっと厳しい。2025年上半期の世界的な美術品売上高は前年同期比6%減で、2024年通年の売上高も2023年の12%減だった。それに加え、今夏に相次いだギャラリーの閉鎖、フェアの中止、訴訟問題は、市場の低迷を如実に示している。

そんな中、ロパックの新ギャラリーのオープニングを飾るゲオルク・バゼリッツルーチョ・フォンタナ2人展「L'aurora viene(夜明けがやってくる)」には、ミラノを拠点とするルーチョ・フォンタナ財団が作品を4点貸し出している。オープニングパーティの数日前に、1987年にミラノでギャラリーを設立し、この地の現代アートシーン形成に貢献してきた地元ディーラーのマッシモ・デ・カルロに電話で取材すると、彼はこう言った。

「今では、新しいギャラリーがオープンするたびにアートシーンが震え上がることはありません。ロパックは重要なギャラリーであり進出は歓迎すべきことですが、ミラノの状況を大きく変えることはないでしょう」

デ・カルロによると、イタリアのアート市場は、依然として官僚主義や複雑な税制、市場の脆弱性といった問題を抱えている。そのためギャラリーは、アーティストをサポートするのと同じくらいの時間を事務処理に費やしているという。

「イタリアには素晴らしいアーティストがいるにもかかわらず、彼らを取り巻くシステムは資金が不足していたり、煩雑になりすぎたりしています。ただ、付加価値税の引き下げは良い兆候です。コレクターがそれによって、もうちょっと冒険しようという気になるかどうかを見守っていきたいと思います」

ロパック・ミラノのエグゼクティブディレクターで、以前はレヴィ・ゴルヴィ・ダヤンでシニアディレクターを務めていたエレナ・ボナンノ・ディ・リングアグロッサも、付加価値税の引き下げは地元のアート市場に大きなインパクトを与えると考えている。9月20日のオープニングで会った彼女は、ギャラリーの中庭に設置されたバゼリッツの巨大な彫刻《Cowboy(カウボーイ)》の隣でこう語った。

「状況は劇的に変わるでしょう。ヨーロッパで最高水準の付加価値税が課されていたものが、今は最も低い5%になりました。フランスは5.5%ですから差はわずかですが、コレクターは0.5%でも低い方を追い求めるものなのです。本当ですよ」

イタリアでアートを売ることの難しさについて尋ねると、ディ・リングアグロッサはキッパリと、「なぜ難しいと考えるのですか? 難しさなどありません」と答えた。しかし、その口元には苦笑いが浮かんでいた。

リーマン・モーピンの共同経営者であるジェシカ・クレップスは、2024年のヴェネチア・ビエンナーレの期間中、ミラノで期間限定のギャラリーを運営した経験がある。クレップスはUS版ARTnewsのメール取材に、付加価値税の引き下げは長らく待たれていたが、イタリアには以前から「高級品市場を自然と惹きつける税制の有利さがあった」と回答。さらに、ミラノには「まだそれほど開拓されていない」コレクターの強力な基盤があるとの見方を示している。

「ミラノは、ブレグジットなど複数の要因で経済が急成長しています。それがアート業界にも波及しているのが見て取れますし、特にラグジュアリー部門にとってはビジネスが非常にやりやすい環境です。その可能性は計り知れません!」

ロパックが優れた直感の持ち主であることは確かだ。彼をはじめとするアート関係者が期待するように、ミラノがアート界のサクセスストーリーとなるかは、いずれ明らかになるだろう。(翻訳:清水玲奈)

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