ジェンダーや児童労働などの社会課題に切り込め! フリーズスカルプチャーの注目作品5選
フリーズ・スカルプチャーが、9月14日から11月13日までロンドンのリージェンツ・パークで開催中だ。10年連続でこの野外彫刻展のキュレーションを務めるのは、ヨークシャー彫刻公園のディレクター、クレア・リリー。その展示作品からARTnewsが選んだベスト5を紹介する。
今年のフリーズ・スカルプチャーには、10カ国から19人のアーティストが集まった。キュレーターのリリーは、男性作家中心の公共彫刻の分野で、女性やノンバイナリー(自身の性自認や性表現を男女二元論に当てはめない)アーティストに力を入れた構成を実現している(比率は完全にではないものの、ほぼ半々)。
思索的な雰囲気に包まれたリージェンツ・パークの会場には多様なテーマの作品が並ぶが、不条理と詩的な要素が混在するテキストを用いた作品が目に付く。たとえば、静謐さと深遠さをたたえた《SPACE MIRRORS MIND(宇宙は心を映す)》(2022)は、ジョン・ジョルノの初公開作品で、タイトルを構成する3つの単語が氷河期の花崗岩の大きな塊に刻まれている。
また、風景の中のモニュメントという、伝統的な彫刻の概念に沿った大規模な作品も多い。コルテン鋼で作られた曲線の造形がすばらしいビバリー・ペッパーの《Curvae in Curvae(曲線の中の曲線)》(2013-18)や、金色に塗られたはしごが童話のジャックと豆の木のように空に向かって伸び、弧を描くN・S・ハルシャの《Desired for – Arrived at(望み、到達する)》(2021)の2作品は、その好例だ。
マシュー・ダービシャーの彫刻《Hercules Meets Galatea(ヘラクレスとガラテイアの出会い)》(2022)のように、神話や民間伝承をテーマにしたものもある。この作品では、広く知られた古典の登場人物の描写に現代的なひねりが加えられている。男性的強者であるヘラクレスはいくつもの層が重なってできており、輪郭はギザギザで不安定な印象だ(実際、ブロンズに鋳造する前は発泡スチロールで型が作られた)。一方、なめらかな肌の海のニンフ、ガラテイアは毅然とした姿で座り、ヘラクレスに向かい合っている。
彫刻と触れ合うことも、誰もが楽しめるこの展覧会のもう1つの要素だ。たとえば、ロン・アラッドの遊び心あふれるブロンズ彫刻《Dubito Ergo Cogito(疑わしいがゆえに考える)》(2022)は、ロダンの《考える人》が立ち上がった後をイメージしたもので、台座に尻と足の跡が残っている。訪れた人はその場所に座り、人生の意味について思いを巡らせることもできれば、ただ世の中が移り行くのを眺めることもできるというわけだ。
では、フリーズ・スカルプチャーのベスト5を紹介しよう。
1.エマ・ハート《Big Time(ビッグ・タイム)》(2022)
吹き出しやメガホンなどを擬人化した大胆な陶器彫刻で知られるハートは、顔のある色鮮やかな日時計を5点制作。グレーの直方体の台座に置かれた顔は、半分に割った球体の中心に尖った三角形のマンガ的な鼻がついており、鼻の影で時刻がわかるようになっている。とてもシンプルな造形だが、それぞれの顔つきからは豊かな個性があふれ、瞬時に感情が伝わってくる。
オレンジ、赤、黄色のストライプが扇状に広がる中で白い歯を見せた口が笑っている《My Time(私の時間)》はとても満足そうに見えるが、緑と青に色分けされた寄り目の《Borrowed Time(わずかな時間)》は不安に満ちている。ハートが提示した5つの顔は、私たちの時間の使い方に対する不満や喜びを表しているのだ。こうした絵文字的な表現ほどシンプルな伝達手段はないだろう。
2.ペジュ・アラティス《Sim and the Yellow Glass Birds(シムと黄色いガラスの鳥)》(2022)
架空の少女、9歳のシムは、ナイジェリアのラゴスで使用人として辛い毎日を送っている。シムの空想世界へと続く入り口を窓のようなフレームで表現しているのは、アラティスの魅力的な彫刻だ。詩人、建築家ででもあるアラティスは、2017年のヴェネチア・ビエンナーレにナイジェリア代表として初参加した3人のアーティストのうちの1人。ヴェネチアで彼女は、家政婦の少女を描いた処女作の小説をもとに、彫刻のインスタレーション《Flying Girls(飛ぶ少女たち)》を展示している。
フリーズ・スカルプチャーのために制作されたこの作品も児童労働をテーマとしたもので、ナイジェリアのヨルバ神話を参照した説明文が4つのフレームに刻まれている(4つのフレームのうち3つは光沢のあるスチールで、1つは黄色に塗られている)。黄色いフレームには翼のある2人の少女が向かい合って座り、フレーム上部の角は蝶や鳥たちが飛び交うツタの中に溶けこんでいるように見える。側面には「バナナ型の」月が、「月の尾の部分に座るよう少女たちを手招きしている」という文が記されている。
3. ロ・ロバートソン《Drench(びしょ濡れ)》(2022)
5つの溶接彫刻で構成されたこの作品は、それぞれ異なる色調の青と白で部分的に塗装されている。泡立つ波のように芝生からさまざまな角度で立ち上がり、まるでターコイズブルーの水たまりへと戻っていくようだ。風景や空を背景にした多様な形は、周囲の環境に溶け込み、そこから流れ出すような印象を与える。コーンウォールを拠点とするロバートソンは、クィアボディの領域で探求を続けている作家だ。この作品は、形を変えていく不思議なフォルムによって、人物と風景、男性と女性、単数と複数、固体と液体といった単純な二項対立への抵抗を表している。
4. ジョン・ウッド、ポール・ハリソン《10 signs for a park(公園のための10枚の標識)》(2022)
ウッドとハリソンは、ベケット風の風刺が効いた10枚の標識を展示。一見すると公共標識のようでありながら、「あなたはこれらの言葉を読んでいます」「日光」「目を向けるべきもの」といった不条理なメッセージを示すことで、公共標識の重々しい支配者性を覆している。2人は1993年から共同制作をしており、ダダやミニマリズム、パフォーマンスアートの分野で先人が残した遺産を活用し、綿密に振り付けられたコミカルなパフォーマンスビデオを制作することで知られている。今回の作品は、陳腐な指示や情報で我われの生活を秩序づけている標識が世の中にあふれていること、そしてその目的について深く考えさせるものだ。
5.パブロ・レイノソ《Speaker’s Corner(スピーカーズ・コーナー)》(2022)
レイノソ作の黒くペイントされた5つのスチール製の彫刻は、椅子と木が合体しているように見える。椅子の背もたれ部分が上に長く伸びて波うち、その先が枝分かれしているのだ。レイノソはアルゼンチン系フランス人の工業デザイナーで、ベンチの端から伸びた細長い板をひねって回転させ、一風変わったループやもつれを生み出す「スパゲッティ・ベンチ」で知られている。今回の《Speaker’s Corner(スピーカーズ・コーナー)》というタイトルは、ロンドンのハイド・パークの一角にある、誰もが自由に発言できる場所のこと。人々が集って志の高い、あるいは気まぐれな議論を交わす様子を連想させる作品だ。(翻訳:岩本恵美)
*US版ARTnewsの元記事はこちら。