「分断の時代」に芸術の力を信じる──ピーター・ドイグら2025年「高松宮殿下記念世界文化賞」受賞作家がスピーチ
世界の優れた芸術家に贈られる高松宮殿下記念世界文化賞(公益財団法人 日本美術協会主催)の第36回受賞者合同記者会見・授賞式が10月21日に東京・港区のオークラ東京で開催された。

高松宮殿下記念世界文化賞は、公益財団法人 日本美術協会が1988年に設立。絵画、彫刻、建築、音楽、演劇・映像の各分野で、世界的に顕著な業績をあげた芸術家に毎年授与してきた。第36回となる今年は、絵画部門にピーター・ドイグ、彫刻部門にマリーナ・アブラモヴィッチ、建築部門にエドゥアルド・ソウト・デ・モウラら5部門で5人が選ばれた。
10月21日、東京・港区のオークラ東京で開催された第36回受賞者合同記者会見・授賞式には、各受賞者のほか、主催者や審査にあたった各国の顧問ら12人が登壇。紛争や分断が続く現在において「芸術」が果たす役割についてのコメントが相次いだ。
最初に、主催の日本美術協会を代表して、評議員の熊坂隆光が挨拶した。同賞の受賞者は今回で36の国と地域で185人を数えると説明し、「分断と対立で混迷する今、世界を芸術文化で結ぶ架け橋として貢献したい」と語った。
そして、同賞の国際顧問であり、アメリカ合衆国元国務長官のヒラリー・ロダム・クリントンも、世界は分断と戦いの渦中にあると強調。その中でさらに芸術の重要性が増しているとし、「受賞者の活動は力強く、現在の出来事の前に挫けず、落胆せず、より良い未来があると信じ続ける力を私たちに与えてくれました。ですので、私は彼ら一人ひとりに感謝します。彼らが成し遂げた仕事に、この賞によって称えられる仕事に、そして世界中の芸術家たちに」と締めくくった。同賞の名誉顧問でニューヨーク近代美術館(MoMA)の終身理事、デイヴィッド・ロックフェラー・ジュニアも、アメリカの詩人アーチボルド・マクリーシュの「戦争は人の心の中で始まる。平和への防衛もまた人の心の中で築かれねばならない」という言葉を引用し、それがまさに芸術が果たしうる役割だと語った。
受賞作家によるスピーチでは、絵画部門を受賞したピーター・ドイグは自身の創作と日本との関係について触れながら、以下のように話した。
「屏風絵や版画から映画、写真に至るまで、日本の芸術は、その国境をはるかに超えて芸術家たちにインスピレーションを与えてきました。19世紀後半の西洋の画家たちは、日本人作家の目を通して新たな光と空間を発見しました。その影響は、私自身を含め、現在も多くの人々に波及しています。例えば、私にとって大切な映画、小津安二郎の『東京物語』(1953)は、静寂に意味を見い出し、人の繋がりの感覚を教えてくれました。それが、説明を必要とせずに絵を見るだけで感じられるという、私独自のアプローチを形作ったのです。
芸術は美しさを探求するためだけでなく、世界をありのままに受け止め、反省するのを助けるためにも不可欠なものであると信じています。現在の不正義や暴力に直面する世の中では、証人となり、応答し、私たちに共通する人間性を思い起こさせる方法を提供してくれます。表現を通して社会を明確に見つめ、深く思いやり、行動を促すことが、芸術の永続的な力なのです」
彫刻部門に選ばれたマリーナ・アブラモヴィッチは、自らの身体を用いたパフォーマンス作品で知られているが、現在79歳。記者会見の冒頭で上映されたインタビューVTRでは「とても元気です」とアピールした。そして記者会見では、自身の作品について次のように語った。
「私のパレットには、沈黙という色があります。他の色には、愛、時間、痛み、信頼、恐怖があります。どれほど原始的であろうと先進的であろうと、これらの色で作られた芸術が存在しない国は世界にありません。
私は、アマゾンの部族を訪れ、オーストラリアの砂漠でアボリジニと共に暮らし、万里の長城を歩き、ヨーロッパ、ロンドン、パリ、ベルリン、あるいは日本にいることで、魂のエスペラント語が確かに存在することを学びました。ですので、私の作品にはしばしば言語が無いのです。
私は芸術を生み出しますが、時には芸術が私の人生にエネルギーを与え、それが三次元のビジョンのように私の前に現れることがあります。それがどのような形で現れようとも、私は常に自分自身に『これを恐れているのか、それとも好きなのか?』と問いかけます。もし好きであれば、興味がありません。私が興味があるのは、私を深くかき乱し、恐れさせ、実現するのが難しいアイデアだけです。自分を恐れさせるアイデアを実行する時、常に失敗のリスクが伴います。しかし失敗は、最も重要な経験の一つだと思っています。新しい領域に踏み込まず、決して失敗しないなら、私たちはただ自分自身を繰り返しているだけで、進化には繋がりません。
初期の頃、私は自分の作品の中心であり、観客は座って見ていました。ですが今、私は観客に溶け込んでいます。観客は私の鏡であり、私は彼らの鏡です。芸術の機能とは、異なる社会的背景、宗教、信念、人種の人々を橋渡しすることだと信じています。それは物理的世界と精神的世界の間の、あるいは単に今日ここで行われているような人間同士の間の、開かれたコミュニケーションラインなのです」
建築部門のエドゥアルド・ソウト・デ・モウラは、自身の建築家としてのキャリアを以下のように振り返った。
「1975年以来、私は建築家として活動を続けてきましたが、浮き沈みがありました。その中で、建築家を諦めて、別の職業に就こうと考えたことがあります。ある日、その思いを彫刻家のドナルド・ジャッドに打ち明けたら、驚いたことに、『私も同じだ』と答えたのです。
建築家の仕事は孤独でもあります。さらに現在においては、予算がいくらか、都市計画の規則があるか、それは持続可能か、どんなクライアントの要望があるかなど要素が複雑化し、困難が増しています。ですがこれらの困難は私を考えさせ、永続的な建築を作り上げるという目的を達成させるのです」
高松宮殿下記念世界文化賞は、10月22日に明治記念館で受賞式典を開催する。