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  • 2022.11.04

カニエ・ウェストを擁護? 沈黙するアート界の大物たち

Ye(イェ)ことカニエ・ウェストは以前から人種差別的な言動で数々の騒ぎを起こしてきたが、最近また反ユダヤ主義的なツイートが炎上。契約企業から次々と絶縁を宣言され、四面楚歌状態に陥っている。しかし、なぜかこれまで関係のあるアーティストからは批判の声が聞こえてこない。

村上隆と自撮りするカニエ・ウェスト Patrick McMullan via Getty Images

ほんの数年前まで、カニエ・ウェストのそばには常にアーティストがいるイメージがあった。2019年だけでも、アリゾナ州の砂漠にあるジェームズ・タレルの巨大作品《ローデン・クレーター》でゴスペルイベント「サンデー・サービス(日曜礼拝)」を撮影し、パフォーマンスアーティストのヴァネッサ・ビークロフトとのコラボで、新バビロニア王ネブカドネザル2世をテーマにしたオペラを上演。

続く20年には、映像作家のアーサー・ジャファが「Wash Us in the Blood(ウォッシュ・アス・イン・ザ・ブラッド)」のミュージックビデオを制作している。しかし今、状況は一変してしまった。

これまでも「奴隷になるのは自由選択だった」と発言したり、保守系候補として米大統領選に立候補して落選したり、新型コロナウイルスのワクチン接種に反対するなど、ウェストは繰り返し物議を醸してきた。そしてこの10月、とどめになったのが、ユダヤ人に対して「デスコン3」(*1)を行うというツイートだった。


*1 「デスコン」は、戦争への準備体制を5段階に分けた米国防総省の規定を指す「デフコン」と「デス」(死)を組み合わせた造語と見られる。

これを受けて、アディダスバレンシアガ、ギャップ、フットロッカー、クリエイティブ・アーティスツ・エージェンシーなどが10月末までにウェストとの契約を解消。一方、過去にウェストと仕事をしたことのあるアーティストは、ほとんど沈黙したままだ。

オペラでウェストとコラボしたヴァネッサ・ビークロフトに、新たな反ユダヤ主義的発言についてメールで問い合わせたところ、すぐに「イェに確認させてください」と返信があった。しかし、その後連絡は途絶えている。ジャファとタレルの代理人にもコメントを求めたが、こちらも反応がない。

一方、10年に大ヒットしたウェストのアルバム「My Beautiful Dark Twisted Fantasy(マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー)」のジャケットを飾る絵を描いたジョージ・コンドは、ウェストの名前を出さずに短い声明を出した。「反ユダヤ的なコメントや、深い苦しみを体験してきたコミュニティにさらなる痛みや苦痛を与えるようなヘイトスピーチを、私は断固として許さない」

ジョージ・コンドは、「My Beautiful Dark Twisted Fantasy(マイ・ビューティフル・ダーク・ツイスト・ファンタジー)」(2020)のジャケット用にアートワークを複数制作している Courtesy Def Jam

「自分をダ・ヴィンチだと言うつもりはないが……」

大統領選出馬の失敗、反ユダヤ的発言などの問題が起きる前の2015年、ウェストは自分自身を美術史上の偉人の1人になぞらえる発言をした。「私を嫌うみなさん、私は自分がダ・ヴィンチだと言うわけではないが、どんな人間でも自分を何かと比較するのは正しいことだと思う」と。

ウェストは本当にレオナルドに匹敵する天才なのだろうか? 確かに、才能があるのは間違いない。21年に音楽メディア、ピッチフォークの読者投票で「My Beautiful Dark Twisted Fantasy」が過去25年間のベストアルバム第3位に選ばれた。また、ローリングストーン誌の2000年代ベスト100曲には、ウェストの作品が4曲入っている。

しかし、彼のダ・ヴィンチへのこだわりは、単なる自己愛を明らかに超えていた。自分は音楽のジャンルを完全に超越した真のアーティストであり、自分の作り出すサウンドが《モナリザ》に匹敵することを示そうとしたのだ。そして、ウェストがツイートした「お気に入り」の画像は、タッシェンが発行したダ・ヴィンチに関する超大型本、グッゲンハイム美術館で行われたジェームズ・タレルの回顧展の図録、マシュー・バーニーエリザベス・ペイトンの作品集といった美術書籍で、音楽に関するものではなかった。

実際、ウェストはこれまでずっと身の回りをアートで埋め尽くしてきた。たとえば、数多いヒットアルバムの1枚、「Graduation(グラデュエーション)」(2007)のカバーアートは村上隆が制作し、「All Day/ I Feel Like That(オール・デー/アイ・フィール・ライク・ザット)」(2016)のミュージックビデオは映像作家のスティーヴ・マックィーンが手がけている。

ヴァネッサ・ビークロフトは、アルバム「The Life of Pablo(ザ・ライフ・オブ・パブロ)」(2016)の完成前の曲が流れる中、無表情のモデルたちが立ち尽くすビデオをはじめ、何度もウェストと仕事をしている。さらに、KAWSも「808s & Heartbreak(808s & ハートブレイク)」(2008)のデラックス版のカバーアートをデザインした。

時にはウェストがアート作品を購入することもある。21年には、ダミアン・ハーストのホルマリン漬けの白いハトの作品を100万ポンドで手に入れたと報じられている。

ウェストとアディダスとのコラボスニーカー「Yeezy Season 3(イージー・シーズン3)」のショーにもヴァネッサ・ビークロフトが協力 Kevin Mazur/Getty Images

アーティストを自らのイメージ戦略に取り入れているのはウェストだけではない。たとえば、ラッパーのジェイ・Zは「Picasso Baby(ピカソ・ベイビー)」の新曲発表でライブ・パフォーマンスを行ったが、そのときマリーナ・アブラモヴィッチが共演している。とはいえ、ウェストは、異様とも言えるほどアートとのつながりを誇示していた。

評論家も、ウェストのこうした売り込み方をそのまま受け入れることが多かった。ピューリッツァー賞を受賞している美術評論家ジェリー・サルツは、「Bound 2(バウンド2)」(2013)のミュージックビデオの記事で、「1993年のホイットニー・ビエンナーレにロドニー・キングのビデオが展示されたように、『Bound 2』は文化の本質の変容を示す作品として次のビエンナーレに展示されるべきだ」と書いている。さらに、このビデオに登場したキム・カーダシアンの「乳首のない乳房」を、シュルレアリスムの女性作家、メレット・オッペンハイムの彫刻に例えていた。

サルツの結論はこうだ。「ウェストは、アートとそれを取り巻くあらゆるものが融合し、アートに関する話題がSNSで拡散し、多くの人々が生活にアートを取り入れたいと思うようになった現象の一因だ。その理由はともかく」

カニエ・ウェストと映像作家のスティーヴ・マックィーン Getty Images for DCP

身辺を仲間で固める

アーティストたちも、少しでもウェストと関わりを持ちたいと望んでいるかのように見えた。2010年代半ばには、なかなか近づきになれないような大物アーティストがウェストの周りに集まるようになる。

《ローデン・クレーター》を制作したジェームズ・タレルは、あまり人前に姿を見せない作家だが、マサチューセッツ現代美術館(MASS MoCA)をウェストとともに訪れ、展示されている自分の作品を案内したことがある。MASS MoCAの公式アカウントのツイートには、濃いピンクの光が無限に広がるようなインスタレーションの展示室にウェストとタレルが立っている粗い画像の写真が投稿された。ウェストはタレルに、「やっと連れてきてくれたね」と言ったという。

ウェストとの関係が深いビークロフトは、ジェフリー・ダイチラリー・ガゴシアンと組んで展覧会を開いていたが、13年にウェストとのコラボレーションを始めるとアート界に姿を見せなくなった。16年にウェストがキム・カーダシアンと結婚したとき、式に使うセットのデザインを任されたのはビークロフトだった。

また、最近公開された4時間半のドキュメンタリー映画「jeen-yuhs: A Kanye Trilogy(ジーン・ユース:カニエ3部作)」には、大勢の有名アーティストがカメオ出演している。たとえば、ウェストがキット・クーディとの共同制作で「Kids See Ghosts(キッズ・シー・ゴースツ)」(2018)をレコーディングする場面に登場する村上隆は、その後このアルバムのカバーアートを制作した。

アート業界人とたむろしている写真も無数にある。私のお気に入りを挙げるなら、シアスター・ゲイツ、ヴァージル・アブローとのスリーショットだ。しかし、こうしたアーティストたちは、ウェストとの関係によって何を得たのだろうか。また、ウェストを批判する声がほとんど聞かれないのはなぜなのだろう。

今後ウェストとのプロジェクトを予定しているアーティストはいないようだが、アート以外の業種の関係者と同様、誰も積極的にウェストを批判しようとしていないことも事実だ。ひょっとしたら、アーティストたちは評判を落としたくない、特に口火を切る役になりたくないだけなのかもしれない。しかし、こうした作家たちがウェストと結んだ関係があまりに深いために、簡単には切り離せないという可能性もある。

少なくともビークロフトの場合、ウェストとは人格が融合しているとさえオープンに語っている。16年にザ・カット誌の特集で、ビークロフトは「ヨーロッパ系白人女性としてのヴァネッサ・ビークロフトがいる。同時に、アフリカ系アメリカ人男性であるカニエとしてのヴァネッサ・ビークロフトもいる」と発言したのだ。これは、特集のためのインタビューに散見される明らかな人種差別的発言の1つで、各方面からの反発を招いた。しかし、ビークロフトとウェストはその後もコラボを続けている。

アーティストたちはウェストの仲間で、仲間は仲間を守るものだ。このことは、ウェストの「Wolves(オオカミたち)」(2016)の歌詞を思い起こさせる。自分自身の悪行を赤裸々に認める内容を、ウェストはこう歌っている。「おれはワイルドすぎた。おれはワイルドすぎた/そして今おまえを必要としている」

アーサー・ジャファが監督した「Wash Us in the Blood(ウォッシュ・アス・イン・ザ・ブラッド)」のミュージックビデオより(2020)

セレブの危機

ウェストと一緒に仕事をしてきたアーティストたちは、ウェストの反ユダヤ主義について何か言うべきだろう。ウェストと関わることで利益を得てきたのだから、彼の最近の言動に向き合わなければならない。しかし、ウェスト自身のことではなく、ウェストや彼の音楽を連想させるアートについては、どう考えればよいのだろうか。この質問の答えは簡単に出せるものではなさそうだ。

ウェストに関連するアート作品の中で最も注目すべきなのは、映像作家のアーサー・ジャファが2016年に発表したビデオ作品《Love Is the Message, The Message Is Death(愛はメッセージ、メッセージは死)》だ。ARTnewsはこれを2010年代のベストアートワークに選んでいる。アメリカの黒人の生と死を直視しながら熟考する作品で、サウンドトラックとしてウェストの曲「Ultralight Beam(ウルトラライト・ビーム)」が使われている。

ジャファは当初、この曲を使用する許可を得ていなかったと語っている。しかし、スケールの大きなウェストの曲によって、《Love Is the Message, The Message Is Death》が荘厳さを増しているのは確かだ。ウェストは、ジャファが送った完成品のビデオを気に入ったとみえて、彼をレコーディングの現場に招いたという。ジャファが「Wash Us in the Blood(ウォッシュ・アス・イン・ザ・ブラッド)」のミュージックビデオを制作したのは、その2年後のことだ。

つまり、もともとウェストが許可さえしていなかったものが、ウェストの軌道に吸い込まれたというわけだ。ビデオは彼を批評するものではなかった。そもそもウェストについての作品ではないのだから、その必要はなかったのだ。それでも、《Love Is the Message, The Message Is Death》をきっかけに、ジャファとウェストのコラボが続くことになる。ウェストのことを描いていないながらも、彼の自尊心をくすぐる何かが含まれていたのだろうか。

ウェストの言動には、意図的にはぐらかしたり混乱させたりするものが多いので推測には限界がある。それでも明らかなのは、ウェストとの関係は、今後厳しい目で見られるだろうということだ。その中には、ジャファをはじめとする多くの愛すべきアーティストも含まれる。

アーティストたちは、政治的に問題のある人物が優れた芸術を生み出すという古くからの問題に直面している。この点について、明快な答えは存在しない。かつてのウェストのコラボレーターたちが沈黙を守っている最大の理由は、ここにあるのかもしれない。天才という概念、すなわち、傑作を生み出す才能にかけては異論のない究極の芸術家を、天才によって作り出される美術史から切り離すことは難しいのだ。

こうした考えは、ジャファ自身にもありそうだ。彼は音楽評論家のような仰々しい言葉で「Ultralight Beam(ウルトラライト・ビーム)」について語り、17年のアート評論家のアントワン・サージェントとの対談では、「およそ100年ぶりにゴスペル音楽にもたらされた本格的な進化」と表現している。

このときジャファは、ウェストの政治思想に関して世間の認識が広がっていることを暗に示しているようだった。実際、対談が発表される約1カ月前、ウェストはドナルド・トランプと会っている。ジャファはこう語った。「確かにカニエは天才だが、天才を自称することが少しばかり多すぎるところが嫌われるのだろう」(翻訳:清水玲奈)

*from ARTnews

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