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3億円超のスニーカーのゆくえ──カニエ騒動を受け、クリスティーズのスニーカー部門に暗雲

クリスティーズが若い世代へのアピールとして立ち上げた、スニーカーを扱う「Department X」部門が、スタート早々困難を強いられている。原因は、カニエ・ウェストの差別発言にあるようだ。

高額で落札されることが予想されていたナイキとカニエ・ウェストのコラボ商品「Nike Air Yeezy 1 Prototype」。 COURTESY SOTHEBY'S

1カ月ほど前、サザビーズと並ぶ世界2大オークションハウスであるクリスティーズは、ミレニアル世代やZ世代の買い手へのアピールとして新部門を立ち上げた。彼らの可処分所得に着目し、 ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)ナイキ(NIKE)がコラボしたエアフォース1のような、入手困難なスニーカーを取り扱うことにしたのだ。しかし、「Department X」と名付けられたこの部門は、立ち上げ早々に苦難を強いられている。

ローンチイベントとして予定されていた「Nike Air Yeezy 1 Prototype」のプライベートセールが中止されたのだ。

「Ye Walks」と題されたこのイベントは、現在はYe(イェ)に改名しているカニエ・ウェストによる一連の反ユダヤ主義的な発言をきっかけに中止に追い込まれた。彼の人種差別的発言が取り沙汰されるや否や、ファッション業界から非難が噴出。バレンシアガ(BALENCIAGA)アディダス(ADIDAS)、ギャップ(GAP)などのブランドが相次いで彼との契約を打ち切った。

一方、ファッション業界と同様にカニエと距離の近かったアート界は、彼の発言に対して特に対応してこなかったが、少なくともクリスティーズのウェブサイトからはカニエに関する言及がほぼすべて削除されている。Department Xのインスタグラムのアカウントも、現在はオフライン。クリスティーズ側は販売中止を公式に認め、「この製品は現在、一切販売されておらず、今後の販売予定もありません」と述べている。

出品される予定だった2足のうちの1足は、カニエが2008年のグラミー賞で履いていたもの。2021年にサザビーズに出品された際には、180万ドル(約2億6千万円)で投資プラットフォーム「Rares」に落札されていた。クリスティーズはこのスニーカーに、販売前の見積もりで250万ドルから350万ドル(約3億7千万円〜約5億1千万円)を付けていた。

Z世代をいかに惹きつけるのか

しかしクリスティーズの広報担当者はUS版ARTnewsに対し、同社はまだ、「Department Xを通じたスニーカープロジェクトを断念した訳ではない」と語っている。12月に予定されているスニーカーとコレクターズアイテムの販売とは別に、「この機会にdepartment Xのマーケティングを見直そうと考えている 」という。

指導したばかりのDepartment Xに暗雲が立ち込めたのは、今回が初めてではない。設立から2週間も経たない頃、クリスティーズはDepartment Xのキャンペーンの一環としてベルリンのストリートウェアブランド、High Snobiety(ハイスノバイエティ)とコラボレーションし、美術館やギャラリーの美術品担当者を指す「Art Handler(アートを扱う者)」 の文字がプリントされたグッズ──145ドル(約21,000円)のスウェットや、50ドル(約7,000円)のトートバッグなど──を発売した。しかしこれが、「Class Tourism(社会階級の高い人が、低い人々の習慣や作法、行動から興味本位で娯楽を得る行為を指す用語)」を助長する行為であり、一般には知られることのない低賃金で働くアート関係者を軽んじているなどとして、インターネット上で炎上。ある美術商は、自身のインスタグラムで「クリスティーズはArt Handlerを搾取している)」と書かれたパロディシャツを投稿したほどだ。

炎上のわずか数時間後、クリスティーズは今回のコラボレーションを紹介するインスタグラムの投稿とサイト上のページを削除し、翌日には、クリスティーズの上級幹部がスタッフの美術品担当者に直接謝罪。また、「私たちの同僚と、今回のキャンペーンで不快な思いをされたすべての方に心から謝罪します。私たちはこの問題を真剣に受け止め、このようなことが二度と起こらないよう適切な措置を取ります 」との声明を発表した。

現在クリスティーズは、コレクターズアイテムとストリートウェア分野での成功を目指し、Department Xの次なるパートナーを探している最中だ。しかし、その道のりは平坦ではない。ニューヨークタイムズ紙も書いたように、カニエとアディダスの大人気ブランド、YEEZY(イージー)がカニエの差別発言によって終了した今、スニーカー業界に未来はあるのか。事実、カニエに関する論争が始まって以来、StockXなどのスニーカー再販サイトでは、イージーのスニーカー価格が揺れ動いているという。

しかしある意味、StockXの戦略はまさにクリスティーズが望んでいるものとも言える。StockXはスニーカーのコレクター向け取引から、ストリートウェアから電子機器まで対象を広げ、若い世代に従来のオークションハウスやウォール街とは異なる投資や収集の楽しみを提供している。Department Xの存在の有無にかかわらず、クリスティーズがこの分野でどのように前進していくのか、今後も注視したい。

*from ARTnews

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