「アートを殺す政策」──作品所有への課税を打ち出した仏政府の税制案に、アート界が強い反発
アート作品の所有にまで課税するという税制案がフランスで浮上した。市場の縮小と文化への打撃を懸念し、アート・バーゼルをはじめとする主要団体が共同声明を発表した。
収入増を図るフランス政府の方針として、2026年度予算に新たなアート課税制度を導入する案が、2人の国会議員によって提案されている。これに対しフランスのアート界は強く反発、27団体が連名で声明を発表した。署名には、先ごろ第4回目となるアート・バーゼル・パリを開催したアートフェアの大手、アート・バーゼルや、オークションハウスのドルオー(Drouot)、美術家の著作権管理団体であるADAGP、毎年フランス人作家にマルセル・デュシャン賞を授与しているADIAF(Association for the International Diffusion of French Art)、そして、フランス画廊委員会のCPGA(Comité Professionel des Galeries d’Art)などが名を連ねている。
最新の「Art Basel & UBS Global Art Market Report」によると、フランスは世界第4位、EU全体の市場価値の半分以上(42億ドル=約6500億円)を占めるアート市場だ。声明によれば、この法案が成立した場合、フランスは主要アートマーケットとしては唯一の「作品を所有しているだけで富裕税が課される」国となる。そして、もしフランスのアートマーケットが縮小すれば、関連産業も含め最大5億7800万ユーロ(約1037億円)の税収損失につながる可能性があると指摘する。
アート・バーゼルの広報担当者はメールで、共同声明への署名は「2026年フランス予算法に追加された2つの修正案でアート作品を『課税対象の財』として扱う可能性に対し、ギャラリーやフランスのアート・エコシステムが抱く懸念に呼応するため」であると述べ、こう続けた。「われわれは、フランスの文化シーンへの積極的な参加者として、ギャラリーが持続的に活動できるよう支援を続けていきます」
今回の新制度を提案しているのは、中道派・民主運動(MoDem)のジャン=ポール・マテイ(Jean-Paul MatteÏ)議員と、共和党(Les Républicains)のフィリップ・ジュヴァン(Philippe Juvin)議員だ。
クリスティーズ・フランス社長のセシル・ヴェルディエ(Cécile Verdier)は、US版ARTnewsの電話取材に対し、「実際のところ、『アートを所有している者』であるという事実に対して、どう課税するつもりなのでしょうか?」と疑問を呈した。
「売買時に課税することはできますが、所有する作品が最近買ったもの、あるいは最近売却したものでない場合、どう課税するのでしょう。家を訪問して、アートを所有している事実を確認するのでしょうか。所有者は作品を申告しなければならなくなります」
さらに彼女はこう指摘する。
「アートを申告したくない人が増えれば、売買を控え、家族内での継承に切り替えてしまうでしょう。また、美術館への貸し出しも止まるはずです。作品を公に見せたり、作品と所有者を紐づけることを避けようとするからです」
声明では、政府はこの規制によって「貯蓄を生産的投資へ導き、租税回避を防止する」狙いがあるとしているが、アート業界は「利権を求める産業でも、利権を乱用する産業でもない」ため、不当に標的にされてしまうと指摘している。
パリを拠点とするアートアドバイザー、ヘイリー・ウィドリグ(Hailey Widrig)はUS版ARTnewsの電話取材で、現在のフランス政治は党派間の勢力争いで「上下が逆転しているような状況」だと指摘。彼女は、「こちらでは毎週のように政権が変わるような感覚」であると述べ、「春以降ずっと混乱が続いている」と語った。
彼女は、この新しい税制の最大の問題は他のEU諸国との整合性を欠く点にあり、フランス国内の買い手と売り手が競合市場に対して不利になることだという。また、ガイドラインでは作品価値の査定が必要とされているが、「アメリカの内国歳入庁(IRS)のような査定機関がフランスには存在しないため、誰がその評価を行うのか不透明」とも述べた。
また、パリのディーラー、カメル・メヌール(Kamel Mennour)は、この案がアート・バーゼル・パリ成功直後に出されたことから、「冷や水を浴びせられたようだ」と憤り、「こんな課税をすれば、コレクターは皆いなくなるでしょう。アートを殺す政策です」と非難した。
クリスティーズのヴェルディエによれば、政治家が同様の案を出すのは今回が初めてではない。1981年、フランソワ・ミッテラン政権下でも同様の提案が浮上したという。このことから、彼女は「こうした話は昔からあり、定期的に持ち上がるもの」としつつ、「ミッテランは文化の意味を本当によく理解していました。富裕層に税を負担させる確固たる信念を持っていましたが、それでもアートには触れなかったのです」と付け加えた。(翻訳:編集部)
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