オークション市場の回復加速への期待と懸念──クリスティーズ、サザビーズの大型セールをレポート

秋のオークションシーズンの幕開けを飾る大型セールが、クリスティーズとサザビーズで相次いで行われた。そこでは激しい入札合戦が繰り広げられ、驚異的な高額落札が出るなど、特にハイエンド市場での回復傾向が顕著だった。これらのオークション結果を、専門家はどう見ているのか。

11月18日夜のオークションで進行役を務めたサザビーズのオリバー・バーカー。Photo: Courtesy Sotheby's

11月17日の夜、ニューヨーククリティーズで行われた20世紀/21世紀イブニングセールは、総額6億9000万ドル(最近の為替レートで約1076億円、以下同)の売り上げを記録。予想最高額の7億3150万ドル(約1141億円)には届かなかったが、それでもこの2年続いた不振からすれば上々の結果だった(落札額は特に断りのない限り全て手数料込み)。

18日夜にサザビーズで開催された2つのオークション、「ザ・ナウ&コンテンポラリー」と故レナード・A・ローダー(エスティ・ローダー創業者)所蔵作品のイブニングセールも、ハイエンドの高価格作品に対する需要が回復しつつあることを確信させるものだった。2つを合わせた落札総額は7億600万ドル(約1101億円)で、事前予想の6億8070万ドル(約1062億円)を大きく上回っている。この結果を受け、サザビーズのヨーロッパ・チェアマンであるヘレナ・ニューマンは、「ブロイヤー・ビルディングで新たな歴史が作られた」(*1)と胸を張った。確かに、そう自負するだけの数字であるのは間違いない。

*1 サザビーズは11月初め、新しい本拠地となるマルセル・ブロイヤー設計の名建築、ブロイヤー・ビルディングに移転したばかり。

クリスティーズで17日のオークションに出品された79ロットの落札額合計は、昨年11月の同規模のオークション結果──72ロットで4億8600万ドル(約758億円)──の42%増となった。また、18日のサザビーズのセールでは68ロットで7億600万ドル(約1101億円)を売り上げたが、これは同じ68ロットで落札総額1億8610万ドル(290億円)だった5月のオークションの何と279%増だ。なお、昨年11月にサザビーズで行われたサイデル・ミラー・コレクションとモダンアートの2つのオークションには合計56ロットが出品され、結果は3億900万ドル(約482億円)だった。

美術品史上2位の超高額落札も

サザビーズのイブニングセールが総額7億600万ドルという目覚ましい結果を出す原動力となったのは、超高額落札となった数点の作品だ。特筆すべきは、ローダー・コレクションから出品されたグスタフ・クリムトの《エリザベート・レーデラーの肖像》(1914-16)で、美術品史上2位の落札額、20世紀以降の作品では最高額となる2億3640万ドル(約369億円)を記録。これを含めたクリムトの3作品の合計額は4億ドル(約624億円)に達した。ちなみに、2017年に史上最高額を樹立したレオナルド・ダ・ヴィンチの《サルバトール・ムンディ》は4億5030万ドル(約702億円)なので、2位との差は依然として大きい。

オークション会社では昔から、「良い作品はオークションで必ず高く売れる」と言われる。今回も専門家はこの言葉を繰り返していた。アート界のコメンテーターで、かつてUS版ARTnewsにも寄稿していたミュージシャンのジェフ・マギッドも、17日にインスタグラムでこんな投稿をしていた。

「このオークションウィーク後のアート市場についての大胆な予想。それは、すばらしいアートはオークションで高く売れるということだ」

しかし、より冷静な見方をする専門家もいる。たとえば、ファインアート・グループの創設者でアートアドバイザーのフィリップ・ホフマンは、US版ARTnewsの取材にこう答えている。

「関心は確かに戻ってきてはいますが、市場が急回復しているとは言えない状況です。現代アートを扱う新進ギャラリーではまだ十分な購買に結びついていませんし、低価格から中価格帯の作品を扱うギャラリーは依然として厳しい状況にあります」

それでもホフマンは、11月17日の週のオークションで活発だった2000万ドル(約31億円)以上の価格帯の落札は、5月のオークションでは見られなかったと指摘する。現在は有名作品に買い手が付く見込みが高まり、記録的な数字になる傾向も強まっていると話すホフマンはこう付け加えた。

「3年前のような高値のレベルには戻ってはいませんが、かなりの資金が動いています。顧客にはいつもこう言ってきました。買い時は『今』で、ローダー・コレクションのような有名作品なら売りにくいタイミングはない、と」

クリムトは、6人の電話入札者による20分間の競り合いの末に落札された。以前はサザビーズに所属し、現在はホフマンと同様、アートアドバイザー企業の一員であるパティ・ウォンは、入札額が2億ドルに達したところで脱落。最終的には2人の争いとなり、2億500万ドル(約320億円)で決着したとき、サザビーズのオーナーである億万長者のパトリック・ドラヒは、オークション会場の隅で満面の笑みを浮かべていた。

最終的にローダー・コレクションの売り上げは総額5億2750万ドル(約823億円)、「ナウ&コンテンポラリー」オークションは総額1億7850万ドル(約278億円)を達成。後者の最高落札額は、ジャン=ミシェル・バスキア作品の4830万ドル(約75億円)だった。また、フィンセント・ファン・ゴッホの《Le Semeur dans un champ de blé au soleil couchant(夕暮れの麦畑に種をまく人)》(1888)は1120万ドル(約17億5000万円)で、ペンとインク、鉛筆で紙に描かれたゴッホ作品の最高額を更新している。

一方で、物議を醸したマウリツィオ・カテランの純金のトイレ《アメリカ》(2016)は、入札がわずか1件という残念な結果に終わった。開始価格は素材である金の時価に相当する1210万ドル(約19億円)で、最初の入札者がそのままの金額で落札し、手数料を加えた最終価格でかろうじて金の時価を上回っている。オークション前にはサザビーズの新本社、ブロイヤー・ビルディングのトイレに設置されて話題を呼んだが、結果には結び付かなかったようだ。

落札したのは、珍妙なオブジェやオカルト現象などを集めた「奇妙なものの博物館チェーン(オッドティーズ・ミュージアム)」として知られるアメリカのリプリーズ・ビリーブ・イット・オア・ノット!(Ripley’s Believe It or Not!)だという。

回復基調の市場でコレクターの関心はモダンアートの名作へ

17日夜のクリスティーズのオークションでも、入札は非常に活発だった。マーク・ロスコの《No.31(イエロー・ストライプ)》(1958)には20件の入札があり、最終的な落札額は6220万ドル(約97億円)となっている。また、DIC川村記念美術館コレクションから出品され、約30件の入札があったアンリ・マティスの《Figure et bouquet (Tête ocre)(人物と花 [黄土色の顔] )》(1937)は、3230万ドル(約50億円)で落札。マルク・シャガールの《ダビデ王の夢》(1966)は32件の入札による競り合いの結果、予想最高落札価格の倍以上となる2650万ドル(約41億円)で決着している。

オークション終了後、クリスティーズのグローバル・プレジデント、アレックス・ロッターはUS版ARTnewsに対し、「これこそオークションのあるべき姿だと思いました。潮が満ちているのを感じます。複数のコレクションから出品されたことで深みのあるセールになりました」と語った。

また、クリスティーズの元グローバル・プレジデントで、ロンドンを拠点とするアートアドバイザー会社、アート・ピルッカネンの創設者であるユッシ・ピルッカネンは、この週のオークション結果は「1000万ドル(約15億6000万円)以上の質の高い作品が激しい入札合戦になったことで、ハイエンドの市場が再び軌道に乗った」とし、次のような見解を述べた。

ニューヨークのイブニングセールでは、10月のロンドンとパリで始まったクオリティ重視の流れが継続しました。市場には明らかに転換の兆しが見られ、その過程で変化が起きています。現代アートが依然苦戦する中、ニューヨークでの好成績が示すように、コレクターの関心はモダニズムの名作に向かっています。たとえば、クリムト、マティス、ロスコ、アグネス・マーティン、リチャード・ディーベンコーン、シャガール、モンドリアンモネピカソ、そしてバスキアなどです。一時は大絶賛されていたカテランの《アメリカ》への入札が1件だけだったことは、こうした市場動向を如実に物語っています。現代アートに対する度を越した投機買いの時代は終わりを告げたのでしょう」

アート・バーゼルとUBSによる調査レポートを毎年執筆している文化経済学者のクレア・マッキャンドリューもホフマンと同意見で、19日のUS版ARTnewsによる取材にこう答えている。

「適切な供給さえあれば、セカンダリー市場の好調な売上につながります。歴史的に見て確かな実績を残している比較的リスクの少ないアーティストの作品で、高品質で希少価値のある名作には、驚くほどの高額であってもコレクターは躊躇せずにお金を出すものです。需要面を見ると、2025年はこれまでにないほど多額の富を握る億万長者が増えているので、購買力不足という状況にはなりません」

大手オークションハウス、フィリップスの元副CEOで、美術品のコンプライアンス、決済、ロジスティクス管理のプラットフォームであるカウンターAを創設したアマンダ・ロ・イアコノは、18日のオークション結果を受け、「熱心な買い手は市場に残っています」としながらも、市場の健全性を評価するには、より広く状況を見ることが重要だと注意を促した。

「市場の構造的な圧力は変化しておらず、ハイエンドの結果がエコシステム全体を表す指標というわけでもありません。イブニングセールの売り上げは最も高い価格帯の動きを見せただけで、市場全体の状況を示しているわけではないのです。市場全体を読むにはデイセールの結果を見る必要がありますが、そこでは過去1年で最も高い販売率が示されました。つまり、購買意欲は十分な状況ですから、市場で適切な調整が行われれば、この勢いがさらに加速する余地はあるでしょう」(翻訳:清水玲奈)

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