熱狂なき回復──NADAとUntitled Artの初日が示した「新興・ミドルマーケットの再起」

好調だった11月のオークション終了後、市場の視線はマイアミへ注がれた。12月2日のVIPプレビューでスタートしたNADAとUntitled Artは、初日から熱狂とは言えないまでも堅調な売れ行きを見せ、回復基調を裏付けた。両フェアの初日をレポートする。

NADAマイアミに出展した、ニューヨークのギャラリー、Sargent’s Daughtersによる展示風景。Photo: Nicholas Knight
NADAマイアミに出展したニューヨークのギャラリー、Sargent’s Daughtersによる展示風景。Photo: Nicholas Knight

11月の大手オークションは予想をやや上回る総額22億ドル(約3421億円)という堅調な結果を残したが、市場関係者の多くが「真価を問う場」はマイアミにあると見ていた。

今週は、NADAとUntitled Artが例年通りアート・バーゼル・マイアミ・ビーチより1日早く開幕し、いずれも中価格帯、および、新進ギャラリーとアーティスト層を明確に取り込みにいく姿勢を見せた。両者とも、よりアクセスしやすい価格帯の「発見の余地」を保つ場であり、市場の健全性を測るうえで最も明確な指標とも言える。

両フェアのオープニングは人で溢れ、活気に満ちていた。売れ行きはかつての「昼までに完売」といった熱狂には至らないものの堅調に動き、好調だった11月のオークション後も、市場の回復兆候は健在であることを裏付けるものとなった。ただし、そのペースや規模は好景気時代とは異なる。

アートアドバイザーのアダム・グリーンは、US版ARTnewsの取材に「数年前の狂騒とは違いますが、今年前半よりずっと強い」と語る。10月のフリーズ・ロンドンアート・バーゼル・パリの好調を受け、市場の信頼感が徐々に戻ってきているという。

同じくアドバイザーのマリア・ブリトーも、「今日問い合わせた作品の多くはすでに売れていました。クライアントもプレビュー段階から積極的に購入しています」とコメント。ほか複数のコレクターも同調し、「両サテライトフェアのエネルギーは高い」と述べた。多くのギャラリーが早い時間帯に成約またはホールドが入ったと報告している。慎重な楽観ではあるが、確かな売買が起きている。

もっとも、来場者の多くはアメリカ人およびローカル中心で、ヨーロッパ勢は目に見えて少なく、アジアのバイヤーはほぼ不在だった。一方で、マイアミがアメリカおよび中南米コレクターの「セカンドホーム拠点」として定着してきたことにより、マイアミ・アートウィークは近年、新たなコレクターコミュニティの季節的な移動=マイグレーションのような性格を帯びはじめている。単発の巡礼型イベントではなく、拡張し続けるエコシステムをより持続的に支える環境が形成されつつあるということだ。

広義でのアートエコシステムを目指したUntitled

今年はとりわけ、会場の重心がビーチ側(Untitled Art)へ傾いた印象が強い。Untitled Artはより国際色が強く、コンセプチュアルな方向性を示し、これまでNADAの柱だった複数のギャラリーが今季はUntitledへ移動した。出展ギャラリー数は157と、2024年の171からわずかに減少したが、70都市以上から出展者を集める国際性は維持されている。

新エグゼクティブディレクターのクララ・アンドラーデのもと、Untitledは会場レイアウトを刷新。テーマ別セクターを視認しやすくし、単なるギャラリープラットフォームにとどまらない、より広いアートエコシステムとしての再設計を目指している。

NADAからUntitledへ移行したギャラリーのうち、Hair+Nails(ミネアポリス/ニューヨーク)は、エマ・バエトレズ(Emma Baetrez)の個展形式の展示(価格5000〜9000ドル、約70万〜140万円)が完売。スイベル・ギャラリー(トライベッカ)は、エドガー・オルライネタ(Edgar Orlaineta)の遊び心のあるコンポジションと、イオアナ・リミニウ(Ioanna Liminiou)の霞がかった質感を持つ合成的絵画(2000〜1万8000ドル、約31万〜280万円)を組み合わせて展示し、ブース内作品および在庫を含めほぼ完売となった(同ギャラリーは12月にリミニウのアメリカ初個展を開催予定だ)。

さらに、Miro Presents(ロンドン)、Rhodes(ロンドン)、Vigo(ロンドン)、Spencer Brownstone(ニューヨーク)、SGR Galería(ボゴタ)、Stems(ブリュッセル)なども同様に、早い段階で完売を報告。Carvalho(ブルックリン)は、エリーズ・ペロワ(Élise Peroi)、ユリア・イオシルゾン(Yulia Iosilzon)、レイチェル・ミカ・ワイス(Rachel Mica Weiss)、ロザリンド・トールマッジ(Rosalind Tallmadge)による女性作家のみのグループ展示を行い、価格3万ドル以下の出品作品が早々に動いた。

Untitledに出展したRajiv Menonのブース。Phot0: Silvia Ros

中〜高額帯の動きも堅調だ。カヴィ・グプタ(シカゴ)はグレン・ライゴン(Glenn Ligon)の作品(25万〜30万ドル、約3900万〜4700万円)を販売した。カール・フリードマン・ギャラリー(英マーゲート)は、ローラ・ストング=ブレット(Lola Stong-Brett)による《At Night I Sit and Beg For You》を4万6000ドル(約710万円)、ビリー・チャイルディッシュ(Billy Childish)の《man in buckskins》を4万7500ドル(約740万円)で売却した。

LAが拠点のRajiv Menon Contemporaryによる南アジアの歴史における欠落と抹消をテーマにした企画展「The Missing Figure」では、6点中5点(6000〜1万ドル、約90万〜155万円)が数時間以内に売約となった。

会場入口付近のJO-HS(メキシコシティ/ニューヨーク)では、セレステ(Celeste)による特別プロジェクト作品《Cosmos》(2025)が来場者の目を引いた。メキシコの雨季に咲き、水流とともに移動するピンクのコスモスの花に着想を得た記念碑的なフィールドインスタレーションだ。同ギャラリーはさらに、プレ・ヒスパニック、カトリック、さらに古層の象徴を再構築し、断片化した実存的物語として提示する、ロドリゴ・エチェベリア(Rodrigo Echeverría)によるシリーズも初公開。展示は大型キャンバス3点、小型木製パネル8点で構成され、小作品(各3000ドル、約47万円)は初日の夕方までに完売した。

会場ビーチ側の端で早くから人だかりを作っていたのは、Latitude(ニューヨーク)だ。イリス・イェホン・マオ(Iris Yehong Mao)とリアン・チュー(Liane Chu)による作品4〜5点(3000〜8000ドル、約47万〜120万円)を初日の数時間で販売。創設者シーフィ・ジューは初日朝の時点ですでに、「午後には展示の半分を入れ替える予定」と語っていた。

Adhesivo Contemporary(メキシコシティ)はARTnewsに対し、フニ・マルティネス(Jun Martínez)の8000ドル(約120万円)の抽象画がアメリカの美術館に収蔵決定と報告。またカミラ・ブセダ(Camila Buxeda)の作品は、小品(2000ドル、約30万円)から大作まで10点超がローカルと国際コレクターの双方に売れたという。

デジタルを起点とする実践も存在感を示した。LatchKey Gallery(ニューヨーク)は、来年5月にニューヨークのMuseum of Arts and Designで個展を開催予定のジェシカ・リヒテンスタイン(Jessica Lichtenstein)によるレイヤー構造のデジタル・フォレスト・コスモロジー作品(AI生成ではなく自らの手で構築)を出展し、3万5000ドル(約540万円)のプリント作品がコレクターの関心を集めた。同じくニューヨークのHeft Galleryは、オーリア・ハーヴィー(Auriea Harvey)によるブロンズと大理石を組み合わせた彫刻で、デジタルの分断と古典素材を橋渡しし、古代神話と現代的フォームを融合させて提示した(同ギャラリーはアート・バーゼル・マイアミ・ビーチの新設「Zero10 デジタル部門」にも参加)。

NADAは市場形成と強化の場

Untitled Artが国際性とコンセプト志向の強さを見せる一方で、NADAは依然としてアメリカと中南米のギャラリーが市場形成・強化を行う場としての役割を果たしている。とりわけ5000〜2万ドル(約80万〜310万円)帯が堅調だ。

Charles Moffett(ニューヨーク)はケニー・リベロ(Kenny Rivero)の新作10点(1万2000〜2万5000ドル、約190万〜390万円)を販売。共同ディレクターのモフェットは、「新しいコレクターにも広く紹介でき、売れ行きは好調」と、来週開幕する3年ぶりの個展を前に強い手応えを得た。

Tara Downs(ニューヨーク)はイールイ・ファン(Yirui Fang)のアメリカにおけるデビュー作(6000〜1万6000ドル、約90万〜250万円)を完売、来年1月の個展もすでにほぼ完売状態だという。

Mrs.(ニューヨーク)はリリー・ラミレス(Lily Ramírez)の作品4点(各1万ドル、約155万円)、エリザベス・アタベリー(Elizabeth Atterbury)の作品2点(各4500ドル、約70万円)、サチコ・アキヤマ(Sachiko Akiyama)の作品2点(各1万2000ドル、約190万円)を販売した。Harkawik(NY、LA)は、ジャクソン・マルコヴィックス(Jackson Markovics)の3作品を含め、約3万5000ドル(約540万円)相当を販売した。

ブレモン・カペラ(パリ)はマデリン・ペッケンポー(Madeline Peckenpaugh)の作品をフランス・ムージャン女性芸術家美術館(Femmes Artistes du Musée de Mougins)へ販売し、アレクシス・ソウル=グレイ(Alexis Soul-Gray)とヴァルドリン・タキ(Valdrin Thaqi)の作品も複数成約。Patel Brown(トロント)は、アーモリーショーでも評価の高かったアレクサ・クミコ・ハタナカ(Alexa Kumiko Hatanaka)の作品2点、セルジオ・スアレス(Sergio Suarez)作品1点を開始30分以内に販売した。Pangee(モントリオール)はクレア・ミルブラス(Claire Milbrath)による風景画(5000〜2万ドル、約80万〜300万円)をほぼ完売している。

Sargent’s Daughters(ニューヨーク)は、ウェンディ・レッド・スター(Wendy Red Star)、スコット・チョースク(Scott Csoke)、デビー・ローソン(Debbie Lawson)の遊戯性ある美学をコールファックス・アンド・ファウラー社の壁紙と組み合わせた、フェアでも特にキュレーション性の高いブースのひとつとなった。オーナーのアレグラ・ラヴィオラは、「従来型のブースから離れた試みが好評だった」と語り、複数の作品がプライベートおよびパブリックコレクションに収蔵されたという。

もうひとつの注目は、ProxyCo(ニューヨーク)によるルシア・ビダレス(Lucía Vidales)の個展形式のブースだ。具象と抽象のあわいに生まれる直感的な空間を象徴性豊かな絵画で探り、メキシコの社会主義リアリズムの画家ダビッド・アルファロ・シケイロス(David Alfaro Siqueiros)との対話に触発された8面パネルの壁画では、崩壊と精神的変容を描き、今日の不安定な空気を反映した。小作品(8000〜1万2000ドル、約120万〜190万円)はすぐに売れたが、6万ドル(約900万円)の壁画作品(過去にケンパー現代美術館、Ballroom Marfaで展示)は美術館による収蔵決定を待っている段階だ。

NADAでは新たな発見も続いた。カザフスタン出身のアーティスト、ヴァルデマー・ツィンベルマン(Waldemar Zimbelmann)の心理的緊張を宿したキャンバス作品(2万ドル以下、約300万円)を展示したAlthuis Hofland(アムステルダム)、Projectsセクションに出展したLaura the Gallery(ヒューストン)では、エルネスト・ソラーノ(Ernesto Solano)のブロンズ作品と、具体美術協会の最後のメンバーとして知られる森内敬子による金色の宇宙論ペインティングなどが、早々にローカル美術館の関心を集めた。(翻訳:編集部)

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