ARTnewsJAPAN

【部屋とアートと私:第3回】原動力はリスペクト! 若手画家が集める同世代アーティスト作品

とあるアートコレクターの部屋と、ともに暮らす作品にまつわるとっておきのストーリーをお届けする。

Illustration: Hitomi Itoh

プロフィール
20代(男性)、画家
東京都檜原村の一軒家(2LDK)
友人と2人暮らし

訪れたスランプ。アートを「買って」サポートしたい

「自分が作る側になるとは思っていなかった」──。画家である彼の口から出たのは意外な言葉だった。幼いころから絵を描くことが本能的に好きで、高校受験で美術の道を志ざし、美大の油絵学科に進んだ。だが、大学時代、あれほど好きだった絵を描くことが難しくなったという。「同級生の作品づくりへの姿勢や出来上がる作品に強く惹かれるようになりました。まわりを見ていると、自分で何かを作るよりも彼らをサポートするほうが向いているのではないかと思ったんです」

そんな思いが積み重なって、大学2年生のころから同世代の若手アーティストの作品を中心に購入し始めた。初めて買ったのは、さめほしのライブペインティング時の作品。若手画家の作品とはいえ、学生にとっては決して安い価格ではないが、個展で作品は次々と売れていく。残る2、3点の作品を前に迷いに迷っていたところ、友人がお金を貸してくれた。

右が初コレクションとなる、さめほしの作品(2017年)。左は山田慧《GAMEboad》(2018年)。

大学卒業時の夢は、同級生たちの作品を紹介するギャラリーを持つこと。彼らは作品に対するプライドをしっかりと持っていて、カッコよく見えた。そんな強いプライドは自分にはないものであり、それ故に自分の作品への自信のなさにもつながった。

2020年に大学を卒業し、1年ほどはバイト漬けで絵を描くことはなかったという。筆を折ったような状態に、彫刻家の友人から叱咤激励され、若手作家の公募展に出品する決心をした。「あのころの絵は、怒りを原動力に描いていました。自分自身や自分の置かれている状況に対する怒りだったと思います」と振り返る。そうして制作した作品は、見事グランプリを受賞した。

絵を描いていない時間も、ギャラリーや美術館を巡って作品を見ることは続けていた。友人とシェアサイクルで自転車を借り、カラオケオールをはさんで2日間で20ほどのギャラリーを巡ったこともある。

「グランプリが獲れたのは、そうしたインプットのおかげもあるかもしれません。いろんな作品を見て、自分の創作につなげられた部分もあると思います」

絵を描いていて迷ったときには、先人たちの画集を参考にすることも

作品に打ちのめされる。それでも見たい

玄関先や冷蔵庫横、テレビまわりなどのちょっとしたスペースに飾られたコレクション作品の数々は、生活用品をはじめ、フィギュアやぬいぐるみなどとともに彼の暮らしの一部となっていた。

現在のコレクションは、絵画を中心に未回収の作品も含めて30点ほどだ。Instagramを見たりギャラリーを巡ったりして、気になる作家には自らコンタクトを取って購入する。「物語」があるものに惹かれるという。「物語性と自分にはないような引き出しがあって、それらを画面に落とし込めている人の作品が気になります。他の人の作品を見て打ちのめされることもあるけど、それでも見たいと思うのは絵が単純に好きだからでしょうね。上手く言えないけど、原田マハさんが小説で語るようなアートへの愛、純粋な感動みたいなものを感じるんです」

制作スペースでもあるリビングルームの窓の上が、とっておきの展示スペースだ。佐藤絵莉香やAHMED MANNAN、渡邉豊弘ら新進気鋭の作家たちの作品が並ぶ。

特に大学時代から惚れ込んでいたのが佐藤の作品だった。「彼女が作る作品はどれもカッコよくて、大学時代は悪い意味で常に影響を受けてしまっていました。当時は自分の絵が描けていない感覚がありましたね」と苦笑いする。分割払いで購入した彼女の作品《SUKERU INU》(2020年)は、支払い途中に入院することになり、家に迎え入れるまでに紆余曲折あった思い出深い作品だ。

写真左から、佐藤絵莉香《SUKERU INU》(2020年)、渡邉豊弘《untitled》(2020年)、AHMED MANNAN《ほら!火だぞ!こっち来い犬!火だ!》(2019年)、自身の作品《untitled》(2022年)、井上りか子 《弱者の国》(2022年)。右の地蔵の絵は、この家にもともとあったものだという

ガラスの反射が気になるので、額装はしない主義。絵をしっかり見たいのだという。「ふと見上げて好きな絵があると、うれしくなるし、絵を描く刺激にもなります。作品を集めるようになって、創作活動のモチベーションも上がりました。欲しい作品を手に入れるには働かなくてはいけないですから」

制作スケジュールが書き込まれたホワイトボードには、デパートでの展示や個展、グループ展の締め切りの予定が詰まっていた。

壁の一面には制作中の絵がずらりと並ぶ。

東京都檜原村の住居兼アトリエには、この夏に越してきたばかり。風景画を主に描き続けてきた彼にとって、自然豊かなこの場所はまさに絶好の環境だ。「その辺をちょっと歩いただけでも、描きたいと思えるものがたくさんあるんですよ。インプットをしばし離れて、ここにこもって制作し始めるとゾーンに入ったように集中できて、いい絵が生まれる手応えを感じています。ようやく、しっかりと制作ができる環境が整ったなという感じです」

風景画ばかりを描いてきたのは自分が植物が好きで人物を描けないからだと思い込んでいたが、その考えも少しずつ変わってきた。「最近は、絵の具そのものが好きなのかもしれないと思ったり、描くものも風景だけでいいのだろうかと考えたりするようになってきました」

彼にそうした変化がもたらされたのは、改めて絵と向き合うことができたからなのだろう。画家という職業柄、これからも好きな絵は良い意味でも悪い意味でも彼の心を揺さぶってくるはずだ。だが、確実に彼の人生にさまざまな彩りを添える存在であることは間違いない。

文=岩本恵美
写真=在本彌生

あわせて読みたい