デイヴィッド・ホックニーが「狂気」と批判。《バイユーのタペストリー》英移送は「博物館の虚栄心」

今年9月から予定されている《バイユーのタペストリー》の大英博物館での展示計画を巡り、様々な反対運動が起こっているが、イギリスを代表する芸術家、デイヴィッド・ホックニーは1月14日、インディペンデント紙への寄稿で同計画を「狂気」と非難した。

2023年、イギリス・ロンドンで開催された「David Hockney: Bigger & Closer (not smaller & further away)」の内覧会に参加したデイヴィッド・ホックニー。Photo: Dave Benett/Getty Images

今秋、中世ヨーロッパを代表する歴史絵巻《バイユーのタペストリー》が、フランス・ノルマンディーのバイユー・タペストリー美術館からイギリス大英博物館へ貸し出される予定だ。この計画をめぐり、現代美術を代表する作家デイヴィッド・ホックニーは1月14日、イギリス紙インディペンデントへの寄稿で「狂気」と非難したと、アートニュースペーパーが伝えている。

《バイユーのタペストリー》は1070年代、ノルマンディー公ウィリアム(後のイングランド王ウィリアム1世)に関係する工房で制作されたと考えられている。全長約70メートルに及ぶこの刺繍作品は、亜麻布に羊毛糸で、当時の戦争や政治、庶民の生活までを連続的に描き出したもので、現存する数少ない中世の世俗史料として知られる。加えて、素材の性質上、修復や再制作が極めて困難であることから、代替不可能な文化財として比類ない価値を持つ。

同作は、バイユー・タペストリー美術館が大規模改修工事に入る間、2026年9月から2027年7月まで、ロンドンの大英博物館で展示される予定だ。その見返りとして、大英博物館からはサットン・フーの兜やルイス島のチェス駒などの重要文化財が、ノルマンディー側に貸し出されることになっている。

バイユー・タペストリー(部分)。Photo: Wikimedia commons
バイユー・タペストリー美術館での展示風景。Photo: Wikimedia commons

しかし、制作からおよそ1000年が経過した現在、タペストリーの状態は極めて繊細だ。亜麻布の裏地は経年によって弱体化し、羊毛の刺繍糸もわずかな負荷に耐えられない状態にある。2020年以降の調査では、布地に約1万カ所の穴と30カ所の裂け目が確認されている。こうした状況を受け、フランス国内では移動に反対する大規模な署名運動が広がり、フランスおよびイギリスの文化人からも反対意見が相次いでいる。

こうした中、ホックニーはインディペンデント紙への寄稿で、「全長70メートルを超える極めて脆弱なタペストリーを移動させることは『狂気』。リスクがあまりにも大きすぎる」と述べ、輸送中に生じうる損傷を強く危惧した。

さらに彼は、大英博物館の姿勢そのものにも、次のように疑問を呈している。

「何のためにこれ(展覧会)が行われるのか。来館者数を誇示したい博物館の虚栄心ではないのか。本当にそれだけの価値があるのだろうか。私はそうは思わない」

ポップアートの巨匠であるホックニーがこの問題に深く関与していることは、一見すると意外に思われるかもしれない。しかし彼は、1967年に初めて《バイユーのタペストリー》を目にして以来の「熱狂的なファン」であり、過去3年間だけでも20回以上バイユー・タペストリー美術館を訪れている。2026年3月12日にロンドンのサーペンタイン・ギャラリーで開幕する彼の展覧会「David Hockney: A Year in Normandie and Some Other Thoughts about Painting」(8月23日まで)では、タペストリーに着想を得た全長約79メートルのフリーズ作品《ノルマンディーの一年》(2020–2021)が展示される予定だ。

ホックニーの発言を受け、大英博物館の館長ニコラス・カリナンは次のようにコメントしている。

「こうした懸念は理解していますが、当館にはこの種の資料の取り扱いや保存に精通した、世界最高水準の保存・収蔵チームがいます。毎年、バイユーのタペストリーよりも古い壁画や織物を含め、何千件もの貸し出しや受け入れを行っており、作品の状態と安全性は常に最優先事項です」

また、イギリス財務省は、ノルマンディーからの移送中および大英博物館での展示期間中の損傷や紛失を補償するため、同作に推定8億ポンド(約1700億円)の保険をかける予定だという。これに対しホックニーは、「それは無意味だ。この作品は値段のつけようがない」と述べ、金銭的補償では文化財の価値は測れないと断じている。

アートネットによれば、《バイユーのタペストリー》はすでに移動の第一段階に入り、バイユー美術館を離れて、現在は場所が明かされていない保管施設に移されているという。40年ぶりとなるこの移動が、今後どのような議論を呼ぶのか、国際的な注目が集まっている。

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