「フランス文化遺産に対する犯罪」──《バイユーのタペストリー》貸し出しに5万人が反対
ブレグジット後の英仏関係を象徴する文化交流として発表された《バイユーのタペストリー》の大英博物館貸し出し計画に、暗雲が立ち込めている。フランス国内では「文化遺産に対する犯罪」との反対運動が広がり、すでに5万人が署名している。

7月上旬、イギリスのキア・スターマー首相とフランスのエマニュエル・マクロン大統領との合意に基づき発表された《バイユーのタペストリー》の大英博物館への貸与計画に暗雲が立ち込めている。というのも、同作品の貸し出しに反対する嘆願書におよそ5万人が署名しているのだ。署名運動は、フランスの美術史家ディディエ・リュクネールによって7月に開始されたもので、1000年の歴史をもつリネン地に刺繍で表現された作品が輸送によって損傷を受ける可能性があるという、繊維修復専門家の警告を根拠にしている。
全長70メートルにも及ぶタペストリーは、ノルマンディーのバイユー・タペストリー美術館が改修工事に入る間、2026年9月から2027年7月にかけてロンドンの大英博物館で展示される予定。その代わりに大英博物館からは、アングロサクソンおよび中世美術の作品がフランスに貸し出される計画も、英仏首脳の合意に含まれている。
リュクネールはアートニュースペーパーに対して「署名数だけでは貸し出しを阻止できない」と認めつつも、「まだ1年の猶予がある。時間は残されている」と語った。
リュクネールは文化プロジェクトへの反対運動で知られており、過去には、マクロン大統領がパリのノートルダム大聖堂の6つの礼拝堂に現代のステンドグラスを設置する計画に反対する嘆願書を発起した。このときは29万4000件の署名を集めたが失敗に終わり、最終的にウジェーヌ・ヴィオレ=ル=デュックによる19世紀の窓は交換されることが決定した。

しかし、今回のタペストリー貸し出し反対運動は著名なフランス文化人の間でも共感を呼んでおり、多くが移動に反対の意見を表明している。バイユー・タペストリー美術館の元館長イザベル・アタールもその一人で、同メディアに対しこう語った。
「タペストリーを輸送してはならないと思います。理由はいくつもありますが、何よりその価値は計り知れず、万が一何かが起これば、どんな金銭的補償や代替物であろうと取り返しがつかないからです」
またアタールは、タペストリーは「非常に脆弱」であるとしてこう続けた。
「年代の古さに加え、過去数世紀にわたる移動や、第二次世界大戦後にバイユーに戻ってから今日までほぼ絶えず照明を浴びてきたこと、そして現在の展示方法──布製の支持体に縫い付け、ローラー式のレールに吊るすという方法──によって、全体に強いテンションがかかっているのです」
イギリス側でも反対の声
反対意見が上がっているのはフランスだけではない。イギリスの保存監視団体、アートウォッチUKのディレクターであるマイケル・デイリーは以前、テレグラフ紙に移動に伴うリスクへの懸念を語っている。
「美術品の移動が特に危険なのは、それらが本質的に非常に脆く、多くの偶発的なトラブルに起因する損傷にさらされやすい点です。衝撃、振動、落下、温度や湿度の変化など、ありとあらゆる可能性が考えられる上、輸送中に紛失する危険すらあります」
フランスのアートメディア『La Tribune de L’Art』の編集長でもあるリュクネールは、フランスとイギリス双方の不満の声を結集し、今回の貸し出しを阻止する構えだ。嘆願書は、この貸し出しを「フランスの文化遺産に対する犯罪」と断じている。
マクロン大統領が初めてタペストリーの貸し出し計画を発表したのは2018年のこと。その背景には、ブレグジット後もイギリスとフランスの結束が続くことを象徴的に示したいという意図があった。当時の計画では、2022年に貸し出される予定だったが、2021年に行われた調査によって、タペストリーは輸送に耐えられないほど脆弱であることが判明し、計画は大きな後退を余儀なくされた。その後2022年には、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館が調査を進め、最終的に同館での展示が可能になるかもしれないと報じられたが、その後、この件についての続報はない。
大英博物館のニコラス・カリナン館長は、両首脳の合意発表に際して、声明でこう述べている。
「タペストリーの展示は、私たちが積極的に取り組みたいと考えている国際的パートナーシップの典型例です。私たちが所有する最高の作品を可能な限り共有することで、これまでロンドンで鑑賞することのできなかった世界の至宝を大英博物館を訪れる人々に披露できるのです」
from ARTnews