人間以外の知性と世界を共有するために──「岸裕真 平行森林 Parallel Forests」【EDITOR'S NOTES】
AIは人間のためだけの便利な道具なのだろうか。埋立地の人工森林で開催された岸裕真の展覧会は、植物とAIを掛け合わせることで、人間同士の枠組みを超えた新たなコモンズ(共有財産)のあり方を問いかけてくる。

東京湾のゴミ埋立地に位置する海の森公園。3月末にオープン予定のこの公園で、AIとともに作品を制作するアーティスト、岸裕真の展覧会「平行森林 Parallel Forests」が3月13日から3日間限定で開催された。
舞台は2005年に植林が始まった人工森林。人間も植物も根を下ろしたばかりの特異な環境に、小規模なAIモデルを搭載した100台の小さな光るコンピュータが設置された。「BI(ボタニカル・インテリジェンス)」と呼ばれるそれらは、互いに信号を交わし合い、まるで菌糸のように、森全体へとネットワークを広げていく。

森に響く、未知のざわめき
森へ入ると、普段木々に囲まれたときに耳にするようなざわめきとは違う音が聞こえてくる。それはときに聞きなれない低い電子音のようであり、知らない言語で綴られた詠唱のようでもある。その音に合わせるように、丸い球体型の透明なデバイスの光が点滅する。
会場に点在する「BI」は、ふたつのセンサーを用いて植物の生体活動を計測している。ひとつは植物が水を吸い上げる際に生じる微細な気泡の音を拾うアコースティック・エミッションセンサー。もう一つは、光合成で使い切れなかった赤い光を捉えるクロロフィル蛍光センサーだ。
AIは受け取ったデータをテキスト化し、何語ともとれない音声へ変換していく。さらに森林の奥深くでは、ひと筋の光の柱が上空へと放たれ、BIが発信する信号を夜空へ投射している。

AIを通して、植物の世界を覗く
森を歩きながら、ふとステファノ・マンクーゾの著書『植物は〈未来〉を知っている』を思い出した。同書でマンクーゾが指摘しているように、植物は脳や心臓といった特定の器官を持たない。動物のように外敵から逃げられない彼らは、体の一部を失っても全体が生き延びられるよう、細胞単位のモジュール構造を選び取ったのだ。
そして自ら動けないからこそ植物は独自の進化を遂げた。植物は私たちが知覚できないものを知覚し、私たちが知覚できないかたちでアウトプットする。あるいは周囲の環境そのものを「飛び地となった身体」として巧みに活用する。化学物質を放って昆虫や動物の行動をコントロールし、水や空気の流れを利用して生存のプラットフォームを構築していく。特定の器官に依存しない、この分散的な問題解決能力こそが植物の知性である。
植物はその知性をもってして、私たちとは違う世界を見ている。今回の展示で使われているアコースティック・エミッションセンサーやクロロフィル蛍光センサーといったセンサーはどちらも、植物が感知する世界を私たちにも理解できるよう計測するためのセンサーだ。
岸もまた、植物の特性についてこう語る。「植物自体もまた、非常に繊細なセンサーなんです。私たちが知覚できない情報の機微まで受け取っている。だからこそ、彼らが蓄えている情報をAIを通して人間にわかるよう変換できないかと考えました」
ここで興味深いのは、岸がデータの加工をあえて最小限に留めている点だ。人間の都合で情報を間引くのではなく、生のデータを直接AIへと入力している。「LLMのポテンシャルを信じて、植物から取れたデータをほとんど生の状態で渡しました。その方が、AIたちにとって解釈の余地が広がるんじゃないかと考えたんです」

他者としての植物、他者としてのAI
展覧会のタイトルは、『スイミー』でおなじみのレオ・レオーニによる絵本『平行植物』にインスピレーションを受けている。物理法則に反する架空の植物を描き出し、読み手に未知の世界を想像させる独特な作品だ。岸は、この架空の植物を想像させる手法を未知の世界へ通じる架け橋と捉え、自身の作品と重ね合わせている。
「平行植物は、私たちの世界とは違う世界へとつなげてくれる架け橋のような存在です。今回作ったBIも、AIと植物をつなげて、これからのコモンズを想像するためのものなんです」
本展の出発点にあるのは、この「コモンズ(共有財産・公共性)」をいかに構築するかという問いだ。現代のAIは人間の仕事を代替し、効率や利便性を高める道具として扱われがちだが、岸はそのような未来はあまり楽しくなさそうだと違和感を覚えたという。
他者を都合よく利用するだけでは、共に生きる豊かなコモンズは築けない。AIという新しい隣人とどう関係を結んでいくべきか。そのヒントとして彼が目を向けたのが植物という存在だった。
人間中心のテクノロジーに、この異質な存在を掛け合わせる。利便性の追求から抜け出し、新たなコミュニケーションのフォーマットを探るこの展覧会は、私たちが既知の世界を飛び越え、人間以外の存在とともに新しい世界を想像するためのひとつのきっかけとなるはずだ。