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ART SGがいよいよ開幕! 専門家が語るシンガポールの可能性と課題

シンガポール初の大型アートフェア、ART SG(アート・エスジー)が1月12日に開幕する。これに合わせるようにして、ニューヨーク、香港、東京を拠点とする3つの著名ギャラリーが、この1月にシンガポール進出を果たす。世界のアート市場における存在感をますます高めつつあるシンガポールについて、専門家らに聞いた。

アート・エスジー開幕と同じ2023年1月12日にシンガポール進出を果たす香港のWOAWギャラリー。Photo: Courtesy WOAW Gallery

1月に3つの国際的ギャラリーが一挙にオープン

ニューヨークリーマン・モーピンは、シンガポール出身のアートアドバイザー、ケン・タンを東南アジア地域の運営統括ディレクターに任命。タンは、ニューヨークでアジア・ソサエティ美術館の副ディレクター兼グローバル・アーティスティック・プログラム部門エグゼクティブディレクターを務めた経歴の持ち主だ。また、マーク・ストラウス・ギャラリーのディレクターも経験している。

リーマン・モーピンの共同設立者、レイチェル・リーマンは、「以前から東南アジアには注目していましたが、この地域での需要の高まりを受け、ビジネスの大幅な拡大を決めました」と、US版ARTnewsのメール取材に答えた。

一方、香港の起業家でレストラン経営者、アートコレクター、DJとしても知られるケビン・プーンは、香港で人気の現代アートギャラリー、WOAWギャラリーを1月12日にシンガポールにオープンする。場所は、セントラル・ビジネス・ディストリクトにある100平方メートルあまりのスペースだ。

これに先立つ1月6日には、東京を拠点とするホワイトストーン・ギャラリーが、港湾地区に隣接する倉庫街、タンジョン・パガー・ディストリパークに新ギャラリーを開廊。この地域は近年、シンガポール美術館をはじめアート中心地へと変貌を遂げつつある。1960年代に創立して以来、日本やアジアでビジネスを展開してきたこの老舗ギャラリーが今回シンガポールにオープンする約1200平方メートルにおよぶ支店は、アジア最大級のギャラリーとなる。

なぜ今、シンガポールが選ばれるのか

世界から注目されるようになったシンガポールのアート市場に、ギャラリーの進出ラッシュが起きるのは必然と言える。リーマン・モーピンのケン・タンは、「最近、オークションハウスが軒並み大規模なプレビューを開催している都市はどこか、ということです」と語る。

シンガポール中央部にある商業地区。Photo: Wikimedia commons

オークションハウスやギャラリーがシンガポールでの足場づくりに躍起になっている背景には、世界経済に暗雲が漂う中でも、シンガポールが金融・貿易の中心として存在感を高めていることがある。特にコロナ禍以来、シンガポールは税金が比較的安いことや中国本土・香港からの脱出が続いていることを背景に、超富裕層の財産を管理するファミリーオフィスが急速に増加しているのだ。

香港のケビン・プーンは、「金融、暗号資産、芸術や文化に関係する多くの人材の流入」という条件が揃っていることから、「シンガポールのアート市場に参入する国際的ギャラリーの1つになる」には、今が絶好のタイミングだとの見方を示している。

大規模フェアなどのイベントも目白押しで、シンガポールのアート市場は今後さらに活気づくと見られている。アート・バーゼルの親会社であるMCHグループが後援するアートフェア、ART SGは、1月12日から待望の第1回目が開かれる。また、アート・バーゼルとの提携が2年目に入ったS.E.A. Focusも、1月6日から15日までの会期でフェアを開催中だ。

東南アジアのアート市場にビジネスチャンス

成長が著しい東南アジア各国の市場に近いことも、ギャラリーにとって大きな魅力だ。レイチェル・リーマンはこの点について、「シンガポールは、タイ、ベトナム、マレーシア、インドネシアに近く、オーストラリアとの貿易も盛んなことから、美術館、個人コレクションを問わず、現代アートを支えるエコシステムへの入口として理想的な場所と言えます」と説明する。

また、今年、北京とソウルにもギャラリー開設を計画しているホワイトストーン・ギャラリーCEOの白石幸栄はこう話す。「経済発展が著しい東南アジアのビジネスや国際取引の中心地として、シンガポールは世界有数の重要な都市国家です。シンガポールに開くギャラリーは、ホワイトストーンの東南アジアでの活動拠点になります」

東南アジアの事情通によると、特にアートの世界では、東南アジアの重層的で活力のある文化が十分に認識されていないという。白石がシンガポールに新たなギャラリーをオープンさせるのには、シンガポールと東南アジア各国の多様な文化や価値観を知り、地域ごとのアートシーンをより深く理解する狙いもあるようだ。

リーマン・モーピンのタンも、アート界が東南アジアの文化的多様性への理解を深めることを望んでいる。「私たちは皆、グローバルな浮き沈みに日々直面しているかもしれません。しかし、言語や伝統、食文化を通して絆が育まれる現地の小さなコミュニティに飛び込めば、さまざまな彩りを持つ地域性がアートや生活に浸透していることが分かるはずです」

中華系の商店やヒンズー教寺院が並ぶシンガポール、サウスブリッジ・ロード。Photo: Wikimedia commons

10年前に起きたギャラリーの進出ラッシュと撤退

海外ギャラリーのシンガポール進出は、今に始まった現象ではない。10年前、当時開催されていたアートフェア、Art Stage Singaporeの成功を受け、シンガポールに新しいアート地区、ギルマン・バラックスが立ち上げられた。そこに支店を構えたのが、小山登美夫ギャラリーオオタファインアーツミヅマアートギャラリー(いずれも東京)、シルバーレンズ(マニラ)、スンダラム・タゴール・ギャラリー(ニューヨーク)といった有力ギャラリーだ。

しかし2015年前後に、シルバーレンズと小山登美夫は、売上や集客の低迷を理由にシンガポールのスペースを閉鎖。ミヅマとスンダラムは残ったものの、パール・ラム・ギャラリーズ(香港)や、2013年にアイ・ウェイウェイの画期的な個展を開催したガレリー・ミヒャエル・ヤンセン(ベルリン)も撤退した。

シンガポールの課題と可能性

シンガポールに物理的な拠点を構えるうえでギャラリーが直面する課題は、不動産賃料の高さだ。現地の賃貸市場の高騰ぶりや、シンガポールがニューヨークと並ぶ世界で最も物価の高い都市であることを考えると、今後も賃料が安くなる見込みは薄い。また、シンガポールのアートシーンは、他の成熟したアジア諸国と比べると、まだ開発途上であることをアート業界の専門家は指摘する。

シンガポール・アートギャラリー協会会長でSTPIのギャラリーディレクターでもあるリタ・タルギはこう話す。

「シンガポールに限らず、アジア地域には魅力的なビジネスチャンスや将来展望が広がっています。実際、フィリピン、タイ、インドネシア、韓国などで、新しいギャラリーや私立美術館が次々と開設されているのです。一方、シンガポールには、アートのエコシステムを維持するだけの市場基盤が確立されているのか、という疑問も残ります」

リーマン・モーピンのタンも、「長年ニューヨークに住んで仕事をした経験からすると、芸術と文化のエコシステムに関してシンガポールはまだ成長期にあり、今は少しホルモンの分泌が多くなっているだけだと常に自分に言い聞かせています」と語る。

しかし、市場の未熟さこそ成長のチャンス、というのがアートディーラーたちの共通認識でもある。タンはこう続ける。「シンガポールが国として独立したのは1965年。質においても規模においても、今後成長する可能性は計り知れません」(翻訳:清水玲奈)

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