胸部の描写が明かす「女性狩人」の存在──ローマ闘技場の通説を覆すモザイク画の新解釈
フランスで発見された古代ローマのモザイク画を分析した結果、闘技場内で女性が猛獣と戦っていた可能性が示された。胸部の描写が、その存在を裏付ける手がかりとされている。

映画やドラマで、古代ローマの闘技場において人間と猛獣が戦う場面を観たことはあるだろう。観客に囲まれた闘技場で筋骨隆々の男が猛獣と対峙する姿を思い浮かべるかもしれない。だが、カリフォルニア大学の研究者アルフォンソ・マナスが『The International Journal of the History of Sport』に発表した論文は、そのイメージを覆す。女性の戦士も存在していた可能性が示されたという。
マナスは、フランス・ランスで発見された3世紀のローマ時代のモザイク画に描かれた、上半身裸で豹と対峙する人物が、「ウェナトリクス(venatrix)」と呼ばれる女性の猛獣狩人であると記した。これまで発見された文献には女性が猛獣と戦ったという記録が残されているが、その姿を描いた視覚資料はこれまで一点も確認されておらず、このモザイク画が、唯一の視覚的証拠となるという。
古代ローマの闘技場で行われた見世物は、剣闘士による試合と人間が猛獣と戦う「ウェナティオ(venatio)」のふたつに大きく分けられる。剣闘士については多くの研究が積み重ねられてきた一方で、ウェナティオに関する研究は比較的少なく、女性の関与についても不明点が多い。そうしたなかで注目されたのが、ランスで発見されたモザイク画だった。
このモザイク画は、考古学者のジャン・シャルル・ロリケによって1860年にランスで発見され、闘技場の場面を描いた35の円形装飾で構成されている。ロリケはその後1862年に図版として出版した。しかし、彼が発見したモザイク画は第一次世界大戦の爆撃によって破壊され、現在はロリケが残した図版のみが資料として残っている。ただし、トラキア人風の装備をまとった剣闘士を描いたメダリオンの断片が現存しており、ロリケの図版と正確に一致することから、失われた部分を含む図版全体の信頼性も裏付けられている。
描かれた人物の性別は長らく判明しておらず、発見者のロリケも当初は「顔にヒゲのない人物」と記し、のちに「髪型や胸部の形状から女性の可能性もある」と追記したものの、断定は避けている。これに対しマナスは、尖った乳房の描写や他の人物との身体的差異、さらに鞭を持つ人物の中でこの人物だけが上半身裸である点に注目し、意図的に女性として表現されたと論じた。
闘技場での役割についても従来の解釈が見直された。ロリケはこの人物を「アギタトル(agitator)」としたが、この用語が闘技場の役職として実在した証拠は確認されていない。マナスは、片手に鞭、もう一方に武器とみられるものを持っている点に着目する。死刑囚は武器を与えられずに獣と対峙させられるため、この人物は訓練を受けた狩人だった可能性が高く、獣を追い立てる補助役だったと結論づけている。
女性が闘技場で猛獣と戦ったことを示す文献はこれまでに6点確認されており、最も古いものは皇帝ネロの時代にさかのぼる。紀元80年のコロッセウム開場式でも女性の猛獣狩人が登場したが、その後の記録は紀元100年頃を最後に途絶えている。こうした状況から、女性の参加は比較的早い時期に消滅したと考えられてきた。だが、ロリケが様式比較から3世紀と位置づけたモザイク画にウェナトリクスが描かれているとすれば、その活動は少なくとも1世紀長く続いていた可能性がある。女性剣闘士の禁止以降も、別の形で闘技場に関与していた可能性を示す発見といえる。





