リヒターのロウソクの絵に80億円の予想額──伝説的ギャラリストの個人蔵作品がオークションへ
この1月に97歳で亡くなった伝説的ギャラリストで、ゲルハルト・リヒターやアンゼルム・キーファーなどを人気作家に押し上げたマリアン・グッドマンの個人コレクションが、クリスティーズのオークションに出品されることが分かった。その中心となるのはリヒターの作品群で、ロウソクを描いた人気作品の落札額は最高で約80億円に達すると予想されている。

4月9日にクリスティーズは、5月にニューヨークで開催される主要オークションに、著名ギャラリーの設立者、故マリアン・グッドマンの個人コレクションが出品されることを発表した。グッドマンのマンハッタンの自宅に飾られていた作品群の予想落札総額は、約6500万ドル(約103億円)に上ると見込まれる。
注目されるのは、ゲルハルト・リヒターが1982年から2009年の間に制作した7点の絵画で、5月20日に開催される21世紀イブニングセールの冒頭に出品される。その中には代表作の1つで人気の高い《Kerze(ロウソク)》(1982)が含まれており、落札予想価格は3500万ドルから5000万ドル(約56億〜80億円)となっている。
同コレクションは、1985年にグッドマンが扱いを始めたリヒターとの関係を偲ばせる記録でもある。当時のリヒターは、アメリカ市場ではまだ十分に認知されていなかった。その後40年近くにわたり、彼女は主要な美術館やコレクションにリヒター作品を納めつつ、重要な作品の一部は市場に出さずにいた。このやり方は価格の安定化に寄与し、アメリカとヨーロッパ双方でのリヒターの評価を形成する一助となっている(リヒターは2022年にデイヴィッド・ツヴィルナーへ移籍して大きな話題となった)。

今考えると、グッドマンの戦略には先見の明があったと言えるだろう。ハイエンド市場で戦後絵画への需要が鈍化しているにもかかわらず、リヒター作品は堅調さを保っている。1986年の作品《Abstraktes Bild(599)》は、2015年にロンドンのサザビーズで3039万ポンド(当時の為替レートで約55億円)で落札され、その時点の存命のヨーロッパ人アーティストの最高額を記録した。また、1990年代の大規模な抽象画も、オークションに出品されると依然として高値で取引されている。こうした背景を踏まえると、グッドマンが所有していたリヒターのコレクションは、希少性と物語性の両面において魅力的なものと言えるだろう。
なお、同コレクションの他の作品は、デイセールとオンラインオークションに分けて出品される。全てグッドマンの遺族から出品されるもので、マリアン・グッドマン・ギャラリーが現在取り扱っているアーティストの作品は含まれていない。
このタイミングでの個人蔵作品のセールは、クリスティーズにとって有利に働くと思われる。最近の市場では、厳選された単一オーナーのコレクション、とりわけ権威ある人物に関連するコレクションが人気を集めているからだ。その点、1977年にギャラリーを開設したグッドマンは、マルセル・ブロータースの個展開催以来、数十年にわたって現代アート界で最も妥協のないプログラムを展開してきた定評あるディーラーの1人だ。リヒターのほかにも、ローター・バウムガルテン、ジュゼッペ・ペノーネ、ジュリー・メレツ、そして2024年に同ギャラリーを離れたウィリアム・ケントリッジなどのアーティストを徹底的に支援し続けた実績が彼女にはある。
そのビジネススタイルはシンプルだが、現在の市場では時代遅れと見られるかもしれない。つまり、発掘したアーティストに早い段階から投資し、長期にわたって支え、慎重に納入先を選ぶというやり方だ。ひとたび取り扱いを決めたら、そのアーティストの展覧会を何十年にもわたり開き続けたグッドマンは、近年のギャラリーブームの特徴である頻繁なアーティストの入れ替えを良しとしなかった。
5月のオークションに出品されるものは、そうした規律ある姿勢の遺産だと言える。とりわけリヒターの作品は、ディーラーやコレクターにとって、何を売り、何を手元に残すべきか、また、利益や名声を安易に得るよりも信念を優先すべきなのはどんな時なのかという観点から良い教訓となるだろう。(翻訳:石井佳子)
from ARTnews