クラズナーとポロックの「対等な関係」に光──今秋METで2人展、価格格差は縮まるか?

抽象表現主義を代表するアーティスト、リー・クラズナーと夫のジャクソン・ポロックの2人展が、今秋メトロポリタン美術館(MET)で開催される。近年、美術史と市場の双方で再評価が著しいクラズナーだが、それでも作品価格はポロックと大きな開きがあるのが現状だ。METの展覧会が市場価格のブースターになるのか、いくつかの側面からその動向を探った。

リー・クラズナー《Lotus》(1972) Photo: Courtesy Christie's
リー・クラズナー《Lotus》(1972) Photo: Courtesy Christie's

ニューヨークメトロポリタン美術館は、10月4日に開幕する企画展「Krasner and Pollock: Past Continuous(クラズナーとポロック:過去進行形)」を、「対等な2人の物語」とうたっている。80以上の収蔵先から借り受ける約120点の作品が並ぶこの展覧会では、ジャクソン・ポロックリー・クラズナーを「それぞれ独自の作家」として考察しながら、両者の関係性にも光を当てる(2027年1月31日まで)。

美術館が提示するこの筋書きに対し、アート市場で展開されるのはもっとシンプルかつシビアで、ありふれたストーリーだ。ポロック作品が20世紀美術で一、二を争うステータスシンボルであり続ける一方、彼の妻であり、未亡人であり、対話の相手であり、かつニューヨーク・スクールで最も才能豊かな画家の1人だったクラズナーの絵は、価格面でいまだ評価を勝ち取らねばならない位置付けにある。

リー・クラズナー作品はなぜ過小評価されるのか

この2人の物故作家による作品の価格差は歴然としている。ポロックのオークション最高落札価格が6120万ドル(最近の為替レートで約97億3000万円、以下同)であるのに対し、クラズナーのオークション記録はその20%弱。2019年にサザビーズで《The Eye is the First Circle(目は最初の丸)》(1960)が樹立したものだが、価格は1170万ドル(約18億6000万円)でしかない。しかしなぜ、クラズナーについての研究が進み、ロンドンバービカンビルバオ・グッゲンハイム美術館を巡回した回顧展が話題を呼び、彼女が単なる「ポロックの妻」以上の存在として美術の正史に組み込まれ、アート界における認識が一変したにも関わらず、今も価格面での格差が残っているのだろうか。

そうした疑問に対し、明白な答えが存在する部分もある。クラズナーがアーティストとして成熟したのは、男っぽく破滅的であることが「芸術家らしい生き様」として神話化された抽象表現主義の時代だった。そしてポロックは、そんな芸術家像に完璧に合致していた。片や、彼よりもタフかつ聡明で、ある意味より徹底的に創造性を突き詰めたクラズナーはそうではなかった。世間は何十年もの間、たゆまず仕事を続けた女性よりも、納屋で酒に溺れる「天才」を好んだのだ。

さらに、クラズナー作品の市場には厚みがなく、偏りがあって幅が狭い。クラズナーを手に入れたいと望むコレクターが、往々にして特定のスタイルの作品(大きく、色彩豊かで、分かりやすい)を、あり得ないような価格で欲しがるのがその一因だ。

サザビーズとクリスティーズでの勤務を経て、フェア・ウォーニング(アートオークションプラットフォーム)のパートナーとなったサアラ・プリチャードは、コレクターから「300万ドル(約4億8000万円)以下のカラフルなクラズナー作品」はないかと聞かれるのは日常茶飯事だと話す。そんなときは期待を持たせるようなことはせず、ただ一言「運が良ければ」と返すそうだ。たとえ1000万ドル(約15億9000万円)出せると言われても、プリチャードの答えは「そうした作品は存在しません」だ。

この見方は核心を突いている。クラズナーを巡る問題は、単に彼女が過小評価されてきたことだけではなく、最も「分かりやすい」作品ばかり市場から評価されることにある。バーントアンバーという濃い茶色を用いた絵画シリーズやコラージュペインティング、細かい要素による抽象画の「Little Images(小さなイメージ)」シリーズを欲しがるコレクターは少ない。言わば、求められるのはシングルカットされた「ヒット曲」ばかりなのだ。

クラズナー作品プライベートセールが中心

クラズナー作品の現在の市場は、ある意図的な介入によって形成されたものだ。2016年にポロック=クラズナー財団を通じてクラズナー作品の販売権を獲得したカスミン・ギャラリーは、その主要絵画をおよそ600万ドル(約9億5000万円)でアート・バーゼル・マイアミ・ビーチに出品、販売した。また、複数の情報筋によると、後日行われた非公開の取引では、フェアの約4倍の値で買い手が付いたという。

それは、クラズナー作品に市場が存在する明確なシグナルとなった。カスミン・ギャラリーは、2024年にポロック作品の販売権も獲得。(同ギャラリーが閉廊した)2025年には、カスミン・ギャラリーのプレジデントだったニック・オルニーと販売責任者のエリック・グリーソンがオルニー・グリーソンを設立し、独占販売権を取得し直している。なお、この記事のためにオルニー・グリーソンとポロック=クラズナー財団にコメントを求めたが、回答は得られなかった。

それ以来、クラズナー作品の多くはオークション以外の場で取引されるようになった。前述のプリチャードと、クリスティーズの戦後・現代美術部門チェアマン(アメリカ地区)のサラ・フリードランダーは、クラズナーの作品は拡大するプライベート市場で取引されており、一部の主要作品は公的な基準価格と同等かそれ以上の価格で売れていると口を揃える。また、クラズナーの最高傑作がプライベートセールで取引される一方で、同等の作品が公的な場で売買されるケースはごく稀で、皆無に近いとフリードランダーは強調した。それを踏まえると、オークション記録が映し出しているのは、販売実態のほんの一部なのだろう。

主にプライベート市場で取引されてきた1970年代および80年代の主要絵画を念頭に、フリードランダーは「私の見解では彼女の最高傑作はまだ市場に出てきていません」と述べ、クラズナーは同時代の作家たちの中でも特異な位置付けにあると付け加えた。「独自の考え」を持っていた彼女がポロックや戦後抽象芸術に与えた影響が、ようやく今、十分に理解されるようになったという。

作品価格は急上昇も、市場規模の拡大は限定的

希少性も大きな要素だ。フリードランダーによると、近年オークションに出品されたクラズナー作品の数は、ヘレン・フランケンサーラーの約半分に過ぎない。最も評価の高い作品の多くは、すでに美術館や作品を売る意思のないコレクターが保有しており、関心の高まりの割に供給が制限されている。クラズナーは1940年代のジョージア・オキーフ、80年代のルイーズ・ブルジョワに続き、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で回顧展を開いた史上3人目の女性アーティストだが、この事実は、長く美術館による評価が市場の評価に先行してきたことを示唆している。

ヘレン・フランケンサーラー、リー・クラズナー、ジャクソン・ポロックの市場比較。左上:販売総額、右上:販売ロット数、左下:作品あたりの平均販売額、右下:セルスルー率。Photo: Courtesy ARTDAI
ヘレン・フランケンサーラー、リー・クラズナー、ジャクソン・ポロックの市場比較。左上:販売総額、右上:販売ロット数、左下:作品あたりの平均販売額、右下:セルスルー率。Photo: Courtesy ARTDAI

ARTDAI(アート市場のデータプラットフォーム)の統計を見ると、不均衡がはっきり浮かび上がる。2005年から2015年にかけて取引されたクラズナー作品の販売総額が22ロットで約1400万ドル(約22億3000万円)だったのに対し、ヘレン・フランケンサーラーは114ロットで3200万ドル(約50億9000万円)。その差は金額ベースで2倍強、ロット数では5倍を超える。

2015年以降クラズナー作品の価格は急騰し、作品あたりの平均販売価格が約170%上昇して280万ドル(約4億5000万円)弱になったものの、市場の全体的な構造は変わっていない。クラズナーの平均価格は急上昇したが、依然としてフランケンサーラー作品の市場規模の方がはるかに大きいのだ。前者の市場規模が8290万ドル(約132億円)にとどまるのに対し、後者の市場規模は総額約2億2200万ドル(約353億円)に達している。

また、作品価格は上昇しているものの、それに比例して取引件数が増加しているわけではない。これは作品が極めて希少であることを物語っている。2015年以降、公開市場で取引されたクラズナー作品はわずか29点。つまり、少数の優れた作品によって散発的な価格高騰が起きているだけで、流動性が高く、厚みのある市場は存在しない。

この図式にポロック作品を加えると、状況はより明確になる。クラズナーと同様、ポロックの市場にも作品数の少なさという制約がある。2005年から2015年にかけて取引された作品はわずか20点で、その総額は2億2600万ドル(約359億3000万円)。その後の10年間に取引されたのは15点で、こちらの総額は1億8100万ドル(約288億円)だ。それぞれの10年間の取引平均価格は1100万ドル(約17億5000万円)と1200万ドル(約19億円)になる。

この間、ポロック作品の価格が安定していたのに対し、クラズナー作品の価格は劇的に上昇した。それにもかかわらず、作品の評価額は依然として桁違いに低い。この格差は、市場のトップエンドにおける価格決定の構造的な問題を示している。

市場評価の動向を占う5月のオークション

今秋メトロポリタン美術館で開催される企画展は、クラズナーの市場を活性化させるかもしれない。その作品を現代の観客に紹介する美術館での大規模展は、2019年から20年にかけてバービカンで開催された回顧展「Lee Krasner: Living Colour(リー・クラズナー:リビング・カラー)」以来となる。ヨーロッパ各地を巡回した同展は、アメリカ市場に持続的な変化をもたらすことはなかったが、クラズナーの画業の全貌をアメリカの観客に披露するメトロポリタン美術館の回顧展は、これまでにない成果を上げる可能性を秘めている。

こうした変化が起きるかどうかを占う機会が来月に控えている。2点のクラズナー作品が、5月にクリスティーズで行われるオークションに出品されるのだ。

うち1点はハードエッジ(*1)な花の抽象画《Lotus(ロータス)》(1972)で、絵画を軸とした1973年のホイットニー・ビエンナーレで展示された。この作品は5月18日のイブニングセールに出品される予定で、180万から250万ドル(約2億8600万〜3億9800万円)の落札予想価格が付けられている。翌日のデイセールに出品されるのは、1951年頃に描かれたジェスチュラル(*2)な初期の絵画《Volcanic(火山のような)》で、事前予想額は100万〜150万ドル(約1億5900万〜2億3900万円)。後者は、抽象表現主義のアプローチにより近い作品だ。

*1 シャープな輪郭やムラのない色面を用いた幾何学的でフラットな抽象表現。

*2 奔放な筆致、絵の具の飛び散りや滴りなど、描いた時の画家の身体の動き(ジェスチャー)を生々しく反映したスタイル。

リー・クラズナー《Volcanic》(1951) Photo: Courtesy Christie’s
リー・クラズナー《Volcanic》(1951) Photo: Courtesy Christie’s

しかし、異なるシリーズに属し、異なるタイプの買い手に訴えかける2点のクラズナー作品を市場が同等に評価する保証はない。その点で、両作品にはクラズナーをめぐる問題の本質が縮図のように映し出しされていると言えるだろう。

主要美術館での大規模展を機に、作品が値上がりすることへの期待には前例がある。2015年にホイットニー美術館フランク・ステラの回顧展(同美術館がダウンタウンの現在地に移転して初めての回顧展)が開催されたが、その開幕前からディーラーやアドバイザーたちは同展が市場の起爆剤となるだろうと踏んでいた。

彼らの期待通り、回顧展をきっかけにステラ作品は再注目され、安定した市場が存在したものの散発的にしか高値が付かなかったこのアーティストの作品への需要が一気に高まった。同年、ニューヨークのサザビーズで《Delaware Crossing(デラウェア・クロッシング)》(1961)が1360万ドル(約21億6000万円)で落札され、ステラのオークション最高額を樹立。さらにその4年後には、クリスティーズに出品された《Point of Pines(ポイント・オブ・パインズ)》(1959)が、2800万ドル(約44億5000万円)で記録を更新している。ちなみに、ホイットニー美術館の展覧会以前には、ステラ作品の価格は700万ドル(約11億1000万円)を上回ることはなかった。

ステラと同じく、クラズナーも長いキャリアの持ち主で、10年、20年という短い間に数点の人気作だけを残したアーティストではない。彼女は幅広い様式や規模で、それぞれ異なる雰囲気の作品を多数生み出し、保存したのと同程度の点数を自ら破壊している。ある市場関係者が「極めて厳格な基準」と表現したように、彼女は厳しく自作を選別した。また、プリチャードもフリードランダーも、ポロックの飛躍にクラズナーがいかに大きな影響を与えたかを強調している。だが、彼女は単に裏方として彼を支えたのではない。知的な面においても、視覚的な面においても、対等な仲間だったのだ。

メトロポリタン美術館がクラズナーをポロックと同等の存在として打ち出したとしても、市場がそれに続くかどうかは未知数だ。単に有名作品が競り上がり、高値で落札されるかではなく、多岐にわたる彼女の仕事をコレクターたちが受け止める準備ができているかどうかが問われている。(翻訳:野澤朋代)

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