BBCがバンクシー本人映像を「葬った」のはなぜか。元記者が明かす当時の葛藤
BBCの元記者が、2018年にバンクシー本人映像の撮影に成功したものの、放送しない判断を行ったことを明かした。同局では、正体を明かすべきかをめぐる議論があったという。

ニューヨークの壁画制作現場でバンクシーの姿をとらえた映像をBBCが「葬った」ことが、元記者の投稿によって明らかになった。
BBCのニューヨーク特派員だったニック・ブライアントは、ニュースレター配信プラットフォームのSubstackへの投稿で、ストリートアーティストであり政治的なメッセージを発信してきたバンクシーとの遭遇を詳しく振り返っている。2013年にニューヨークで行われたバンクシーの滞在制作を取材した際、ブライアントは広報チームと関係を築き、取材後も連絡を取り合っていたという。
その関係がきっかけとなり、2018年3月、ブライアントのもとにバンクシーがニューヨークのどこかで新作を発表するという知らせがあった。やがてその場所は、ストリートアートの聖地として知られるハウストン・バワリー・ウォールだと明らかになった。
BBCの支局からほど近いバワリー・ウォールに駆けつけたブライアントは、当時がトランプ政権1期目だったことから、政権を風刺する作品が描かれると予想していたという。ところが壁に現れたのは、トルコ当局に投獄されていたクルド人アーティスト、ゼーラ・ドガン(Zehra Dogan)を題材にした作品だった。
ブライアントは新作についてBBCロンドンの同僚に報告する前に、現場近くの歩道を見回っている警備員に気付いた。蛍光イエローのジャケットを着たその警備員は、バンクシーから「間もなく大勢の人とメディアが押し寄せてくる」と聞かされていたという。
ブライアントがバンクシーの容姿について尋ねると、警備員はすぐに通りの向こう側にあるカフェを指さした。ブライアントは当時を振り返り、「すると、黒いニット帽に古びたグレーのコートを着た中年男性が、熱々のコーヒーを持って出てきた」と語る。警備員によれば、その男性こそバンクシーで、隣には若い女性アシスタントが軽快な足取りで歩いていたという。
記者とカメラマンはすぐさま、2人の後を追って走り出したが、バンクシーと思われる人物と女性アシスタントは車に乗り込み、「アクセルをベタ踏みして」その場を離れたという。ブライアントは、「ヒューストン・ストリートを猛スピードで走り去る彼の姿をカメラに収めた」と記している。
その後、ブライアントはワシントンとロンドンの上司に電話をかけ、「世界的なスクープ」になりうる映像を撮影したと報告した。彼はこう綴っている。
「私たちはバンクシーとみられる人物の姿を捉えた。しかも、その男の指には、まだ完全には乾ききっていない絵の具がついていた」
一方で、ブライアントはこのスクープをどう扱うべきかをめぐり、「組織としても個人としてもジレンマ」を抱いたと記している。当時の心境を、彼はこう振り返った。
「バンクシーの今後の活動を危うくし、彼の政治的なメッセージの切れ味を鈍らせることはしたくなかった。だから、彼の正体を暴くジャーナリストにはなりたくなかった。一方で、情報を隠すことはジャーナリストの仕事ではない」
報じるべきか、それとも伏せるべきかを思い悩んでいたところ、「ロンドンから電話がかかってきた」という。彼は当時のやり取りを、こう振り返っている。
「ある先輩から電話があり、職場に連れてきた彼の娘が『バンクシーの正体を明かすことは間違っている』と言ったという。彼の娘は、子どもたちにサンタクロースはいないと伝えるような報道機関に、私たちはなるべきではないと考えていた。当時のBBCの美術エディターも議論に加わり、『視聴者にバンクシーの正体を知りたいか尋ねると、いつも皆がノーと叫ぶ』と説明した。名声に固執する現代のカルチャーにおいて、匿名であり続けることには大きな価値があった。当時のニュース部門のトップも、この判断に同意した」
最終的にBBCは、世界的に有名なアーティストの姿をとらえたその映像を「葬り去った」とブライアントは述べている。
それでも、バンクシーの正体をめぐる関心は絶えない。これまでにも、多くの人々やメディアがその正体を突き止めようとしてきた。2026年初めには、ロイター通信がバンクシーの正体に迫る報道を行い、数年前にデヴィッド・ジョーンズへ改名したとされるロビン・ガニンガムがバンクシーだと伝えている。(翻訳:編集部)
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