オークション結果を「賭け」の対象に──急成長する予測市場、アート市場の「民主化」掲げ参入

予測市場のKalshiが、アートオークションの落札価格や総売上高に賭けられる新カテゴリーを立ち上げた。運営側はアート市場への参加機会を広げる「民主化」と説明するが、情報の不透明さやインサイダー取引への懸念も浮上している。

政治経済からスポーツまで、Kalshiではあらゆる出来事に金を賭けられる。Photo: Nikolas Kokovlis/NurPhoto via Getty Images
政治経済からスポーツまで、Kalshiではあらゆる出来事に金を賭けられる。Photo: Nikolas Kokovlis/NurPhoto via Getty Images

Kalshi(カルシ)やPolymarket(ポリマーケット)といった、いわゆる「予測市場(prediction market)」は、現代社会をかつてないほどゲーム化している。運営側はこれらをデリバティブ取引の一種と位置づけるが、実態としてはオンラインギャンブルに近い側面も大きい。こうしたサイトで賭けの対象になるのは、もはやスポーツだけではない。

例えば、ドナルド・トランプ大統領が毎年恒例の感謝祭の七面鳥恩赦式で、「大きくて美しい法案(big beautiful bill)」や「不正選挙(rigged election)」と言うかどうかといった、細かな出来事にも金を賭けられる。さらに、2027年までに政府が地球外生命体の存在を確認するかどうかといった、滑稽に見えながらも大きな関心を集めかねないテーマも対象になる。問題は、こうした賭けの対象が冗談めいた話題にとどまらない点だ。イラン戦争や前ベネズエラ大統領ニコラス・マドゥロの誘拐など、人命に関わる出来事も扱われており、賭け手がインサイダー情報に基づいて取引したのではないかという疑念も生じている。

オークション結果が賭けの対象に

こうしたなか、Kalshiは新たにアート関連のカテゴリーを立ち上げた。これによりユーザーは、オークションにおける個別作品の落札価格や、特定のオークションの総売上高に賭けられるようになった。新カテゴリーの発表に際し、Kalshiは次のように述べている。

「新たに立ち上げられたこの予測市場は、コレクター、アートファンド、ディーラー、機関投資家、そして個人投資家に、アート市場に対する見解を表明し、リスクヘッジを行うための史上初のツールを提供するものです。その仕組みは、規制された金融商品と同水準の精度と透明性を備えています」

Kalshiは、これまでオークションで利益を得てきたのは、主に富裕層だったと指摘する。高価な作品を売却できる人々だけでなく、第三者保証といった複雑な仕組みを通じて利益を得る関係者もそこに含まれる。しかし、これからは「あらゆる経済的背景をもつ」投資家が恩恵を得られるようになる、というのが同社の説明だ。とはいえ、オークション情報に近い立場の人間が予測市場に参加すれば、インサイダー取引に近い問題が生じる可能性もある。US版ARTnewsの取材に対してクリスティーズの広報担当者は、次のように述べた。

「当社は長年にわたり、ライブおよびオンライン・オークション周辺での従業員の活動に関して、確固たるポリシーを設けています。これには、従業員本人やその近親者による入札の制限、および機密情報の使用禁止などが含まれます。したがって、これらのガイドラインにより、予測市場への関与も当然ながら禁じられています」

ゲルハルト・リヒター《Kerze》(1982)が競売にかけられる様子。Photo: Alan Padilla/Courtesy Christie’s
ゲルハルト・リヒター《Kerze》(1982)が競売にかけられる様子。Photo: Alan Padilla/Courtesy Christie’s

一方、サザビーズは、この新サービスへの見解や、従業員によるこうした賭けへの参加を認めているかについてのコメント要請に、すぐには応じなかった。フィリップスはコメントを控えている。Kalshiの法務顧問であるヴァレリア・ヴテラコウは、声明で次のように述べている。

「アートは地球上で最も流動性の低い資産のひとつであり、歴史的に見ても、リスクを避けることが最も難しい分野のひとつに数えられます。1000万ドル(約16億円)相当の印象派絵画を所有するコレクターがいたとしても、これまではその損失リスクをうまく管理する術がありませんでした。私たちは、他の経済分野でとうの昔に定着している金融インフラを、アート界にも持ち込もうとしているのです」

アート市場は「民主化」されるのか?

アート・バーゼルUBSが発表した「Art Market Report 2026」によると、世界のアート市場は2025年、前年比4%増の596億ドル(現在の為替で約9兆51100億円)に回復したという。このうちオークション売上は約248億ドル(同約3兆9577億円)を占め、2年連続の減少から一転、前年比6%の増加を記録した。

ニューヨークを拠点とするスタートアップ企業、Masterworksは、投資家が高額作品の持分を購入できる仕組みを提供している。同社のように、一般の人々が巨大なアート市場から利益を得られるようにすることで、アート市場の「民主化」を掲げてきた企業は少なくない。Kalshiの新サービスは、そのハードルをさらに下げようとするものだ。作品の持分を購入する資金すら必要とせず、純粋な「予測」だけで利益を得られる仕組みを目指している。

すでに、ジャン=ミシェル・バスキアフィンセント・ファン・ゴッホパブロ・ピカソといった作家のオークション記録が更新されるかどうかが賭けの対象になっている(大半のユーザーは、記録は更新されないと見ているようだ)。このほか、その年の最高落札額をめぐる予測も行われている。本稿執筆時点では、最高額が2億5000万ドル(約398億円)に達するか、あるいは3億ドル(約478億円)に達するかをめぐって、ユーザーの見方は拮抗している。今年の最高落札額が1億8120万ドル(約290億円)にとどまっていることを考えると、かなり野心的な予想と言えるだろう。さらに、特定の作品が一定の価格を超えて落札されるかどうかも、賭けの対象になっている。

匿名を条件にUS版ARTnewsの取材に応じたニューヨークのアート・アドバイザーは、アート市場に精通していない一般の参加者が利益を得られる可能性に懐疑的な見方を示しており、こう語った。

「アート市場は、情報の不透明さと、関係者のあいだにある情報格差の上に成り立っています。Kalshiのような予測市場は、それをさらに極端にしたものにすぎません。誰がカモにされているのかわからないなら、カモにされているのはあなた自身かもしれません」

急成長中の予測市場

こうしたサービスを提供する企業は、急速に存在感を高めている。アメリカの調査研究機関、ピュー研究所の分析によれば、これらのプラットフォームを合わせた全世界の月間取引額は、2025年9月時点では50億ドル(現在の為替で約7980億円)に届いていなかったが、2026年4月には240億ドル(同約3兆8300億円)まで急増したという。この成長により、人々が何を賭けの対象にしているのかという倫理的な問題だけでなく、州のギャンブル規制当局がこれらの企業を監督すべきかどうかについても、激しい議論が巻き起こっている。

5月26日、トランプ大統領は自身が運営するSNS「Truth Social」でこの問題に言及し、米商品先物取引委員会(CFTC)の連邦規制当局がこれらの企業を監督することは「極めて重要」と主張した。さらに、過去および現在の州知事や政敵を名指ししたうえで、「人間のクズにルールを決めさせるわけにはいかない」と付け加えた。

トランプ一家は、こうした企業の将来に関心を寄せており、Kalshiは2025年にドナルド・トランプ・ジュニアを戦略アドバイザーに任命した。ニューヨークのギャラリストでありアドバイザーでもあるクリスティン・ティルニーは、US版ARTnewsの取材に対し、次のように語っている。

「一般的に言って予測市場というものは、不道徳な金儲けの手段であり、『金融市場』を装ったギャンブルにすぎません。その下品な手法が、今度は芸術や文化を堕落させるために使われているのを見るのは、本当に心が痛みます」

(翻訳:編集部)

from ARTnews

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