浅間国際フォトフェスティバル2026の必見作品──ポップさの奥に潜む記憶と歴史、生のリアリティ
「After the Image - イメージのその後」をテーマに開催中の「浅間国際フォトフェスティバル2026」。鮮やかで軽やかなビジュアルの向こうに、記憶や戦争、家族、社会をめぐる問いが立ち上がる。写真が撮られた「その後」までを見つめる、注目の6作家を紹介する。

長野県・御代田町のMMoPを中心に、屋内外に設けられた複数の空間で「浅間国際フォトフェスティバル 2026」が開催中だ。例年通り、世界の第一線で活躍するアーティストによる意欲的な作品が展示される一方、今年は地元クリエーターたちと共に市民参加型のプロジェクトも数多く展開されているのが印象的だ。海外で活躍する写真家によるグローバルな視点と、地域を見つめる親密なまなざしが交錯することで、写真という表現が、より開かれたものとして提示されているのだ。
今年のテーマ「After the Image - イメージのその後」は、写真というメディウムを、シャッターが切られたその瞬間で完成される作品ではなく、その後に人々の記憶や社会との関わりの中で流通し、異なる解釈をもたらし、ときに現実認識にも影響を与えながら、その意味を更新し続ける有機体として定義し直す試みだ。また、今年初の挑戦として、森本美絵と白井晴幸の二人のアーティストを招聘し、御代田での滞在制作も実現。それぞれの視点で捉えた御代田の自然や人の営みを作品として提示する。
会期中は、エキシビションディレクターの太田睦子によるガイドツアーや、ナイトミュージアム、地元クリエーターによるワークショップなどのイベントも開催される。
国際的なアートフォトを目的に訪れても、新たな才能との出会いを求めても、あるいは写真というメディアそのものの広がりを楽しんでもいい。今年の浅間国際フォトフェスティバルは、写真が持つ多様性と開かれた可能性を改めて実感させてくれる内容だ。ここでは、そのなかでも特に注目したい5人の作家作品を紹介する。
ヘンリエッテ・サブロー・エベセン(Henriette Sabroe Ebbesen)
医師資格を持つデンマーク出身のアーティスト、ヘンリエッテ・サブロー・エベセン(Henriette Sabroe Ebbesen)は、科学とアートを横断する実践で知られ、身体やアイデンティティ、記憶をテーマに制作を続けている。本展では、自身の家族写真と現在撮影したイメージをコラージュし、幼少期の記憶を現在の視点から再構築する。時計や花、昆虫といったモチーフ、そして、現実を忠実に再現するはずの写真というメディアを用いながら、夢や記憶、潜在意識を可視化しようとする姿勢には、シュルレアリスムが探究した世界との響き合いも感じられる。
こうした作品が問いかけるのは「写真は本当に過去を保存できるのか」という根源的なテーマだ。記憶は経験によって書き換えられ、写真もまた、そのたびに異なる物語を語り始める。写真の「その後」を考える今年のテーマを体現したシリーズであるとも言える。
ヨーガン・アクセルバル(Jorgen Axelvall)
スウェーデン出身で、現在は東京を拠点に活動するヨーガン・アクセルバル(Jorgen Axelvall)は、「Most likely the flames will destroy themselves(おそらくその炎は自らを燃やし尽くすだろう)」と題した展示で、生への祝祭なのか死への抵抗なのか判断のつかない一糸纏わぬ人間の姿と、色鮮やかに炸裂する花火を対比して見せた。
一見すると抽象絵画のようにも見える、輪郭の曖昧な美しいイメージの背後にあるのは、空気からアンモニアを合成し化学肥料の大量生産で食糧危機から人々を救った一方、第一次世界大戦では毒ガス開発を主導したことから「化学兵器の父」と呼ばれたフリッツ・ハーバー、そして、現在は「うさぎの島」として親しまれつつ、第二次世界大戦中は毒ガスの製造地となった日本の大久野島の歴史。ポラロイド写真を極端に拡大することで、アクセルバルは写真そのものの物質性を露わにするとともに、科学が生み出した「進歩」と「暴力」という二つの遺産を可視化している。
ラファエル・ダラポルタ(Raphaël Dallaporta)
フランス出身のラファエル・ダラポルタは、写真を通して科学や歴史、テクノロジーを問い直してきた作家。「Antipersonnel(対人爆弾)」と題された今回の展示では、世界各地で実際に使用されてきた対人地雷を精緻に撮影し、標本のように並べた。
それらを一見するだけでは、何かはわからない。おもちゃのように見えるものもあれば、簡素な工業製品の部品のように見えるものもある。しかし、それらが全て兵器であるとわかった瞬間、作品そのものは変わらずともそれが有する意味は変わりはじめ、見る者の認識を大きく揺さぶる。写真という存在は、いかに私たちの知覚や判断を形づくるのか。そんな問いを、静かに淡々と問いかける。
リン・チーペン aka. No.223(Lin Zhipeng aka. No.223)
「写された瞬間だけでなく、その前に何があり、後に何が起きるのかを想像してほしい」と語る中国・広東省生まれの写真家、リン・チーペン aka. No.223(Lin Zhipeng aka. No.223)。友人や恋人など身近な人々を被写体に、裸の身体、セックス、パーティ、食べ物、花、日常の何気ない瞬間などを、スナップショット的かつ時に演出的に撮影するスタイルで知られる。とりわけ、既存の価値観や規範にとらわれず生を謳歌する若者たちを捉えた作品は、急速に変化する中国社会において同世代の共感を集めてきた。その作品は一見すると享楽的でエロティック、そしてヴィヴィッドだが、裏側から滲み出る翳りや寂しさ、危うさを看過することはできない。
今回発表された「Flowers and Fruits」シリーズでは、そのタイトル通り、花や果物、そして人の身体を写した多数のイメージで構成される。だが、そこに明確な主役はいない。肌、花びら、果実が色や形、質感を響かせ合いながら、若さや親密さ、生の瑞々しさを浮かび上がらせる。
パット・マーティン(Pat Martin)
ロサンゼルスを拠点に活動するアメリカの写真家、パット・マーティン(Pat Martin)は、家族や身近な人々を撮るポートレートを通して、記憶、喪失、時間、そして家族関係そのものを再構築してきた。今回の展示も「Family Album」という直接的なタイトルのもと、しかし、「存在しなかった」家族アルバムを新たに構築することに挑んでいる。
マーティンは複雑な家庭で育ち、17歳のときに家族が離散したため、「家族の思い出」と呼べるものはほとんど存在していなかったという。その後、古い家族アルバムを見つけたが、その大半がカビで損傷していた。そんな家族史を背景に、母親、兄、その子どもたち、祖父母など、現在の家族の姿をレンズに収めることで新しい家族アルバムを編み直そうというのが、このプロジェクトだった。マーティンはこれを「セラピーのようなものだった」と振り返っている。
大野真人(Makoto Oono)
大野真人の重要な出発点と言えるのが、今回の展示作品でもある〈SEPARATE HIDDEN RULES〉シリーズ(2012〜2022)だ。インターネット上で売買されている生物を実際に入手し、飼育・観察し、その習性や形態を生かしながら人工物と組み合わせて撮影した。一見すると、「変な生き物と物体を組み合わせた、面白くカラフルな写真」。しかし、生き物は撮影者の意図どおりには動かない。緻密に構成された人工的な画面に予測不能な生命が入り込むことで、人間が自然を制御することの不可能性が浮かび上がる。さらにそこには、人間による生命の所有や操作、インターネット上で取引される生物の命といった、人間中心主義への問いも垣間見える。
もう一つの展示シリーズ〈Karyolysis〉(2018〜2023)にも、大野の「人間と他の生命との関係」への探究は引き継がれている。「Karyolysis」とは、細胞核が溶解して見えなくなっていく「核融解」を意味する言葉。ここでは生命を固定された状態ではなく、生成し、変化し、最後には消失していくプロセスとして捉える。絶えず変化する生命と、その一瞬を像として固定する写真。その対照から、生と死、自然と人工の境界もまた揺らいでいく。
浅間国際フォトフェスティバル2026 PHOTO MIYOTA
会期:2026年8月1日(土)〜9月27日(日)
休館日:火曜日(8月11日、9月22日は臨時営業)
時間:10:00〜17:00(最終入場16:30)
会場:MMoP(長野県北佐久郡御代田町大字馬瀬口1794-1)、御代田町役場、まなびの館エコールみよた、西軽井沢第二公民館、Gokalab
鑑賞チケット:1500円(会期中何度でも利用可、小学生以下無料。中学生・高校生、障害者手帳をお持ちの方は割引あり)* 一部無料エリアあり







































